第32話 伊達1

     ◇◇◇◇


「……これ、工場じゃないの?」

 私は呆気にとられて、入り口で立ち尽くす。


 目の前に広がるのは、いくつもの機械だ。


 なんの機械か、なんてしらない。

 黒くていかつくて、ところどころグリスでテカテカしたような機械が、等間隔に四〇台近く並んでいた。一見、足踏みミシンが並んでいるのかと思ったけど、よく見たら全然違う。


『どこから見たい?』

 にゃんにそう言われたので、私は正門から首を巡らせ、校内を眺める。さっきパンフレットの『学校案内』を見たけれど、よく位置感覚がわからなかった。


 正面には三つの棟が見える。これは校舎だ。


 真ん中の校舎と東側の校舎の間には、たくさんの模擬店が並んでいるのが見えるが、これは別に後で一人ででも見て回れる。

 視線を移動させると、東側の校舎のすぐ側に、平屋の長い屋根が見えた。


「体育館? ステージでなんかやってる?」

 私はにゃんに、平屋を指さして尋ねる。


 私の通う高校の文化祭は、つい一週間前に終わったが、いわゆる『ステージ発表』のみだった。

 コーラス部の合唱、軽音楽部の演奏。吹奏楽部のマーチング。それに、演劇部のシェークスピア劇だけで、『有志の発表』もなければ、『模擬店』もない。淡々と始まり、粛々と半日で終わった。


 黒工クロコウのように二日がかりで実施し、しかもそのうち一日は休日開催など考えられない。


「体育館と武道館はあっちだ」

 にゃんが指さしたのは、一番西側の建物だ。じゃあ、あれはなんだろうと目を瞬かせたら、「機械科実習棟」と言われた。


「確か、伊達だてがいるはずだ。行くか」

 にゃんがそう言い、さっさと歩きだす。私はその後を、てこてこ着いて来たのだけど……。


 近づくにつれ、唖然とする。

 まるで、工場のような設備が学校にあるのだ。


「ここで、なんの実習をするの?」

 私は隣に立つにゃんを見上げる。にゃんは顔を実習棟に向けたまま、目だけ私に移動させた。


 機械科の実習棟だ、とにゃんはさっき言っていた。


 黒工は科によって偏差値が大分違う。

 一番偏差値の高い電子機械科と機械科は、この学区の進学校にだって引けを取らない。


 なんだか、すごい実習をするんだろうか。

 そう思ったのに。

 にゃんの答えはたった一言だ。


「旋盤」

 いや、旋盤って……。言葉は知ってるけど。どんなことするのよ。


 不親切だなぁとじろりと睨みあげたけれど、にゃんは一向に気にしない。周囲を見回し、「人が少ないな」と呟いた。


 確かに。

 模擬店のある中庭スペースは人が集中していたが、この実習棟の周囲はまばらだ。

 来場者がいたとしても、実習棟を素通りし、奥に進んでいく。


「あっちは何があるの?」

 私が、来場者が進む方向を指さすと、「運動場」とにゃんが教えてくれた。


「各科対抗ペットボトルロケット大会があるはず」


 なんだそれ。

 目を丸くしていると、「入ろうぜ」と言ってさっさと実習棟に入ってしまった。


「おう。織田」

 実習棟ににゃんが踏み込んだ途端、中からそんな声が聞こえる。私はおそるおそるにゃんに続いた。


「客が全然いないじゃないか」

 にゃんの声に、顔を右に向けると、コンクリうちのスペースににゃんと長身の男子生徒が一人立っているのが見える。


 作業着というのだろうか。

 黒色のつなぎのような服を着たその生徒は、一瞬大人かと思うぐらいの背丈だ。にゃんと同じぐらい短く髪を切っていて、切れ長の瞳をした男子だった。胸の部分に刺繍の縫い取りがあり、『伊達』と書かれている。

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