1-22
ブシン工業高校はロボで言ったら《メガロス》級の超巨大な高校だ。なんでもかんでもとにかくスケールがでかい。
体育館なんて百くらいあるし、プールも体育館の屋上に同じ数ある。そして食堂もとんでもなく広い。メニューも豊富。
かなり遅い時間だが、そんな食堂には生徒がまだ残っていた。ダンジョンからの帰還が遅くなると、これくらいの時間になってしむことも少なくはない。
「何にすっかなー」
「ラーメンダイスキー」
「カツ丼、高いよなあ」
食堂前の通路を歩いていると、校内新聞の前に人だかりができていた。
「やはり一組は強いようですね」
「いつかは倒すがな」
「しかし二クラスでかかって完敗とは」
無視無視。
ええ、ええ、負けたのは事実ですからね。こんなもんにいちいち目くじら立ててらんないよ。
「しかしこの五六四組というのは少し食い下がったようですね」
「所詮は旧式のロボです。《クラウン》にはかないませんわ」
はいはい。
「やはりこれからは整備などではなく、ロボの性能が勝敗を決める時代ですわ」
……………………あ?
オレは足を止めた。
オレだけじゃなく、クラスの全員が足を止めていた。
「結局は戦う者こそ美しい。整備などそれを盛り立てる早くに過ぎませんわ」
オレは声のする方を振り返った。
その視線を感じたのか、校内新聞の前に陣取っていた一団がこっちを振り返る。
「何か?」
そう言ったのは集団の中心にいた、ザ・お嬢様ってかんじの女だった。
「いんや、面白そうなこと言ってたなと思っただけだよ。ロボの性能で勝敗が決まるとか、なんとか」
「そのとおりですわ」
女は上品に髪をかきあげた。
「この五六四組は整備力が売りのようですが、いかに手を加えたところで旧式は旧式。パイロットの腕こそが勝敗を決めるのではなくて?」
そこで女の隣のやつが何かを耳打ちする。
「これは失礼。まさか件の五六四組とは。しかしロボの性能差というものを思い知ったのでは? 小手先の整備など通用しないと。もしも再戦をと思っているのでしたらやめたほうがよろしくてよ。一組を倒すのは我々なのですから」
「……………………」
オレは黙って女を見据えた。
「トオル、行こう」
ユイがオレの裾を引く。その表情は必死に何かをこらえ、崩れ落ちようとする自分を律しているかのようだった。
オレはポケットに入れていた整備用の手袋を出した。薄汚れてはいるがまだまだ使える。同じくらいにおろしたユイの手袋はもう真っ黒になっていたのを、オレはさっき見ていた。
そしてオレの手は動いていた。
「いいぜ、なら見せてくれよ、ロボの性能差ってやつをよ」
オレの投げた手袋が、女の頬に当たって床に落ちた。
「ケンカ、しようぜ。お貴族サマはこうやるんだろう?」
「貴様!」
途端に女の周りの連中が気色ばむが、それを女の手が止めた。その体は怒りで微かに震え、顔は紅潮していた。
「なるほど、もう一度ロボの性能というものを見たいと、そういうわけですね。よろしい、私が、一七五組ユリアーナ・ヴーンドウォートが教えて差し上げましょう」
「楽しみにしてるぜ」
バチリと交錯する視線で火花を散らしたのを最後に、一七五組は去って行った。
「へっ」
オレはその背中を眺めながら不敵に笑い――
ごすっ。
「グフ」
ぶっ倒れた。
みぞおちにぐっ刺さった小さな拳によって。
「何がへっ、だ! 何いらない喧嘩売ってるんだ! あんなの言わせておけばいいでしょ!」
ばすばすユイがオレに攻撃を加える。痛い。痛いが、謝るつもりはなかった。
オレを一通り殴り尽くしたらしいユイはふーふー肩で息をするが、怒気は未だに健在のようである。オレはとりあえず立ち上がった。
「ユイの怒りも最もよトオル」
シェーレは怒ってはいないようだが、かなり呆れているようだった。
「一時の感情に流されてあんな安い喧嘩をふっかけて。もう少し状況を考えなさい」
「そうだそうだ!」
「まあ、私はああいいうのも嫌いじゃないけれど」
「え……」
ユイが目を丸くした。てっきりこのままオレを責める側に回るとばかり思っていたんだろう。
クラスメイトたちの中にもオレを責める声はなかった。せいぜい、やれやれと肩をすくめる奴がいるくらいだ。そいつらも、どこか楽しそうに口の端を釣り上げている。
「確かに、オレたちの機体はボロかもしれねえ。一流の機体と戦って勝つことは難しいかもしれねえ。けどな、パイロットと整備の関係ってのはあいつが言ったようなもんじゃねえ。絶対に」
オレたちは一つのチームだ。足りない部分があれば補い合い、同じ景色を見て笑い、悔しがり、同じ高みを目指す対等の関係であるはずだ。
そして《クラウン》との戦いでの敗北はオレのせいだ。ユイ達整備はあの時点で完璧な機体をオレに預けてくれた。それを小手先の整備だなんだと外野から好きに言われるのは我慢ならねえ。
そして何より、だ。
「機体がボロだとか言いたい奴には言わせときゃいいんだけどな」
「だったら、どうして……」
「えっとだな……」
ユイは分からないという風に、怒りの混じった泣きそうな顔のまま首をかしげる。
他の連中の方を見てみるが、お前が喧嘩売ったんだからお前が言えよと目で言われるだけだった。タツキだけは食堂の方をじっと見ていた。くそ、オレが言うしかねえのか。
「……仲間をバカにされて黙ってるわけにはいかねえだろ」
オレはユイの目を見ることができなかった。言い方も少しぶっきらぼうになったかもしれない。
機体の古さに指を差されるのはいい。
自分の無力を嘲笑されるのもいい。
だが、仲間の努力を笑われるのは許せねえ。
それだけは、笑ってそうですかと流すわけにはいかない。
オレはユイの手を取った。工具の使いすぎで、小さな手は皮が硬くなっていた。
「お前は誰よりも頑張ってるよユイ。それが報われるかどうかはわかんねえ。けど、それを何も知らねえ奴に無駄と笑われちゃあな」
「そ、そんなことで……」
「そんなことじゃねえ」
オレはユイの目を見て断言した。
「お前が今日まで積み上げてきたものオレたちは知ってる。だから胸はれよ」
「そーだぞーユイ」
「あんな奴らに言わせっぱなしでいいはずがねえ」
クラスメイトたちも沸き立つ。
それを見て、ユイは俯いてしまった。
「みんな……ありがとう……」
オレはそんなユイの頭に手を置き、全員を見回した。
「そんじゃま、やってやろうぜ!」
「「「「おっしゃあ!」」」」」
「もう遅いけど全員いることだし、ミーティングするわよ。テイクアウトできるものを買って頂戴」
「おばちゃんピザちょうだい!」
「ラーメンラーメン!」
「運べるのかラーメン?」
「ギガバーガーセットで!」
「チキンフライバケツでよろしくお願いしまあああああああす!」
「でもトオル」
「どうしたシェーレ」
「あなたこの間、機体をスクラップ呼ばわりされてキレてなかったかしら」
「ははは」
そんな昔のこと忘れたっての。
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