第23話 イベント出店4

「ケンカはやめろよ」

 安堵したような声で蒲生が言い、茶道部が「うるせぇ」とぴしゃりと怒鳴りつけた。


「絶対、溶接技術部より先に完売するからなっ! おい、不良品あるなら、それを有効に使おう!」

 茶道部は蒲生に、「コンテナから不良品を出せ」と命じる。


「うちも無料配布するのか?」

 蒲生が首を傾げて、タッパーに入った不良品を茶道部に差し出した。


「食いモンじゃあるまいし。無料配布したら、持って帰って終了だよ。これは、「おまけ」に使用する」

 言うなり、茶道部は躊躇いも迷いもなく色画用紙に水性マーカーを走らせた。


『二つお買い上げの方に、おまけをプレゼント!』

 可愛らしい文字でそう書き上げ、かつ、右下には猫のイラストを書き足し、『良い匂いだニャ』という台詞まで付け足した。


「お前、デザイン科でもいけるんじゃないか?」

 驚嘆した俺を茶道部は鼻で嗤う。


「この程度じゃあ、デザイン科には入れん。それより、蒲生」

 急に名前を呼ばれ、蒲生は目を瞬かせた。茶道部は入浴剤の種類ごとにポップをさらに書き上げながら、蒲生を一瞥する。


「入浴剤の材料が余ってるなら、会場に持って来い。購入者のうち、希望者には別途料金を取って、『手作り体験』をしてもらおう」


「おお、それ、いいな!」

 俺は思わず声を上げた。見た感じ、会場内は親子連れが多い。手作り体験、と銘打てば、親が子どもを連れてくる可能性がある。


「これだけいい天気なら、作ってる過程で発泡することもないだろうし……。乾燥は家に持ち帰ってしてもらえばいいしな」

 俺が蒲生に言うと、蒲生は大きく頷いた。


「科長に相談する!」

 蒲生は言うなり、白衣のポケットに入れていたスマホを取り出し、俺たちに背を向けた。テント奥に行き、どうやら科長に電話しているらしい。学校内に携帯は持ち込み禁止だが、こういったイベントや試合会場までは『使用不可』とは言われていない。部によってはやはり、顧問が渋い顔をしたりするようだが、化学同好会はそうではないようだ。


「材料を蒲生が学校に取りに戻っている間、お前一人で売り子は大丈夫か?」

 茶道部に言われ、俺は頷く。


「ガキの頃から、剣道教室のイベントで『炊き出し』だのなんだのしてるからな。問題ない」

「じゃあ、おれはポップ作りに専念する」

 言うが早いか、ごっそりと机の上の文房具を抱え、茶道部はテントの奥に引っ込む。代わりに出てきたのは、蒲生だ。


「良いって。科長も島津部長も『お前に任せる』って」

 上気した顔で蒲生が言い、俺は商品を並べ直しながら、頷いた。ついでにあまりにもぶっさいくな包装は解いてやり直す。


「じゃあ、材料を取りに行って来い。それまでは、俺と茶道部でここを仕切る」

「了解!」

 蒲生は言うなり、白衣のままテントを駆けだした。


          ♣♣♣♣


 そうして。

 俺が接客をし、茶道部が広報を行い、蒲生が『手作り体験』を実施した結果。


 午後一時には、商品はすべて完売。『手作り体験』は、少し材料を残す形で販売を終了した。


 茶道部は溶接技術部のポン菓子をわざわざ買いに行き、「余ってるようだから買ってやるよ」と言って来たらしい。怒らせるとやっかいな奴だ。


「じゃあ、おれは先輩たちの「こども科学教室」を手伝ってくる」

 今日はありがとうな、と蒲生は素敵な笑顔を残して去って行った。


       ◇◇◇◇


 血相を変えた武田先輩がうちの教室に飛び込んできて、俺の胸ぐらをつかんだのは、販売日の翌日。昼休みのことだった。


「どういうこと。織田君。あんた、いつの間に化学同好会に入ったの!」

 一八〇センチ近くある俺の首元を掴み、締め上げる武田先輩に、クラスメイトは怯えて誰も手出しができない。俺はただ、されるがままに首を絞められた。


「……俺は、今でも剣道部のつもりですが……。先輩、苦しいっす」

「ちょっと、パソコンルームに来なさいっ」


 その後、パソコンルームに拉致られた俺が武田先輩に見せられたのは、黒工のホームページだ。


『部活動紹介』をクリックし、『化学同好会』に移動する。


 そこには。


『イベントに出店。一年生部員が頑張って、「手作り入浴剤」を完売させました!』


 そんなコメントとともに、俺と茶道部が笑顔で入浴剤を販売をしている写真が掲載されていた。


 他にも関連写真がいくつかあるが、すべて俺が入浴剤を販売している写真だ。

 愕然と写真を見入る俺に、武田先輩が、「化学同好会の一年生部員、って書いてあるわよね」と冷ややかに告げる。

 俺は慌てて首を横に振った。


「これ、盗撮で……」

 そう言ってから気づく。

 ……正直。

 こんなことを考えて実行した人物は一人しか思い浮かばない。


 島津先輩だ。

 そして、理解した。


 あれだけ目をかけ、手をかけ、世話を焼いている蒲生を「困った状況」で「一人きり」にさせたのは、俺を呼び出すためなのだ、と。

 追い込まれれば、蒲生はきっと俺に助けを求めるだろう。

 島津先輩はそう考えたのだ。


 そうして、俺が化学同好会を手伝っている写真を撮り、ホームページにアップして既成事実を作りたかったのだ。


 俺が化学同好会として活動している、という既成事実を。


 どうりで、当日一度も姿を見ないはずだ。あいつ、どこかで隠し撮りしてやがった。


「……しーまーづーせーんーぱーいー………っ」

 俺は島津先輩を呪いながら、必死に武田先輩に事情を説明し、許しを請うた。


 その許しを得るまでに。

 俺は、昼休み時間いっぱいを要した……。


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