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 そして――

「決戦だなあ」

 オレはそうつぶやいた。

 敵の残りは三機。こちらは残り四機。オレの《ツワモノ》、タツキの《マダラ》、ツバサのDEWACSシク、そして《タイコウ》。《タイコウ》は頭数に入れないとして、数の上では同数。だが戦力差は未知数だった。

 もう敵の居場所はわかっている。大部屋から動こうとはせず、こちらを迎え撃つ構えだ。

 こうなるとDEWACSシクの高精度な索敵は必要ない。DEWACSシクは頭部の巨大な索敵ユニットをパージし、通常のシクと同じ姿になっていた。

『この向こうでしょ』

「さあて、ご対面といきますか」

 オレたちは大部屋の中へと機体を前進させた。

『ようこそ、お待ちしておりましたわ』

 オープン回線に女の声が響く。おそらくは三機の真ん中に立つ《ラーンスロット》がそうだろう。

 エドモンド社製EDM-70-2A《ラーンスロット》は強襲用に特化した機体で、かなりのスピードと瞬間火力を持つ。

 ドローンを操っていたのもあいつだろう。スカートアーマーがドローン操作に特化した機体、エドモンド社製モルガンのものに換装されていた。

 その左右を固めるのがエドモンド社製の量産機スパタタイプと《グラディウス》タイプ。

『まさかドローンがすべて潰されるとは思いませんでしたわ。見事と言っておきましょう。しかし、勝つのは私たちでしてよ』

 その声の自信の源には心当たりがあった。

 ここまで《ラーンスロット》は一度もオレたちの前に姿を見せてはいなかった。おそらくはかなりの量のフォルクス粒子を残しているだろう。

 対してこちらは《ツワモノ》が八割を切り、《マダラ》とDEWACSシクの残りの粒子量は多くない。

 だが、それがどうしたってんだ。

 それに強襲に特化した《ラーンスロット》はスピードを手に入れたために装甲が薄い。ドローンも使っていたから粒子の消費も全くないわけではないはずだ。

「そんじゃま、負けてから驚けよ」

『では、来なさい』

 敵は泰然と構えている。

 まだオレたちとは距離がある。射撃装備を撃ったところで回避されるだろう。どのみち、オレの《ツワモノ》は近接戦闘特化、近づく必要があった。

『トオル、盾、貸せよ』

 ツバサのDEWACSシクが手を出してくる。手にも索敵ユニットを持つため、DEWACSシクはハンドガンと実体剣しか装備がない。

「そら」

『サンキュでしょ』

《ツワモノ》のシールドを受け取ったDEWACSシクはそれを腕に装備する。

『トオル』

「おう」

『オレとタツキで一機は堕とす。あとはなんとかするっしょ』

「わかった。しくじってもいいぞ、オレが三機潰す」

『タツキ、うまく合わせてくれっしょ』

『わかってる』

 DEWACSシクはジリジリと全身を始め、オレとタツキもそれに続く。

 そしてある程度まで接近したところで射撃戦が始まった。

 両方の陣の間をフォルクス粒子が錯綜するが、オレたちは足を止めない。先頭のDEWACSシクは多少の被弾を気には留めない。

 そして距離を詰め切ったDEWACSシクは剣を振りかぶり――

『チッ』

 機体が白く光り始めた。

 そしてその機体が光に包まれた刹那、その眩い白に紛れて《マダラ》と《ツワモノ》が飛び出す。

 ルウクスタイプが近接装備を構える間を与えず、《マダラ》の剣と《ツワモノ》の斧槍が《スパタ》タイプを切り裂いていた。

 強制帰還の入った《スパタ》タイプには目もくれず、次の機体に向かおうとするが、

『くうっ!』

 フォルクス粒子の散弾が《マダラ》を襲っていた。たまらずオレは《ツワモノ》に後退をかけさせる。

《ラーンスロット》のフォルクスショットガンを浴び、《マダラ》も光に包まれて消えていった。

『チェックメイト、ですわね』

《ラーンスロット》がフォルクスショットガンを構える。《グラディウス》タイプも同様に射撃武器をこちらに構えた。

「そういうのは、オレを倒してから言うんだな」

『勝ち目などあると思って?』

「ま、ねーよな」

 普通は。

『あなたの機体はインファイト仕様。しかしスピードなら私の《ラーンスロット》が僅かに上。そして二対一。あなたにリザイン以外の道はなくてよ』

 その通りではある。《ツワモノ》では《ラーンスロット》を捉え切るのは難しい。そしてそうやっている間に《グラディウス》タイプの攻撃を受けるかフォルクス粒子を使い切るだろう。もしも、今のスピードが《ツワモノ》の全力ならば。

