第34話 伊達3

「……………ぷっ」


 にゃんが私を十数秒も見つめた後、不意に吹き出し、その後お腹を抱えてまで爆笑する。向かいでは呆気にとられたような顔で伊達だて君が私を見やり、その後苦笑したのが分かって一気に顔が赤くなった。


「だって、にゃんが何も教えてくれないからっ」

 腹立ちまぎれに私がにゃんの肩を殴ると、「にゃん!?」と伊達君が素っ頓狂な声を上げる。


「にゃん、って言うなっ」

 にゃんが真顔になって怒鳴る。今度爆笑し始めたのは伊達君だ。


「お、お前……。お前、ひとり校区が違うから素性の知れない奴だと思ってたら……。にゃん……」


 伊達君は、長机にもたれ、ひぃひぃ涙を流して笑っている。

 小・中学校ともに、同級生達は、『織田律おだりつ』のことを『にゃん』と呼び続けていたから……。そんなに変な呼び名ではないと思っていたけど。


 この前石田君もホームで大笑いしていたのを思い出し、私は内心首を傾げた。変かな。にゃん。でも、今更『織田君』って呼ぶのもなぁ。


「あ、あれはね……」

 伊達君は必死に笑いを堪え、私を向く。まだ目に涙が滲んでいて、時折口唇の端もぷるぷる震えていた。余程、『にゃん』と『織田律』のイメージがかけ離れていたのかも。


「旋盤、って言って、鉄を加工する機械なんだ。バイト、って呼ばれる部分で切削したり、切り取ったり、ネジ山をつけたりする」

 伊達君が指をさすのは、私が足踏みミシンみたい、と思っていた旋盤という機械だ。


「高速で回転するから結構危険。ここ二年間は指切断した生徒はいないけど……」


「飛ぶの!? 指!?」

 驚く私に、にゃんと伊達君が更に驚く。


「飛ぶよ、指。保健室の先生が飛んだ指と生徒を指定病院に運ぶんだ」

「最近は結構、つながるらしいぞ」

 にゃんが私に真面目な顔で言うけど、こちらは言葉も出ない。飛ぶ……。高校内で生徒の指が飛ぶ……。


「保健室の先生、飛んだ指を冷やす温度が重要とかなんとか言ってたな。冷やしすぎも駄目らしい。神経が死ぬそうだ」

 伊達君がにゃんに言い、にゃんは「なるほど」と頷いている。怖い……。


「飛ぶと言えば、鉄くず。色が違うだろ。あれ、なんでだ?」

 にゃんが腕を組んで伊達君に尋ねる。「掃除の時見たんだけど」と付け足すと、「ああ」と伊達君が頷いた。


「温度で鉄くずの色が変わるんだ。削る時のスピードで温度が変わるから」

「「へぇ」」

 私とにゃんは同時に感心して声を上げた。


「機械科、ってなんかこう。機械を作るんだと思ってた」

 私はにゃんを見上げる。本当は伊達君に聞けばいいんだろうけど、まだなんとなく直接話難い。


「いろいろするよ。機械に関する基礎技術、工業製品の生産技術、コンピュータ制御機器のメカトロニクス技術とか……。溶接もするな」

 ただ、答えてくれたのは伊達君だ。にゃんは皮肉気に嗤って彼を見やった。


「そんな機械科が作成して販売するのが廃材を使った小物入れとはな」

「馬鹿にするな。こんなものも販売している」


 伊達君は言うなりしゃがみ込み、机の下の折りたたみ式コンテナから、ごとりと重い音を立てて両手で商品を取り出した。


 両腕で抱えているのは、鉄板に四本の棒が突き立った商品だ。その、棒には、それぞれナットに似たリングが十個嵌められている。


「なんじゃこれ」

 にゃんは不思議そうに言うが、これは私も知っている。


「まさか……。プラステン?」

 伊達君に尋ねると、「そうそう」と嬉しそうに頷いてくれた。


 ただ。

 私の知っている『プラステン』と、伊達君が今、抱え上げている『プラステン』とが、決定的に違うのは。


 素材と重さだ。


 私の知っている『プラステン』は、木製品でカラフルな色をしているのだけれど。


 伊達君が抱えている『プラステン』は、鉄製品で、鈍色に光っている。

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