第21話 イベント出店2

   ◇◇◇◇


「ようするに、この入浴剤を全部売ればいいんだな?」

 俺は蒲生に尋ねた。蒲生はおずおずと頷き、俺の隣では茶道部が欠伸をかみ殺した。


『軽音楽部は、親と一緒に遊びに行くから無理らしい』

 俺が到着すると同時に、蒲生がすまなそうに言った。……まぁ。あの家は、親子仲良しこよしだからな。


 ふと視線をやると、茶道部がつまらなさそうに簡易机の上に乗る商品を見つめている。


 手作り入浴剤なのだそうだ。

 クッキーサイズの入浴剤が5つ。透明なビニールの袋に入れられ、カラーモールで封をされて藤籠にならんでいる。


 おそろしく不器用にラッピングされていて、俺も茶道部も小さくため息をついた。


 それでも包装袋が透明だった、ということが幸いした。

 入浴剤は綺麗な星形とハート型をしており、非常に可愛らしい。手に持って顔先に近づけると、ぷんとラベンダーの香りがした。


「そこそこ、客の入りはあるじゃないか」

 茶道部が顎をがりがり掻きながら背後を振り返る。


 城門前に、どんと大きく取られたイベントスペースは、秋の紅葉が素晴らしい時期には人間将棋をしたりするほどに広い。

 今日はそこに、いくつもの大型テントが立ち並び、各種団体がブースを出していた。


 だいたい、テント一張りに一団体が入っているようだ。テントはイベント広場の外周に沿うように立てられ、真ん中には、参加者の休憩用ベンチがずらりと並んでいる。


 イベント開始がさっき主催者によって宣言され、まばらに会場内から拍手が上がったところだった。すでに休憩用ベンチの半分に人が座っており、各テントには多数の親子連れが足を止めて商品を眺めている。


「ざっと見たところ、まぁ、参加者は二百人というところかな」

 俺が呟くと、隣で茶道部が頷く。


「商品はいくつあるんだ」

 茶道部が蒲生に尋ねる。蒲生は、「五百」と答え、俺と茶道部は目を剥いた。


「なんでそんなに作ったんだ!」

 思わず怒鳴ると、蒲生がむっとして言い返してきた。


「主催者側から、午前中の部の来場見込み数が五百。一日で八百って言われたんだ」

「……妥当か」

 茶道部がため息をついて呟き、だがすぐに顔をしかめた。


「だけど、入浴剤の需要を考えたか、お前ら」

 白衣姿で茶道部は腕を組む。


「こんな快晴でお祭り気分の時に、『あ。今日、入浴剤買おう』って思うか?」

 茶道部は芝居がかった仕草で首を横に振った。「おれなら思わん。今日はラムネを飲みたい」。そう断言した。


「なんで食い物にしなかったんだ」

 茶道部の責めるような口調に、蒲生は口をへの字に曲げる。


「道具が持ってこれなかったんだ。最初はペットボトルパンにしようと思ったんだけど、オーブンの持ち出しが不可で……。アイスクリーム作ろうと思っても、気温に左右されるだろ?」

 蒲生が次々にボツ案を口にし、なるほど、化学同好会としても考えなかったわけではないのか、と俺と茶道部は思い直す。


「それに、最終的には校長が、『食べ物は溶接科と被る』って却下になって……。『工業化学科らしいものを売りなさい』って科長に指導が入ったらしい」

「それで、入浴剤ねぇ」

 俺は呟いて、手に持っていた入浴剤の小袋をそっと藤籠に戻した。また、藤籠への入れ方も雑だ。ただ、置いただけ。そんな感じだ。


「材料は何? 色によって違うのか」

 茶道部が尋ねる。蒲生は、ただひたすら『盛った』だけのラッピングの山を指さし、説明を始める。


「基本はすべて同じだ。重曹とクエン酸。それに、あとは効能によって混ぜたモノが違う」

「「効能?」」

 俺と茶道部の声が重なった。


 そして、同時に籠に山盛りになった袋詰め入浴剤を見る。

 ……種類別などされていないようだが、ここに盛られたモノは一種類だけなのだろうか。


「紫で着色したのがラベンダー。リラクゼーション効果を狙っている。橙色のものがハチミツを多く加えたモノで、保湿効果があるとされている。そして、桃色のモノが岩塩を含ませていて、発汗作用を促す。最後に、青色のモノがキャラボム。ディズニー柄の入ったスーパーボールが中に仕込まれていて、何が入ってくるかはお楽しみだ」


「いや、待て待て待て待て」

 得意気に語る蒲生を遮り、俺は藤籠にもっさりと盛られた商品を指さした。


「何故、ひとつの籠に盛った」

「手間が省けて良いじゃないか。お客さんに選んでもらえば」

 きょとんとした顔で蒲生は返答し、茶道部が頭を掻いてため息を吐く。


「藤籠、もっとあるんなら出せ。種類別に分けて、ポップを作ろう。文房具と色画用紙はあるのか?」

 茶道部がぶっきらぼうに蒲生に手を突出し、蒲生は「ある。待って」と俺たちに背を向けた。テントの奥の方に足を向け、「あのあたりに文房具が……」と言いかけた時だ。


 どん、と。

 重低音の大音声が響き渡り、まばらな悲鳴と、それから大きな歓声が上がった。


 茶道部が振り返って舌打ちをし、俺は憎々しげに眉根を寄せる。


 溶接技術部だ。

 自慢の『ポン菓子機』をまた動かしたらしい。


「くそ、人がみんなあっちに行くな」

 茶道部が会場を見回し、吐き捨てるように言う。ふわりと風が動くと、薄くだが、甘い砂糖の匂いがした。


「ポン菓子機を動かすだけで、音と匂いが出るからな。集客率は高い」

 俺が茶道部に言うと、茶道部は頷いた。


「おまけに、原価が安いからな……。奴ら、またどうせ無料配布とかして客を集めるんだろう」


 黒工で何かイベントをする時。

 機械研究部は『ロボコン』を。

 デザイン部は『手作り雑貨』を。

 化学同好会は『こども科学実験』を。

 そして、溶接技術部は、『ポン菓子機』で、ポン菓子を作る。


 溶接技術部のポン菓子機は、自分の部で作ったオリジナル製品で、希望すれば各種団体の主催する行事に出張実演を行っている。


 このポン菓子機。

 とにかく、派手なのだ。

 音と匂いが。


 おかげで、同じように出店していても、客はすべてぽん菓子の前に並んでしまう。


 いくら化学同好会が科学のおもしろさを伝えても、食の誘惑には勝てない。

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