「やるっきゃねえな」

 小さく、シクにだけ聞こえる声でオレは呟いた。

 今こそその時だ。今使わずしていつ使う。

《ツワモノ》が斧槍を手放した。

『あら、観念しまして?』

「まさか」

《ツワモノ》は背中に装備された実体剣を握った。オレが何をするのかは、クラスの全員に伝わっただろう。

『う……うあ……………………』

 ユイの声にならない声がクラス回線をかすかに揺らした。

 そして、オレは厳重にカバーの施されたスイッチのカバーを外し、ボタンを押し込むと同時、深く息を吸い、叫んだ。

「システム、スタンバァイ!」

『やめろおおおおおおおおっ!』

 ユイの悲痛な叫びが響く。ほんと、ごめんな、ユイ。

『システム承認依頼を受諾』

 ユイの叫びを上書きし、機械のものとわかる無機質な声が発せられた。

『決議、開始』

『やめてえ!』

『シェーレ・ツェペシュ、これは勝利に不可欠である、承認』

『ヒロイ・ユイ、これは機体に多大な負荷をかけるものである、否認!』

『タツカワ・タツキ、これは楽しいものである、承認!』

『否認! ひにーん!』

『イシハラ・ツバサ、承認!』

『うわー!』

『承認!』

『………………承認』

 一人否認を繰り返すユイをよそに、次々と、今はこの場にいない連中も承認の声を上げる。

 全員の選択が終わると、無機質な声がまた言った。

『承認多数、システムコントロール、パイロットへ』

 先ほど押し込んだカバー付きのボタンが仄暗い赤に灯る。

 そしてオレは腕を振り上げ――

「スワ・トオル、これは我らの誇りのための戦いである! 承っ、認!」

 再度、ボタンを押し込んだ。

『うわあああああああああああああああああっ!』

 一際大きなユイの叫びがクラス回線を満たした。

『パイロットの承認を確認。駆動速度、再設定開始。頭部、完了。左腕、完了。右腕、完了――』

 淡々と声は続く。

 傍目には何も変わってはいないが、操縦桿から伝わる振動が、オレに確かな変化を教えていた。

『――左脚、完了。ムラマサシステム、完全開放』

 その声を最後に、それは完了した。

「行くぜええええええっ!」

 オレはフットペダルを限界まで踏み込んだ。その意思を受けた《ツワモノ》はスラスターを爆発させ、《グラディウス》タイプの懐に潜り込む。

『なっ⁈』

《グラディウス》タイプに機体を動かす隙を与えず、《ツワモノ》が剣を振る。

『この!』

 強制帰還の入った《グラディウス》タイプごと《ラーンスロット》のフォルクスショットガンが《ツワモノ》を狙うが、その時には《ツワモノ》は残像を残して消えていた。

『くううっ、なんて機動性!』

 それでも《ラーンスロット》は瞬時にフォルクスブレイドに持ち替え、《ツワモノ》と切り結ぶ。だが、さっきまでの余裕は消え失せていた。

 これが《ツワモノ》の、オレたちの最後の切り札、ムラマサシステムのレプリカ。

 ムラマサシステム、それはある伝説の機体が使用されたとされ、エヴェイユシステムの原型となったともいわれる幻のシステムだ。ムラマサシステムを搭載した機体は機体性能、特に機動性と反応速度が大幅に強化されたという。

 だが、なにぶん資料の少ないモノだ。その実態は定かではない。

《ツワモノ》に搭載されたレプリカの仕組みは簡単、一〇〇%で動いている機体を二〇〇%で動かす、ただそれだけ。だが、言うほどに簡単じゃあない。

 システム面はまだいい、二〇〇%に書き換える、というのはやや苦しいので一〇〇%の状態を五〇%と、まだ余裕がある状態と思わせればいい。しかしハード面はそうはいかない。

