2-2
「おーす」
「ようトオル」
「おはよー」
クラスメイトに挨拶をしながらオレは教室の中に入った。朝日の差し込む部屋は、照明がなくても十分明るいのではないかと思わせる。
「お、昨日のやつ、載ってるじゃねえか」
オレは掲示板に貼られている校内新聞の前で足を止めた。
【二百三十五層にクラーケン型ボス出現! 五六四組は撤退!】
「いやー、ひどい目に遭ったっしょ」
「全くだなー」
昨日、オレたちはボスを撃破した海洋エリアで海水浴を楽しんでいた最中、出現したクラーケン型のボスの襲撃を受けた。
一応、応戦もしてみたんだが硬い硬い。多少射撃装備が命中したくらいではビクともしなかった。
近接装備なら多少は痛手を与えることができたんだが、不利になるとクラーケンは水中に潜ってしまう。
そうなると水中戦に適応していないうちのクラスのロボでは手が出せなくなってしまう。
前回のボスはうまく釣り上げることで無理矢理オレたちの得意とするフィールドに、陸に引っ張りだすことができたんだが、今回はそれもできそうになかった。
そもそもボス戦ってのはそれなりに準備を重ねてから挑むもので、ああやって突発的に衝突したらやはり撤退するべきだっただろう。
一連の戦闘は大慌てだったもんで、オレなんか海パンのままロボに乗って操縦する羽目になった。おかげさまでコックピットがだいぶ磯臭くなった。ドラッグストアで消臭剤買ってきたから後でぶっかけとかねえと。
などと考えながら掲示板の前を離れ、自分の机に向かおうとしたオレを、クラスメイトの一人が手招きした。
「トオル、新しいのがきたぞ」
「……ほう」
その表情から全てを察したオレはそちらへ向かう。
クラスメイトはカバンから一冊の雑誌を取り出した。
「おー、こいつは……」
「なかなかのもんだろう?」
雑誌に掲載されている写真を鑑賞していると、周りのクラスメイト達もわらわら集まってきた。
「………………美しい」
「中までおっ広げじゃないか」
「おお、こんなところまで見えるのか……!」
全員が全員、血走った目で食い入るように雑誌を見ていた。これだけの逸品にはなかなか出会えない。
しかし……。
「こいつはユイとシェーレに見つかるわけにはいかねえぞ」
「確かに」
うちのクラスの女子二人にこんなもんが見つかればどうなるかは火を見るよりも明らかだ。
ちなみに、よく女と間違われるタツキは今回は男判定だ。
なんて考えていると、「ユイがきたぞ!」と見張りに立っていたクラスメイトが小さく叫んだ。
ばばばっ! と蜘蛛の子を散らすように全員が自分の机へと逃げる。それと同時に廊下からユイが小さな姿を見せた。
「おはようみんな」
「ようユイ」
「おはよー」
教室の入り口に立ったユイは軽く左右に目を走らせると、まっすぐに雑誌を持つクラスメイトの机に向かった。
「あっ!」
オレたちが止めるよりも早くユイは移動すると、驚くべきスピードで手を動かし雑誌を手にしていた。
「やっぱり、隠してた……」
「あー」
ばれたか。無念。
他のクラスメイト達もうつむいている。完全にお預けをくらった犬だ。
「やっぱり今月の月間ロボだ!」
反対にユイは歴史あるロボ雑誌の今月号を手にしてピッカピカの笑顔を見せていた。眩しい。
「すごーい! 《ノブナガ》シリーズの特集だ! 内部機構までこんなに詳しく載ってる!」
ユイは嬉しそうにページをめくり、時折真剣な顔になって記事に目を通している。
「やっぱばれたかー」
「こういうときのユイの嗅覚はタツキ以上っしょ」
「しばらくは返ってきそうにないね」
オレたちもロボ好きだが、ユイとシェーレのロボ好きはそれ以上だ。桁が違うと言ってもいい。そもそも整備系の人間ではパイロットと見るところが違うってのもあるのかもしれないんだが。
ああやってユイの手元に月間ロボが渡ってしまうとその日はまず返ってこないと思っていい。オレたちの方がかなり読むのが早いんだから、オレたちが読み終わってからにしてくれと言っても聞く耳を持ってくれない。
そしてその次は「あらユイ、いいものを読んでいるわね。次、読ませて頂戴」とシェーレの手に渡る。これも一日かかる。これも聞く耳を持ってもらえない。
「隠しても見つかるもんな」
「なんか他にないのかよ」
「じゃあこれかな」
月間ロボを取られたクラスメイトが、もう一冊の雑誌を鞄から取り出す。
表紙は可愛い女の子。
「お、アイドル雑誌か」
「これはこれで」
「表紙の子、可愛いな」
パラパラめくっていくと、色とりどりの服に身を包んだオレたちと同じくらいのアイドルが、ポーズを決めたりインタビューを受けたりしている。
そうやってページをめくっていた手が一つの特集記事のところで止まった。
「ロボパイロットアイドル」
「今時のアイドルはロボの操縦もするんだね」
「いろいろあるんだなー」
記事は、【今話題! ロボパイロットアイドル!】という見出しとともに、ロボのコックピットに収まってピースするアイドルの写真が掲載されていた。こんなもんもあるんだな。世界は広い。
その後もペラペラページをめくりながらクラスメイトたちとこの子可愛いな、とかタイプだ、なんて話していると、クラス司令官のシェーレがいつものゴスロリ服に身を包んで教室に入ってきた。
「みんなおはよう、少し早いけど揃っているようだし朝礼を始めたいわ。座って頂戴」
へーい、と全員が自分の席へ戻っていく。
目ざとい金髪吸血鬼はやはり月間ロボを読むユイに気づき、「あらユイ、いいものを読んでいるわね」と言った。あーあ、これであと一日は読めないな。
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