2-1

「「「「「海だああああああぁぁぁぁぁぁっ!」」」」」


 目の前に広がる大海原に向かって、とりあえず全員で叫んでおいた。

 ブシン工業高校の保有するダンジョン《ランナウェイ》。

 オレたち二年五六四組は二百三十五層のサブダンジョンに来ていた。

 普段オレたち生徒はダンジョンモンスターを倒したりしてクエストをクリアし、得られるポイントで自分たちを強化する日々を送っている。

 だが今回ここに来たのはポイントを稼ぐことが目的じゃない。

 このフロアには魚型のボスがいたが、そいつをオレたちは先日倒したばかり。

 ボスの出現するフロアというのは特殊で、まずボスの再出現にはそれなりに時間がかかる。

 そして、ボスが再び現れるまではフロアにボス以外の通常のモンスターが出現することも、他のフロアからモンスターが移動してくることもない。

 すなわち、一時的な安全地帯になるのである。

 そんな安全地帯でオレたちは——

「くらえええええっ!」

「わっぷ!」

「ごぼぼぼぼぼぼ……」

 思いっきり遊んでいた。

「くたばれトオルぅぅぅぅっ!」

「日頃の恨みだヨ!」

「成敗しちゃる!」

 クラスメイトの馬鹿どもがオレに向かって襲いかかってくる。手にはそれなりにでかい水鉄砲。オレはその射線から体をひねって逃げる。

「チッ、すばしっこいな!」

「しかしいつまで逃げられるかな!」

「はっ」

 オレは鼻で笑った。どうやらあいつらはオレが何も持っていないから反撃されることはないと、たかをくくっているようだ。

 じゃあ、やるか。

「オラあっ!」

「ぐはああああああああああっ⁈」

  オレが腕を振ると、水鉄砲を持っていたクラスメイトの一人が吹っ飛んだ。

「な、何い⁈」

「何しやがったトオル!」

「水を投げたんだよ」

「「はあっ⁈」」

 残りの二人が揃って絶句する。そんなに驚くことかね。

「水投げた威力じゃねえだろ今の!」

「化け物め!」

「化け物扱いするほどじゃねえだろうに……で、どうする、まだやるか?」

「ふ、当然だ、いくぞトオル!」

「望むところだ……って、待て」

 そこでオレは一旦落ち着いて周囲を見回した。

「どうした、降参か?」

「タカヒロいねえんだけど」

「ん?」

「あれ?」

 オレが倒したクラスメイトがいない。

「どこ行った?」

「あ、いた」

 そいつは、波にさらわれて沖合の方へと流されていた。

「なあトオル」

「なんだよ」

「あいつ泳げたっけ」

「泳げねえんじゃね? もがいてるし」

「やばくね?」

「やばいな」

「…………………………」

「…………………………」

「…………………………」


「「「やべえええええええええっ!」」」


  三人して軽くパニックになった。

「待ってろ今行くぞ!」

「いや間に合わねえ! ツバサ! ツバサー!」

『はいはい、了解でしょ』


 そのノイズ混じりの声はオレたちの頭上から聞こえてきた。

 灰色の鋼の巨人がザバザバ海の中へ入っていくと、溺れるクラスメイトを回収して戻ってくる。

 あれがロボ。ダンジョンを攻略するためのオレたちの手足となる相棒だ。基本的に人体を模して作られるロボは手足があり、ダンジョンでモンスターと戦う以外にも様々な使い方ができる。オレたちが遊んでいる砂浜も、ロボが整備したものだ。もともとは断崖絶壁だった。

