1-25
勝利の余韻はいつまでも冷めなかった。
全身にのしかかる疲労感さえ、今は心地よかった。
自分一人じゃない、全員が全力を出し切っての勝利、最高だった。
格納庫に戻ると、クラスの全員がオレを迎えてくれた。
「やったぜお前ら!」
《ツワモノ》のコックピットから床に降り立ち、オレは叫ぶ。そこかしらから雄叫びが返ってきた。
「やったなトオル!」
感極まったのか、タツキが抱きついてきた。うおっ、やべえ。男だが、男なんだが役得だ。
「今回はさすがに褒めないわけにはいかないわね、トオル」
シェーレも反対側から同じように抱きついてくる。すげえシェーレがデレた! なんかいい匂いがする! すごいぞこれ、このままオレ死ぬんじゃないか。
なんて、思っていると、
「やったね、トオル」
その死が、唐突に、オレの前に現れた。
「………………ぁ」
それは別段恐ろしい姿をしているわけではなかった。むしろ可愛らしくさえあった。それでも、オレは体が震えるのを止められなかった。
それは微笑んでいた。とてつもなく静かで、どこまでも果てのない怒りをたたえて笑っていた。黒いオーラも纏ってはいない。全てをその内に閉じ込めている。その怒りは間違いなく、全てがオレに向けられていた。
そこでオレは気付いた。
オレはタツキとシェーレによって、完全に拘束されていることに。
他のクラスメイトたちが、オレから距離を取っていることに。
俺は死す運命に囚われていることに。
「は、な、せえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええっ!」
途端、オレは全力で暴れ始めた。
逃げなければ、死ぬ。オレの全身がそう叫んでいた。しかし拘束はビクともしない。
「シェーレてめえ魔法で腕力あげてるんじゃねえ放せ!」
「トオル、今まで楽しかったわ」
「過去形にすんなやめろお!」
せめて目を合わせてえ!
「あなたが親指を立てながら溶鉱炉に沈んでいくシーンは、涙なしには見られないでしょうね」
「なんだその未来予想図は⁈ いろいろと無理がねえかそれは⁈」
「そうね、親指を立てる余裕なんてないでしょうね」
「そこじゃねえ!」
確かにそうかもしれないがな!
「知っているぞ、確かこれは、絶対絶命というのだろう?」
「ちょっと待てタツキ、なんかおかしくなかったか⁈ それだとオレ、絶対に絶命するのか⁈」
「しないのか?」
「するよ! だから放せ!」
オレがジタバタ暴れている間に、それは着実にこちらに近づいてくる。待って手に電動ドリル持ってるんだけど。ぎゅいんぎゅいん鳴ってるんだけど。
「なんで電ドリなんて持ってるんだよぉぉぉっ! しかも刃太すぎだろぉっ、それ直径いくつだよおおおおっ!」
「………………13ミリ」
「殺す気かああああああっ!」
それは笑顔で答えてくれた。
「じゃあ、こっちがいい?」
それは小首をかしげ、電動ドリルをもつてとは逆の手に握る物をくるくる回した。
「どっちも死ぬわなんだその巨大なハンマー!」
などと言う間にも、距離は縮まっていく。オレは周囲のクラスメイト達に向かって叫んだ。
「お前ら助けろよ! ここはみんなの力を合わせてだな!」
「トオル」
「早く!」
「断腸の思いではあるが、我々は一つの決断を下した」
「はやーく!」
「お前一人の犠牲で済むのなら、我々はお前を差し出す」
「この裏切り者どもおおおおおおおおっ!」
誰も、目を合わせてくれなかった。
そしてついに彼我の距離がゼロになり――
「ひっ」
オレの懐にそれは飛び込んできた。
「ユ、ユイ?」
「ありがとう、トオル」
ユイはオレの胸に顔をうずめたまま言う。
「ボクたちのために勝ってくれて、ありがとう。すごく、格好良かった」
顔を上げたユイの表情はとても穏やかで、とても輝いていた。この顔を見れて良かったと思った。
「当たり前のことをしただけだっての」
オレもニッと笑い、
「でも、ソレトコレトハ、ベツダヨネ?」
その笑みを凍りつかせた。
「ねえユイ、オレ勝ったじゃん! 勝ったよ⁈」
「ソレトコレトハ、ベツダヨネ?」
キュイイイイイイイイイイイイイン!
電動ドリルが死の旋律を奏でる。
「頼むユイやめてくれえええええええっ!」
「大丈夫だよトオル、ちゃんと刃は研いできたから、痛みを感じる暇もないさ」
「さようならトオル。本当に、楽しかったわ」
「体を張ってみんなを笑わせるなんて、トオルはすごいな!」
「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
その情けない絶叫は一帯に響き渡り、ブシン工業高校の伝説となったという。
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