第31話 校門3

「ねぇ」

 私はにゃんに歩み寄り、話しかける。近づいてくる私に顔をしかめたにゃんが、「にゃん、って言うな」と言うけど無視をした。


「これ、なに。なんでムキムキなの、あひる」


 近づいてわかる。この看板、でかい。

 にゃんもでかいけど、この看板は更にでかい。二メーター近くある。どうやらベニヤ板にペンキで色を塗り、形通りに切っているようだ。ちらりと後ろを覗き込むと、補強され、自立するようにつっかえ棒のようなものが打ち付けられていた。


「これか。これは生徒が目指すべき姿を具現化したものだ」

 にゃんが重々しく答えるから、唖然と私は改めて看板を見上げた。


 胸筋と上腕二頭筋がえげつないぐらいムキムキだ。

 ムキムキなんだけど、あひるだから、白くてふわふわでもある。


 足はすっくと長くて、なんだかダチョウみたいで気持ち悪い。足のシワも水かきも妙にリアルで一層気持ち悪い。


 黄色いくちばしは辛うじて愛嬌があるけど、鷲かと思うほど鋭い眼光で正門をねめ回す瞳は、恐ろしく鋭かった。


 多分、このあひる。狩られる側じゃない。狩る側だ。


「なんでこれが、目指すべき姿なの?」

 にゃんに視線を戻すと、にゃんは「生徒目標」と端的に答える。ずぼっ、と両腕を白衣のポケットに突っ込み、看板を見上げた。


「『あ』は、『あいさつ』。『ひ』は『ひとの話をしっかり聞く』。『る』は、『ルールを守る』。あひるは、この略で、黒工クロコウ生徒が日々目標にしているスローガンみたいなもんだ」


「なんで、ムキムキなの?」

「知らん」

 きっぱりと言い切られた。「伝統だ」と。


「俺も去年、オープンハイスクールでこのムキムキあひるを見て、『何故、ムキムキなのか』と尋ねたが、先輩は『伝統だ』と答えた」

「……へー」


 私はその、伝統が今年も受け継がれたムキムキあひるを眺めて、ぼんやりと返事をする。


「道、分かったか?」

 不意ににゃんに尋ねられ、私は視線を戻す。


――― 高校生になっても、あんまり変わんないなぁ……


 そんなことをぼんやり思った。

 半月前に向かいのホームに立っているにゃんを見つけたのも、そのせいだ。


 制服は変わったけれど、中学生の頃のにゃんのままだった。

 小さい頃のにゃんは、勝負には熱くなるけど、それ以外では達観したところがあるせいか、飄々とした雰囲気があった。体格も同級生より大きかったけれど、乱暴者でも嫌味な奴でもなかった。無駄吠えをしない大型犬みたいな貫録で、気楽につきあえる貴重な男子でもあった。


「バスに乗ってる人がみんな、クロコウの文化祭に行く人たちだったから大丈夫」

 私が答えると、にゃんは納得したように頷いた。


「校内案内するぞ」

 くるりと振り返り、正門に背を向けたにゃんは、私に言う。


「どこから見たい?」

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