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「よし」

 そして一七五組とのクラス間戦争の当日、オレは《ツワモノ》のコックピットの中で機体の最終チェックをしていた。

 状態は完璧、あとはやるだけだと自分に言い聞かせていると、ユイがコックピットの中に入ってきた。

「トオル、どう?」

「完璧」

「よかった」

 ユイはふわりと笑った。

「でもまだだぜユイ」

「うん、ここからだねトオル。そ、それで……トオル」

 ユイがそこで言い淀む。

「どした」

「そ、その、もし勝ったらトオルに言いたいことがあるんだ」

「ふーん」

「だから、勝って、トオル」

「じゃあ今言ってくれよ」

「だ、だから勝ったらって……」

「勝つからよ。当たり前だろ」

 オレが言い切ると、ユイはぽかんとした顔になる。

「……うん、そうだね、勝つ。でも、言うのは勝つのを見てからにする」

「そうか」

「がんばろうね、トオル」

「おう」

 ユイはコックピットから出て行った。

 それを見届けたオレは目を閉じ、深く息を吸って、吐いた。

 ゆっくりと目を開く。

「行くぞ、シク」


 クラス間戦争の舞台になるトレーニングダンジョンすでに他のクラス間戦争で使われ、マッピングが済んでいた。見たところ厄介な仕掛けなどはない。

《ツワモノ》はタツキの乗る《マダラ》、シェーレ達の乗る《タイコウ》、シクタイプ二機とともにダンジョン内を進んでいた。

 オレたちはクラス内の機体を二つに分けていた。一つに固めてしまうと動きが鈍くなるという判断からだ。

『下がれトオル!』

 タツキの声にオレはすぐさま機体を後退させる。角から、ずんぐりしたライトパープルの機体が現れ、フォルクスバズーカを一射してくる。

《マダラ》やシクが迎撃するが、敵の機体はその鈍重そうな姿に似つかない軽やかな動きでこちらの攻撃をかわす。

『ちょろちょろと!』

 クラスメイトが毒突いた。

 エドモンド社製のロボ、《アキレウス》タイプの最大の特徴であるホバー機動は、機体にスケートリンクの上を滑るスケート選手のような滑らかな動きを与えていた。

『必要以上の追撃は不要よ』

 ルウクスタイプの姿が消え、クラス回線に少しの安堵が流れ――

「チッ!」

 オレは《ツワモノ》を動かし、それとクラスメイトのシクの間にシールドを突き出していた。

 それから迸った細いフォルクス粒子の光束が、シールドに弾かれる。

 驚きながらも、クラスメイトは空飛ぶドラム缶のような形のそれにマシンガンを撃つ。だが、小さなそれはスルスルと光弾をかわして角の向こうに消えていった。

「ドローンか」

『そのようね』

 ロボの全長と比べると小さな、円筒型の無線誘導砲台。

 ドローンの中でも最もポピュラーなタイプだ。その小ささから識別が難しく、また撃破もしにくい。こりゃ気を抜けねえってことだ。

『しかしトオル、見たか』

「ああ、見たぜ」

 しかしそれでもオレたちの会話は戦闘から離れる。

『あれ《アキレウス・テストタイプ》だったよな!』

「あんな機体滅多に見られないぜ!」

 まさかあの幻の機体が見られるとは。エドモンド社製ロボはバリエーション機の生産数が極端に少ない。くそ、オレも乗ってみたいな。、珍しい機体を見るとやはりテンションが上がる。これはもうロボ乗りとしての性だ。仕方ないのだ。

 ユイも『凄い動きしてたね!』と喜んでいる。あれが観れただけでも喧嘩売ってよかった。勝つけどな。

『気持ちはよくわかるけど、それくらいにしておきなさい。敵戦力の分析を続けるわよ』


 それからオレたちは散発的な戦闘を続けていった。

 無理やり突っ込むことはせず、また積極的な衝突もしない。

 ロボの性能差が如実に出るのは、近接戦闘だ。飛び道具を使って弾幕を張っている限りはそこまで性能差というものは影響してこない。

 それがわかっていて、一七五も無理に突っ込んでくることはなかった。性能差を鼻にかけて突っ込んでくるようなら蜂の巣になる。そしてこのこう着状態ははオレたちの狙いだった。

「ユイ、どうだ!」

『うん、これは大丈夫だ!』

 機体に取り付いていたユイが《ツワモノ》のメインカメラを見上げて叫ぶ。ユイは手際よく工具を操り、シクの部品を交換していった。

 これが、この修理技術こそがオレたちの武器だ。

 クラス間戦争は制限時間の概念がない。一日のうちで戦うことのできる時間は限られているが、戦争自体は決着がつくか手打ちになるまで続く。

 そしてロボというのは無整備で動き続けられるほど頑丈ではない。機体によって出る不具合の数は違えど、だ。

 小さなトラブルなんていくらでも出てくるし、原因不明のものも決して少なくない。その故障が元で行動不能になったり、強制帰還が入ることもある。

 だが、シクシリーズには星系に広く普及し、長く使われているが故の膨大な整備データがある。もともと量産機として設計されたが故の簡単な構造と合わせて、シクは未知の故障というものがほとんど発生しない。そして発生したとしても、ユイ達五六四組のメカニック達なら容易にリカバリする。

 それに対してエドモンド社製をはじめとする多くのロボは高性能ではあるものの少数生産機が多く、そもそも故障のデータが少ない。特にエドモンド社は完成品検査工程を無資格者に検査させていた問題が発生してから大きく売り上げを落としたため、正規の整備サービスが途絶えて久しい。そのため、エドモンド社製のロボは中身のわからない改造を繰り返していることが多く、整備は一筋縄ではいかない。

 上の方のクラスは機体が修理不能になったと判断すれば新しい機体を買うという。オレたちはそんなことしないし、できない。

最強のロボってなんだろうな。

 一撃で敵を倒すすごい装備?

