第12話 ボイトレ3
「容姿は普通よ。一年の中で一番普通。可愛い系は石田だし、カッコいい系は織田君だし、クール系は伊達だしね。
ぐるりと俺達を見て確認し、武田先輩は言い放った。
「それで、多少なりと歌が上手くなったところで、売れるわけないじゃない」
そして武田先輩は綺麗な形の眉を中央に寄せ、「もてないとも思うわ」と切って捨てた。
「まだ剣道をしているほうが、道着や防具で誤魔化せるし、ルールをよく知らない女子なんかが勘違いして寄ってくるかもしれない」
武田先輩は、ひとりでうんうんと頷き、「ね。毛利」と隣の毛利先輩に同意を求めた。
「……そうかもしれんな」
毛利先輩は片頬を引きつらせながらそう言い、ちらりと琉貴亜に視線を走らせる。
可哀想に。
俺達は同情と憐憫の瞳で琉貴亜を見つめる。「石田は優しかったなぁ」。伊達が呟くものだから、俺もおずおずと頷く。
「ボイトレって、あれだろ。発声練習だろ?」
毛利先輩が、石田に尋ねる。
「そっすね。おれも良く知らないっすけど」
石田もさすがに琉貴亜を直視できないらしい。ぐいん、と毛利先輩に向き直って答えた。
「だったら、ほれ。剣道でもできるじゃねぇか」
毛利先輩は「なぁ?」と武田先輩に同意を求める。武田先輩は、ぱっと顔を耀かせ、頷いた。
「それもそうね。気合や発声をすればいいんだから! 琉貴亜、そうしなさいよ」
武田先輩は、最早彫像となっている琉貴亜にそう声をかけた。聞いているのかどうか分からないほどにぴくりともしない琉貴亜に、武田先輩は滔々と語りかける。
「ボイトレなんてお金が勿体無い。売れないのに」、「だいたい、ボイトレに行かなきゃいけないほど下手なんでしょ?」、「歌は上手になったとしても、顔はどうする? メイク? またお金かかるじゃない」などなど。
もう、容赦が無い。
思わず俺は、「先輩、もうやめたげてっ」と叫びたかったし、石田は、ハラハラとした目で毛利先輩に救いを求めている。伊達は飛び出して琉貴亜を抱きしめんばかりの雰囲気を醸し出していた。
「ま。ということで」
毛利先輩が、ぱん、と拍手をひとつ打って武田先輩の口を閉じさせると、俺達を順繰りに眺める。「いいか」。毛利先輩は重々しく口を開く。
「琉貴亜は、剣道部でボイトレを行う」
そう、宣言をした。
◇◇◇◇
その後、琉貴亜が稽古中疲れて声が小さくなると、二人の先輩は目を怒らせて彼に注意の声を発する。
「声を出さんかっ、琉貴亜! それでもボイトレかっ」
「琉貴亜! ボイトレはどうしたのっ! そんな発声じゃ、一本にも有名にもなれないわよっ!」
彼はただ、稽古中の叱責が増えただけとなった。
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