 クラスメイトを救助したロボがこっちに戻ってくる。

『あーあー、塩水に浸かっちまったっしょ。コメントは? ユイ』

「げっ」

 オレは震え上がった。

 大半のロボは水分に弱い。錆びるからだ。塩水にはもっと弱い。もっと錆びるからだ。

 ああして塩水にさらされると、ロボを整備するクラスメイトたちには結構恨まれる。先に謝らねえと。

 オレは周囲を見回し、目的の人物を見つけ、

「おっ……」

 オレは言葉を失った。

 五六四組の機械系整備長ユイは、淡いパステルカラーの水着を身につけて真っ赤になっていた。

「ユイ、ど、どうした」

 なんとかオレはそういった。

「う、海だから……」

 もごもごと、ユイは言葉を口にする。

「シェーレが、着なさいって……」

「シェーレはどうした」

「倒れちゃった」

「ああ……」

 耐えられなかったんだな。

「え、えと、トオル、その」

 不思議なもんで、自分より挙動不審なユイを見ていると、オレの頭はクリアになってきた。とりあえず言うべきことを言うことにした。

「似合ってるぞ、ユイ」

「…………………………!」

 バッと、ユイが顔を上げる。顔はさらに赤くなっていた。

「……本当?」

「ああ」

 ユイがへにゃっと笑う。かわいい。

 まずいな、一旦は立ち直ったが、この可愛さはやばい。だんだん意識が——

「……あっ?」

 オレはぶっ倒れていた。

 だが、これはユイの可愛さだけが原因じゃない。

 物理的に、攻撃が加えられていた。

 黒い杭のようなものがオレの体にぐっ刺さっていた。

「ト、トオル⁈ ちょっとシェーレ!」

 ユイには犯人の心当たりがあるらしい。すぐに背後を振り返っていた。オレにも犯人の心当たりはあるが。

「ダメよ、ユイ。それは私以外に見せちゃダメ」

 可愛らしさを重視したユイの水着とは正反対の、落ち着いた黒い水着に身を包みながらこちらに歩いてくるのはクラス代表と電気系整備長を兼任するシェーレだった。

「シェ、シェーレ……」

 おそらく抗議しようとしたユイは、そこで言葉を詰まらせた。その理由はオレにもよくわかった。

「ユイ、さ、戻りましょう。あなたのこんな姿をあの馬鹿どもに見せるなんて勿体なさすぎるわ」

「シェーレ、鼻血、大丈夫?」

 シェーレはドバドバ鼻血を流して、クールな美貌もせっかくの水着も台無しにしていた。ユイの水着に興奮しすぎだろ。

「大丈夫よ」

「全然大丈夫に見えねえんだよ」

「その声はトオルかしら」

「目の前にいるぞ」

「一つ聞くわ、ユイはどこかしら」

「目の前にいるぞ」

「目が見えないのよ」

「おい! 誰か担架持ってきてやれ!」

 血流しすぎてる! よく自分で立ててるな。

「なんでそんなになるまで放っておいた……」

「少しでも水着のユイを目に焼き付けようと……」

 それでこうなっちまったら意味ねえだろ。

「悔いはないわ……」などとほざきながらシェーレは搬送されていった。

「ねえトオル」

「どうしたユイ」

 ユイは未だ顔を赤くしながらオレを見上げてくる。

「さっき、DEWACSルグが海に入っていったよね」

「…………………………ソウデスネ」

「知ってる? 水に入ると、ロボって錆びちゃうんだ」

「…………………………ソウデスネ」

「どうして、そんなことになっちゃったのかなあ?」

「おーい、そろそろ見張交代するぜ!」

 オレは逃走を選択した。荒ぶるユイの怒りはそう簡単には収まらない。口にするにも恐ろしい制裁が待っている。

 幸い口実はある。ボス部屋ではボスが再出現すればすぐさま戦場になる。そのために、念のため何機かロボを見張に立たせて交代で遊んでいたのだ。

「遊びすぎたからなあ、オレはしばらく……」

「……逃がさない」

 ぐいっと、ユイがオレの水着のゴムの部分を持ち、オレのケツが半分顔を出す。普通の女子ならこんなことできないし、ユイもそのはずなのだが、そんなことは気にならないらしい。相当お怒りのご様子だ。

「ねえトオル知ってる、水に浸かったロボを再整備するのってすごい手間なんだ。しかも塩水だからただ乾かせばいいってわけでもないんだよねえトオルぅ……」

 怖いいいいいいいいいっ!

 ねえこの子さっきまで水着に恥ずかしがってた子だよね⁈もう目が暗すぎなんですけどおおおっ⁈

「いや、だから、ユイさん……」

『全員ロボに乗れっしょ!』

 そこで先ほど水の中に入ったロボのパイロット、ツバサが叫んだ。

 ツバサの乗るロボは四九式機甲鎧特探型オクノホソミチ、通称DEWACSシク。探査に特化した機体だ。そのため異変にはいち早く気づく。ゆるい空気はどこかに吹き飛び、一気に緊張が走る。

「どうした!」

 オレは自分のロボに向かって走りながら叫んだ。

『なんかくるっしょ!』

「何かってなんだヨ!」

『わからんしょ!』

 慌ただしく全員が動く間に、ドッパアアアアン! と、沖合に水柱が立ち上がった。

「でやがったな……」

 水柱の中から現れたのは巨大なクラーケンだった。ボスが再出現しやがった。

 クラスメイトのロボが手に持つ射撃装備を放つが、クラーケンに効いているようには見えない。

 と、クラーケンがその腕をロボに向けて繰り出してくる。何回かはクラスメイトもかわすことができたが、その腕につかまって宙づりにされてしまう。

『くううううううっ、わ、私、触手になんて負けないんだからああああっ!』

「…………………………」

 一応解説しておくと、クラーケンの腕に絡まれて粘液まみれになっているのは鋼鉄製のロボで、オープン回線に声を乗せているのは男だ。こんなんで変な気分になるのは本当にごく一部の——


『………………エロい』

『こ、興奮するうっ!』

『ハアハア』


 ………………。

 ごく一部なんだよ、普通は。

 たまたま、多いだけなんだよ。本当、バカばっかりだ。

「興奮してんじゃねえ! 早く助けてやれ!」

 オレは一喝し、自分のロボを前進させる。四九式機構鎧特近型ツワモノ。得意、というか対応している間合いは至近距離。

 クラスメイトたちの援護を受けたオレは、《ツワモノ》の持つ斧槍で迫り来るクラーケンの腕をいなしつつクラスメイトのロボを拘束している腕を切り裂く。

 脱出に成功したクラスメイトの機体は前身のスラスターを噴いて砂浜に着地した。

『助かった!』

「気ぃ抜くな! 次来るぞ!」

『皆、援護なさい、撤退するわよ!』

 気絶状態から立ち直ったらしいシェーレの声が響く。


「まったく……」


 結構危機的な状況の中だが、《ツワモノ》を操りつつオレは笑っていた。

 こんな日常が、どうしようもなく楽しかった。

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