第22話 イベント出店3
「これで足りるか? 島津先輩が、『自由に使え』って置いていったんだ」
蒲生の声が聞こえて、俺たちは再びテントの中を見やる。
蒲生が奥から引っ張り出してきたのは、青いコンテナボックスだ。中には、各種色画用紙に、2セットの水性マーカー、そしていくつかの藤籠もあった。
「十分だ。おれがポップを書くから、剣道部と蒲生で種類別にこの入浴剤を分け直せ」
茶道部が色画用紙と水性マーカーに手を伸ばして指示をする。さすが。観光地の茶会等で外出する機会の多い部は違う。
「そういえば、島津先輩はずっと『こども科学教室』なのか? お前一人を置いて?」
不思議に思って俺は蒲生に尋ねる。
今年、化学同好会に入会した一年生は蒲生一人だ。
島津先輩はいたく蒲生を気に入り、いつでも手元に置いて世話を焼いているのだが。
――― 今日は放置なのか……?
首を傾げて周囲を見回すが、やはり島津先輩の姿はない。
「別のブースで『こども科学実験』の準備にかかりきりなんだ。なんか、今日、人手が足りないみたいで、全然こっちには来てない」
「ふぅん」
俺は答え、蒲生と二人で、藤籠をコンテナボックスから出したとき、一番底から大きなタッパー容器が出てくる。何気なく中身を見ると、入浴剤のようだ。
「まだラッピングしていないのがあるのか?」
俺がタッパー容器を指さすと、蒲生は首を横に振る。
「これ、不良品だ。乾燥の段階で割れたり、欠けたりして商品としては売れん。……おかしいな、学校に置いてきたと思ったんだけど」
蒲生がそう呟き、首を傾げた時。
「今からお前ら、ポップ書くのか?」
聞きなれない大声が聞こえてきて、俺たち三人は一斉に声の主を見る。
近づいてきたのは、『県立黒鷲工業高校』と刺繍の入った、濃灰色の作業着を身に付けた高校生男子だ。
面識はないが、手に持った盆には、小包装されたポン菓子を載せているところをみると、溶接技術部なのだろう。
「一年だな。刺繍が赤だ」
小声で茶道部が言い、俺も小さく顎を引いた。
作業着も各科によって色が違う。
溶接科は濃灰色。機械科は黒色。工業化学科は紺色だ。そして、それぞれ校名が刺繍されているが、その刺繍の糸の色が、現在一年は赤色、二年は緑、三年は白となっている。
「客の入りがよさそうで何よりだな」
俺が、溶接技術部のブースの方を顎でしゃくると、「まあな」と奴は笑った。
「ここは暇そうでいいな」
「今から忙しくなるんだよ」
茶道部が平坦な声で答える。
「ふぅん。何売るんだ?」
溶接技術部が首を伸ばすようにしてテント内を覗き込もうとするから、蒲生がむっとした顔で睨みつける。
「関係ぇないだろ」
そう言った蒲生に、溶接技術部は肩をすくめて見せる。
「売れ残ったら買ってやろうと思ったんだよ。あ」
溶接技術部はくすりと笑い、俺たちを見まわした。
「うちのポン菓子はすぐ売り切れるから、早目に買いに来いよ」
「んだよ。ポン菓子じゃなくて、ケンカ売りに来たのか? だったら即買ってやるよ」
茶道部が低く唸る。おいおい、結構こいつ、短気だな。
「アホの一つ覚えみたいに、派手にポン菓子機動かしやがって。音がうるせぇんだよ」
茶道部が言葉を投げつけ、それを受けた溶接技術部が「ああぁん?」と剣呑な色を瞳に宿して、凄んで見せる。
「随分な口を叩くじゃねぇか。その口、二度と開けねェ様に溶接してやろうか、おい」
「その前に、お前の教室に硫化水素を発生させてやるよ」
「はぁ!? レーザー加工機でお前の額に校章刻むぞ、おらぁっ!」
「王水作って、お前の存在ごと消してやろうか、ゴラァ」
暴言を吐きあう二人に、俺と蒲生が慌てて「やめろ」と止めに入る。
「こんなところで諍いを起こすと、先輩に叱られるぞ」
俺は溶接技術部と茶道部の間に割って入り、それから『先輩』と言う単語を強調する。大概の部は、強烈な上下関係がある。剣道部だってそうだ。武田先輩が絶対君主として君臨なさっている。
文化部とはいえ、溶接技術部だってきっとそうだろう。
そう思って鎌をかけてみると、わずかに溶接技術部の表情が揺らいだ。
「それ、配るんだろ。さっさと仕事を終えて先輩のところに帰れよ。さぼってると思われるぞ」
続けざまに伝えると、溶接技術部は舌打ちし、一度強烈に茶道部を睨みつけてから、また広場中央の休憩席の方に戻っていく。
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