文化祭 ー 今川side ー

第29話 校門1

 にゃんが、手書きの地図を『許可証』につけてくれていたけれど。


 そんなものは全く必要なかった。

 なにしろ、『黒鷲くろわし工業高校前』で、バスの乗員全員が下りたからだ。


――― ……これ、全員文化祭に行く人?


 私は呆気にとられながらも、人波に流されるように歩き出す。

 バス停から続く歩道を、てくてくと歩きながら、ちらちらと様子を伺う。会話の内容からやはりみんな、黒鷲工業文化祭に行くようだ。


 土曜日だからなのか、家族連れが目立つ。

 小学生と両親。両親と祖母。そんな組み合わせが多い中、中学生の制服を着た子たちも何人かいる。どうやらこの子たちはオープンハイスクールを兼ねているようだ。学校案内のパンフレットを手にして、楽しそうに話をしていた。


――― ……高校生って、私だけかな……


 心配になって、ちらりと背後を振り返る。数メートル先に高校生らしい私服姿の女の子が数人いて、ほっと息を吐いた。


 だけど。


『あんた、その恰好で行くの? なんだっけ、あれ。『天空の城〇ピュタ』に出てくるヒロインみたい』


 出がけにお姉ちゃんにそう言われたのを思い出し、おそるおそる自分の格好を見下ろした。


 本当は、もっと早くに起きて準備をしようと思ったのだけど。

 結局昨日も学校の課題と塾の宿題に追われ、四時間ほどしか眠れなかった。


 飛び起きた時には、予定していたバスに乗る時間の四五分前で、青ざめながら何も考えずに、いつものチュニックとクロップドパンツを穿き、玄関でサンダルを探していたら、お姉ちゃんが目を丸くする。


『今日、文化祭に行くって言ってなかった?』

 麦わらポシェットに財布を突っ込み、私は『うん。にゃんの』と頷くと、『そのバックで行くの?』とも呆れられた。


 開け口のところに大きなピンクのぽんぽんが二つ付いたバックだ。ぽんぽんが可愛くって衝動買いしたけど、あまりにバックが小さく、財布とスマホを入れたらいっぱいになるのが難点だ。


『おかしい?』

『……『天空の城〇ピュタ』のヒロインみたい』


 やっぱりそう言われた。あのヒロインの年齢を知らないけど、どうやら『ちっちゃい子みたい』と言われていることは分かった。


『にゃん、って男でしょ?』

『男だけど、にゃんだよ?』


『男に誘われて、会いに行くのが、その恰好?』

 流石に、むっと来た。


『いいじゃない。変じゃないもん』

 お姉ちゃんは『ヘンじゃないけど……』と呟いたあと、肩をすくめて見せた。


『ま。工業高校に行くんなら、それでもいいじゃない?』

 なんだかその言い方にまた腹が立つ。昨日、お母さんにも『え? 工業高校の文化祭に行くの?』と顔を顰められたからだ。


 私からすれば、有名大学の学生証を見せびらかす男ばっかりのコンパに行くお姉ちゃんの方が気持ち悪い。


 むかむか来てお姉ちゃんには『行ってきます』も言わずに飛び出してきたけど。


 私は少し背中を丸めて歩く。


 さっき、ちらっと見た後ろの高校生の女の子たち。すごく可愛い髪型してたし、私服も気合入ってたな……。まずかったかな。どうしよう。


 たすきがけしたポシェットの肩紐を両手で握り、うつむいてみたら、サンダルの飾りリボンが取れかかっていてため息をつきたくなる。そういや、いつ買ったんだっけ、この厚底サンダル。

 そんなことを考えていたら。


「こんにちはっ!」

 大声でそう言われて、「ひぃ」と小さく息を飲んだ。

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