 本来一〇〇%でしか動かせないものを二〇〇%の出力で動かしたりなんてした日には、過負荷に耐え切れず機体がすぐさま故障を引き起こす――普通なら。

 だが、《ツワモノ》はムラマサシステムを発動して尚、動くことができていた。ブシン工業高校の中でもトップクラスの整備によって。

「うらあああああああああっ!」

 メインカメラを輝かせ、《ツワモノ》が目にも留まらぬ速さで攻め立てる。

 しかし《ラーンスロット》も大したもので、両手に持つフォルクスブレイドで直撃を避ける。

 連撃を繰り返す中、ボギン、とどこかで嫌な音がした。

 いかに高度な整備を施されていてもムラマサシステムの負荷は絶大だ。この前のボスとの戦いではたった三秒の使用で下半身にガタがきた。そのとき得られたデータをもとに改良は施されてはいるが、それでも長時間の使用には耐えられるものではない。

 このまま一気に――

「なっ」

 オレは目を見開いた。

《ツワモノ》の右腕に、フォルクス砲が突き刺さっていた。

 反射的に後退をかけて追撃をかわすが、また嫌な音がコックピットに響く。

 見れば、漏斗型の小ぶりなドローンが二機、《ラーンスロット》の周囲を旋回していた。まだドローンを温存していやがったか。

『奥の手は最後まで残しておくものでしてよ!』

 二機のドローンを引き連れ、今度は《ラーンスロット》から仕掛けてくる。応ずるよりほかなく、《ツワモノ》も前進した。

 超スピードの中での極度の集中のせいか、息が苦しい。体も重い。

 《ラーンスロット》の動きを見、ドローンの攻撃を察知し、重くなっていく《ツワモノ》の動きも感じ取る。

 苦しい、辛い。

 だが、投げ出す気なんてこれっぽっちもなかった。

 脳裏をかすめるのは、涙をぬぐいながら、それでも整備の手を止めない小さな背中。どうしようもなく自分を責めながら、ボロボロになりながら工具を扱う背中。

 あんな姿はもう見たくない。見てたまるか。なあ、

「負けらんねえよなあ! シクぅ!」

《ラーンスロット》の守りをかいくぐり、《ツワモノ》がフォルクスブレイドを突き立てる。

「オオオオオオオオッ!」

 さらに側面に回り込んだ《ツワモノ》を、ドローンが狙う。

 舌打ちし、回避をしようとしたが《ツワモノ》の動きが急に重くなりフォルクス砲の一本が右手に刺さる。その衝撃で右腕に握っていた剣が落下した。

『これでっ!』

 武器を失った《ツワモノ》に、《ラーンスロット》のフォルクスブレイドが迫る。

 オレはバックジャンプでそれをかわしざま姿勢を低くし、床に手を伸ばして《ツワモノ》の右手にそれを握らせていた。

 すなわち、ムラマサシステム発動前に捨てていた斧槍を。

 トドメを焦り、無理な突撃をかけた《ラーンスロット》は大きく体勢を崩している。ドローンもその近くを漂っていた。

 接近する間に《ラーンスロット》は体勢を立て直す。そして、今の跳躍で《ツワモノ》の下半身にも限界が来ていた。足のどちらかが破損したか。

 だから、オレは《ツワモノ》にその場でフォルクススピアを振りかぶらせた。これしかねえ。

 ギシギシと、鋼の軋みがそこかしこから聞こえてくる。

 いくぞ――

「いくぞ、相棒ぉっ!」

『行きなさい、トオル!』

『いけっ!』

『やっちまえ!』

『トオル!』

 仲間たちの声が、《ツワモノ》を後押しする。

 無限に引き伸ばされた時間の中で、ジリジリと《ツワモノ》が動いていく。動け相棒、あと少し、あと少しだ。


『勝て! 《ツワモノ》!』


 そして、《ツワモノ》は斧槍を投げ打った。

 それは一直線に走り、《ラーンスロット》の胸に突き刺さる。

『そ……んな………………』

《ラーンスロット》は光に包まれて消えていった。

 ガシャン! と力を失った斧槍が地面を叩く。

 機体が限界を超え、ムラマサシステムの切れた《ツワモノ》はガタガタと震えながら、ゆっくりとその右拳を天に突き上げた。

「オレたちの、勝ちだああああああっ!」


『『『『『いよっしゃああああああああああああっ!』』』』』

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