第27話 同級生2

「じゃあ、どうやって整列するんだっ」「集団行動の基本だろうっ」

 石田と同時にそう訴えてみてが、怪訝そうに「前ならえ、っていつするの」と再度問われた。


「体育の時にするんだよ、こうやって。全校集会とかで整列する時とか」

 石田が俺の背中に向かって『前ならえ』をしてみせると、今川がお腹を抱えて大笑いする。


「おかしい! その高さ、なに! なんでそんなに手を上げるの?」

「「へ?」」

 振り返った俺と石田は顔を見合わせて声を揃える。


「「手首の高さは、耳の高さ」」


「おかしいよ! 高すぎだよっ」

 今川が笑う様子を見て、石田がおそるおそる尋ねる。


「普通高って、体育どんなことするの?」

 石田の周囲は工業高校系に進んだ人間が多い。道場の先輩である毛利先輩しかり、お父さんも黒工出身だと聞いている。同級生も別の工業高校に進んでいる、と聞いた。今川の様子を見て、何か不安を覚えたようだ。


「どんなって……。普通だよ。ソフトボールとか、テニスとか」

「あ。そうなんだ」

 ほっとする石田に俺は眉をひそめて言ってやる。


「待て。まだ安心するのは早い。今川、準備運動はするのか?」

「準備運動? 簡単なストレッチならするよ」

 きょとんと答えた今川に石田は目を見開き、俺は「な?」と声をかける。


「体育の度に毎回、腕立て伏せ百回、腹筋百回はうちだけだって。俺は、そこは気づいていたぞ」

「百回!?」

 今川が素っ頓狂な声を上げる。


「女子もいるんでしょう!? 女子もするの!?」

「あ。女子は、顎を床につけなくてもいいんだよ」

 石田がフォローを入れるが、今川の顔はさらにひきつった。


「じゃあ、男子は顎を付けて腕立て伏せ百回をするってこと!?」

 俺と石田は目を見合わせ、「まぁ、うん」と頷き合う。なんとなく、授業終了間際の整理運動でも腕立て伏せ百回、腹筋百回をさせられるとは言えなくなった。


「男子と女子、一緒に体育するの? 女子が結構過酷じゃない?」

 気の毒そうに今川が言い、石田は女みたいな顔で首を傾げる。


「あんまり……。水泳だって、バタフライ五〇mとか一緒に泳いでるけど……」

「バタフライ!?」

 目を丸くする今川に、石田は慌てて俺に話を振った。


「三学期は男女別だよな」

「そう聞いているな」

 俺が答えると、なんだか勇気を得たように胸を張る。


「男子は柔道だけど、女子はビリー〇ブートキャンプをするらしい」

「なんで、今更ビリー隊長!!」


 今川は涙を流してげらげら笑い、俺と石田はなんとなくしょんぼりと肩を落とした。

 どうやら、工業高校は普通高校とは大分違うらしい。いや、俗世間と隔絶させられているようだ。


「黒工って、校則が厳しいんでしょう?」

 今川は「笑いすぎて表情筋が痛い」と頬の肉を指でふにふにさせながら俺に尋ねる。


「まぁ、携帯持込み禁止とかかな」

「服装検査も厳しいぞ」

 石田が眉根を寄せて不満そうに言う。


「夏休みに茶髪にして、学校始まったから、黒に戻して登校しても、あやしいやつは電子顕微鏡使って調べるらしい」

「電子顕微鏡!?」

 今川が素っ頓狂な声を上げるから、俺は二三度頷いた。


「染髪するとキューティクルが荒れるから、電子顕微鏡で見たらわかるんだ」

「なにそれ、どこまで調べるの」

 今川はまた爆笑し始める。その様子を見ていたら、石田が調子に乗った。


「あと、全校集会に参加するときは小走りで集合な」

「五分前集合ってこと?」

 今川は制服の上から腹筋を撫でながら石田に尋ねる。最早、呼吸がぜいぜい言っていた。


「全校集会の集合時間は決まってないんだ」

 石田はにやりと笑う。


「全校集会の前の授業が終わると同時に、一斉に教室から生徒が小走りで駆けだして、皆、開催場所の体育館に向かう」

「……たいがい、校舎一階出入り口でつまるけどな」


「全校生徒が全員集合したら全校集会が始まるんだ。だから時間は決まってない。ただ、一番最後に集合したクラスは壇上から教頭が怒鳴るから、皆必死」

「次、つまるのは体育館入口な。野郎どもが、ぎゅうぎゅうになって通過する」


「各教室の学級委員長は片手を上げて先頭で怒鳴るんだ。「W1はここだっ! 並べっ」って。出ないと、学級委員長は教頭から名指しで叱られる」

「怒涛のように駆け込むから、自分のクラスがわっかんねぇんだよ。だから、学級委員長が列先頭で跳びはねる。「C1はここだっ」って」


 今川は頬に両手を当てて笑い転げた。「痛い。顔面が痛い」。そう言いながらも、笑いは止まらないらしい。


「WとかCってなに?」

 ひぃひぃ言いながら今川は尋ねてきた。

「溶接科だ。welding」

 俺は石田を指さしてそう言い、自分を指さして、「工業化学科。chemistry」と答えた。まぁ、完全に発音は日本語だったが、今川には伝わったらしい。


「なるほど。楽しそうだね」

 今川が言い、俺と石田は声を揃えて、「専門教科はな」と断言した。


「お前は? 県立、どうよ」

 俺が促すと、ふいに今川は真顔に戻った。おや、とやっぱり俺は思う。こんな顔をするやつだったけ、と。表情の変化には石田も気づいたのだろう。ちらりと俺に視線を走らせ、それから少しだけ背を向けた。二人でどうぞ。そんな雰囲気を石田は無言で醸し出している。


「うーん。……勉強ばっかり」

 今川は言い、ちょっと困ったように笑った。


「進学校って分かってて行ったから当然なんだけど」

「付いていけないのか?」


「はっきり言うなぁ」

 今川は苦笑いを浮かべて、どんと俺の肩を押した。別に本気で俺を殴ったわけでもなく、じゃれてるわけでもない。なんだか今川らしくないその様子に、俺は首を傾げた。


「入学直後のクラス分けテストで、特進コースに入っちゃったんだけどね。それで余計にしんどいのかなぁ。なんか、本当に勉強ばっかりで」

 今川は肩を竦める。


「私が想像してた高校生活となんか、違うんだよね」

「どんな想像してたんだ?」


「部活楽しんだり、休日は友達と遊びに行ったり、遅くまでlineしたり?」

 今川はぎゅっと口角を上げて無理に作ったような笑顔を見せる。


「勉強ついていくの必死だから部活入れないし、休日は塾だし、遅くまで課題ばっかりこなして、lineで流れてくるのなんて、『私なんて、まだ課題終わってないよ~』、『数学わかんない~』とかいう嘘ばっかりだし」

 今川はそう言って、俺を見上げる。


「それに比べて、にゃんは楽しそう」


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