 どんな攻撃もよけるスピード?

 確かにそれも一つの強さだろう。だけど、オレたちの考える最強は、オレたちが持つ最強は動くこと。どれだけ戦っても、誰だけ時間が経っても、どれだけ傷ついても動き続けられること。どうすれば動くようになるか、どう動けば負荷が少ないか。この機体への理解が、オレたちの矛だった。

 そうやってオレたちは時間を武器に少しずつ有利な状況を作っていったが、相手もそれに気付き、多少無理をしてでも攻め込んできた。多少の整備不良はあってもまだ決定的な差がつくほどの時間はまだ過ぎておらず、また機体の地力は向こうが上だった。

『挟まれたぞ!』

 オレたちA隊は一七五の部隊に挟撃を受けていた。

「B隊はどした!」

『ボクたちを挟んでるのとは別の敵に足止め食ってる! 数は少ないから何機か抜けられるって!』

『みんな、もう少し保ちこたえなさい!』

 シェーレが鼓舞するがやはり状況は不利だ。気まぐれに現れるドローンがうざったいことこの上なかった。正直、B隊も間に合うかどうか。このままだと押しつぶされかねない。

「しゃーねえ」

 オレは操縦桿を握り直し、

『よせよトオル』

 クラスメイトのシクが《ツワモノ》の肩に手を当てた。

「んだよ」

『どうせ突っ込んで道を作ろうとしたんだろ』

「しょーがねえ。誰かがやらねえと大打撃だ」

 B隊には悪いがこっちがメインだ。やられるわけにはいかない。

「オレはこの中じゃやれる方だ。ただじゃやられねえ」

『それでも、生き残るのは難しい』

「……………………」

 オレは無言で肯定した。

「いいじゃねえか、オレ一機で済むんなら」

『格好つけるなよトオル、これはお前が始めたケンカだ。最後まで残ってケリをつけろ。切り札もあるんだしな』

 そこまで言ったクラスメイトは前に進んでいった。それが何を意味するのかオレには分かった。

「お前……」

『みんな、ついてこいよ』

「馬鹿、よせ」

『トオル、ここは任せましょう。誰かがやらないといけないことよ。まだあなたと《ツワモノ》を失うわけにはいかないわ』

「チッ」

 おれ痛烈に舌打ちをしてしまった。

「見送る役なんてやりたかねえんだけどな」

『行くぞ、B隊が来る方を叩く』

「けっ」

 クラスメイトのシクを先頭に全機が突撃をかける。反対側からの攻撃を殿が威嚇し、足止めする。

 敵部隊に肉薄した先頭のシクは敵の機体に剣の一撃を加え、他乗敵から集中攻撃を受けた。

『まあ、こんなもんだよな……』

 強制帰還の入った機体が白く輝き始める。

『あとは頼――』

「馬鹿野郎がよ!」

 叫び、オレは斧槍を振り回した。タツキの《マダラ》も他の敵機に襲いかかる。クラス回線越しのタツキは無言だったが、その激しい感情は伝わってきた。

『無事かトオル!』

「無事じゃねえ!」

 そこで救援に来たB隊の一部と合流すると、敵は後退をかけ、

『きた!』

 団子になったオレたちの周囲を、ドローンが囲んでいた。このドローンに要所で抑え込まれ、オレたちは思うように攻められなかった。

『みんな!』

 シェーレが叫ぶ。

 小型故にこのドローンのフォルクス砲は威力が低い。

 バイタルエリアへの直撃を防いだオレは、ドローンにマシンガンの銃口を向けるタツキの《マダラ》を見た。ドローンはライフルから放たれた弾をするりとかわし、

「そこ!」

 《ツワモノ》の斧槍の斬撃を受けていた。

 その一撃を受けたドローンは、内蔵していたフォルクス粒子を使い果たして地面に落ちる。他のドローンもクラスメイトたちの連携によってほとんどが落とされていた。

 残されたドローンが這々の体で逃げていくのを見送り、オレはコックピットの中でニヤリと笑った。

「さすがだな、シェーレ」

『まあ、こんなものよ』

 あのドローンはパイロットに操作されているものではなく、自立行動をしている、と見抜いたのはシェーレだった。


『どのドローンも同じような動きをしていたわ。それに、あの数は一人のパイロットが操るには負担が大きすぎる』


 そしてシェーレは少ない情報からドローンの行動パターンを見破っていた。これでドローンのほとんどは潰した。

『ここからが本番よあなたたち。まずはB隊の残りと合流して、彼らと交戦中の敵を叩くわ』

『『「了解!」』』

 そこからオレたちは一進一退の攻防を演じた。

 機体の性能差を整備力と連携で補い、味方を失いながらも一機ずつ敵を堕としていく。負けるわけにはいかねえからな。

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