第30話 校門2
どうやら、
正門を中心に、ハの字に一列に並んだ生徒たちが、入場者に向かって口々に、「こんにちはっ」、「こんにちはっ」と挨拶をしていた。
「クロコウ名物よ、これ」
私が悲鳴を上げたのを聞いていたらしい。斜め前を歩いていた、おばあちゃんが笑って私に教えてくれた。
「名物……?」
尋ねているそばから、黒工生が「こんにちはっ」、「こんにちはっ」と大声でいうものだから、私も少々声を張らねばおばあちゃんに届かない。
「来校者には立ち止まってきっちり頭を下げて挨拶するの」
おばあちゃんはにこにこ笑っている。
「今日は文化祭だから、正門でこうやって挨拶するだけなんだけど……。普段は、学校の中を歩けば、全員の生徒が足を止めて目を見てきっちり挨拶してくれるわよ」
言われてわが身を振り返る。
自分の高校にも、教育関連の営業の人や保護者、他校の先生なんかをたまにみかけるけど……。
――― 挨拶なんて……。してるかな……。
してない。誰もしてない。「知らない人がいる」。そんな風にチラ見するだけで、挨拶どころか、足も止めない。
「私の息子はここの卒業生で、孫もここにお世話になってるの」
私はおばあちゃんと並んで正門をくぐる。おばあちゃんは胸を張って誇らしげに私に言った。その姿に、ぐっと心を押された気持ちになるのは。
『工業高校に行くんなら、それでもいいじゃない?』『え? 工業高校の文化祭に行くの?』
出がけに、そんな言葉を聞いたからだ。
「ここの文化祭はいいわよ。楽しんで帰って」
おばあちゃんはそう言うと、会釈をした。慌てて私も「はい」と返事をして頭を下げる。目線を上げた頃には、おばあちゃんは受付の方にさっさと歩き去っていた。
私は小さく息を吐き、ポシェットから財布を取りだす。お札入れのところに挟んだ『許可証』を取り出すと、『受付』と看板の立っているテントに近づいた。
「こんにちはっ!」
ここでも大きな声で挨拶され、どぎまぎしながら、「こんにちは」と私は返す。
テントの中には、足の長い机が並び、『生徒会執行部』と書かれた腕章をつけた生徒が笑顔で私に手を伸ばした。
「許可証を」
おずおずと、にゃんがポストに入れた許可証を差し出すと、別の生徒が許可証に書かれた番号をリストと照らし合わせる。その間に私は受付内に視線を走らせた。
ひぇ。男ばっかりだ。さすが工業高校。
「一C
リストを持った生徒が眼鏡越しに私を見る。
白衣を着た生徒だった。ひょろりと背が高く、知的な印象があるせいか、同級生には見えなかった。先輩なのかも。「はい」。首を縦に振ると、にこりと私に微笑んだ後、腕章をつけた生徒に言う。
「許可が出ている」
腕章を付けた生徒は頷き、私にパンフレットを差し出した。
「どうぞ。楽しんで行ってください」
私はパンフレットを受け取り、テントを出た。すぐに次の受付を行っているのだろう。「こんにちはっ」と大声が聞こえてくる。
――― にゃん、どこかな……
テントを出るとやけに日差しが眩しい。目がくらくらして私は一度ぎゅっと目をつぶる。一瞬、ぐらりと体が歪むような感覚に囚われたけれど、ゆっくりと目を開くと、視界もバランスも元に戻った。
一度振り返り、正門を確認する。
手にしたパンフレットの『校内案内図』に視線を落とそうとした時、「
顔を上げ、声の方に顔を向ける。
校舎に向かって伸びるアスファルトの両脇には、「ようこそ、クロコウ文化祭へ!」と吹き出しのついたムキムキのあひるの看板がある。対になっているようだ。二体ともムキムキ。二足歩行でムキムキ。
――― なにこれ……。
仁王像のようなポーズをとったムキムキあひる看板の隣に。
白衣を着たにゃんが、つまらなそうな顔で立っていた。
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