第11話 ボイトレ2
俺だってそうだ。きょとんと琉貴亜を見つめ、それから『「ぼいとれ」、ってなんだろう』と考えた。誰か知っている者はいるのだろうか、ときょろきょろと視線を彷徨わせると、同じように皆もきょろきょろと視線を彷徨わせている。
「……えっと。ボイトレ、って。ボイストレーニングのこと?」
すぐに体勢を立て直したのは武田先輩だ。
素晴らしい。こんな場においてもすぐに対処が出来る。流石に男ばっかりの剣道部で部長を張るだけはある。ついでに言うならば、あのちゃらんぽらんの毛利先輩の首根っこを押さえているだけはある。
「そうなんです。ぼく、ボーカリストか『歌い手』になろうとおもって」
琉貴亜は大きく頷き、力強くそう告げた。
「……軽音楽部に入るってことか? そして、歌い手とはなんだ。歌手のことか?」
毛利先輩もなんとか理解してやろうと食い下がる。
すごい。すでに俺達一年男子は考えることを放棄した。
「いえ。軽音楽部にも入るつもりはありません」
口唇を真一文字に引き結び、真剣な双眸を先輩二人に向けているが、俺は鼻で笑い飛ばしたい気分だ。どうせ、断られたのだ、軽音楽部に。
俺の友人も軽音楽部でドラムを叩いているが、ボーカル争いは熾烈だと聞く。琉貴亜の歌声を聞いたことは無いが、どうせたいしたことは無い。
「ぼくは歌を仕事にしたいと思っています。そのために、ボイトレの教室に通いたいので、剣道部を辞めたいんです」
ここに至り、武田先輩は頭を抱え、毛利先輩は異星人を見るような目で琉貴亜を見やる。
「デザイン科は頭がめでたいな……」
毛利先輩が呟く。
その隣で額に右手を当て、首を横に振っている武田先輩と共に、二人は溶接科だ。
石田も溶接科だし、俺は工業化学科で伊達は機械科。デザイン科は琉貴亜ひとり。
デザイン科は課題提出が多いため、運動部への所属を渋られる事が多い。どうせ、幽霊部員になるつもりなんだろう、と。工業化学科も、実験とレポート提出が他科に比べてダントツに多いが、運動部への入部を断られることは無い。
これはもう、男女比率の問題だ。
デザイン科はほぼ女子。無理はさせられない。
工業化学科はほぼ男子。無理してでも部活に来い、ということだろう。
「ボイトレとかやめとけよ。な?」
毛利先輩が珍しく優しく声をかけた。昔からの知り合いでもある石田をちらりと見、「お前からもなんか言えよ」と促す。
本当は、「辞めろ辞めろ」と言いたいのだろうけど、石田はそこをぐっと堪え、ちらりと琉貴亜を見やる。
「将来役に立つのはどっちか考えれば?」
石田の発言が意外だったのか、伊達が少し目を見張り、「えらいな」と呟く。俺も頷いた。石田、えらいぞ。お前のその発言と思考回路も将来役に立つだろう。
「そうよ、琉貴亜」
武田先輩が重々しく頷く。
「あなた今、女子ばっかりのデザイン科にぽつん、と男がいる状態だからモテてる気になってるんでしょうけど、勘違いよ、それ」
はっきりとした発言に、俺達一年男子ばかりか、毛利先輩まで度肝を抜かれた顔をしている。
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