1-20
『待たせてすまなかったね』
二二五の痕跡が部屋から残らず消えると、《クラウン》がこちらを向いた。
『さあどうしようか。もう、始めるかい?』
「……………………」
その声と、静まり返るクラス回線に耳を傾け、オレは《ツワモノ》を一歩前進させた。
『いいぜ、オレとあんたでケリをつけよう』
ざわりと、回線が少しだけ揺れた。
『トオル』
パイロット全員を代表してか、タツキが言った。
「なんだよ」
『いいのだな』
「おう」
『わかった』
タツキも、他のパイロット連中もそれ以上は何も言わなかった。
『ああ、わかった。キミと私の一騎討ちというわけだね。そういうのも、いいね』
《クラウン》のパイロットも応じ、白い機体が前進してくる。反対に《スローネ》は後退していった。
《ツワモノ》は一歩ずつ、ゆっくりと《クラウン》に近づいていく。
白亜の機体は射撃装備を使ってくる気配はない。低速で動くことでまだ戦いは始まっていないというオレの無言の主張が効いたのかもしれないが、こちらに初手を譲る余裕の表れと取った方が良さそうだ。
そして両機が近接装備の届く距離に近づき、《ツワモノ》が止まる。
しんと静まりかえる中に、誰かが息をのむかすかな音がした。
「うらっ!」
《ツワモノ》が、斧槍を《クラウン》の頭部めがけて突き出す。
鈍色の鋒はギュルリと肩のバインダーを軸に動いた《クラウン》の左肩のシールドドローンに弾かれるが、オレは同時に《ツワモノ》に蹴りを入れさせていた。
頭に意識を向けさせておいて足を刈りに行ったが、《クラウン》は滑らかな動きでそれをかわすと、右肩のシールドが回転してこちらを狙う。
左腕のシールドでそれを受けたオレは、操縦桿を動かして受ける角度から流す角度にしつつも、冷たい汗を流していた。
正直、今の手応えはただシールドを振り回して出せるものじゃあない。随分高価なパーツ使ってやがる。ま、あれだけ大型のシールドを自在に動かすには相当大出力のモーターが必要だろうな。
「けっ」
将を射抜かんと欲すれば、というやつだ。オレは狙いを《クラウン》本体から四枚のシールドドローンに移した。
「なにっ!」
だが、斧槍を《クラウン》のシールドドローンに突き立てたオレは驚愕した。斧槍の刃がシールドに到達する前に、不可視の壁のようなものに阻まれている。
くそ、このAフィールドは実体の近接装備まで弾くのか。普通は出力不足で射撃装備やフォルクス粒子を使った近接装備しか弾けねえってのに。なんつうフォルクス粒子の密度だよ。
バックステップを踏み、《クラウン》のシールド回転をかわしたオレは《ツワモノ》を再度突っ込ませ、左のシールドドローンに斧槍を突き立てにかかる。
やはり粒子束はシールドに届く前に押しとどめられ、
「ここっ!」
《ツワモノ》が左腕を振りかぶる。
斧槍はAフィールドの斥力場に押しとどめられたが、左腕に装備するシールドの先端部のクローの打撃も加われば!
が、《ツワモノ》のシールドは《クラウン》のもう一方のシールドドローンの回転に弾き飛ばされ、
「もらいぃっ!」
《ツワモノ》の左拳が二枚のシールドから発生する斥力場をかいくぐる。さすがに大質量の機体そのものは止められねか。馬を射るのはやめだ、ぶん殴ってやる!
ごんっと、《ツワモノ》が《クラウン》の頭部を殴り飛ばす。
「っしゃおらあ!」
バランスを崩した《クラウン》にオレは追撃を仕掛けようとし、
「――――――ッ⁈」
慌てて横に機動した。
四枚のシールドドローンとバックパックから爆発的なスラスターを噴射し、すぐさま体勢を整えた《クラウン》が、腕に装備する近接装備、フォルクブレイドを繰り出してきていた。
何とかフォルクス粒子の切っ先からのがれたものの、無理な回避で無様に機体を倒したオレに対し、《クラウン》はその凄まじいスラスターの噴射で優美に機体を回転させ、ふわりと着地する。完全に重力を振り切ったと思える動きは、まるで《クラウン》のいる場だけが無重力区画になったかのような動きだった。
『予想以上だ』
オープン回線から届く涼やかな声は、歓喜と闘気に満ちていた。
『まだ踊れるのだろう? もっと楽しませてくれ』
《クラウン》がさらにもう片方の腕のフォルクスブレイドを展開する。
さて、どこまでやれるか。オレはモニタの左端に落ちる、殴る時に邪魔だから捨てた斧槍とシールドをちらりと見た。回収は、できそうにはないな。オレは《ツワモノ》の背中に装備されていたサブウエポンの実体剣を抜いた。
「ま、やるだけか」
見ていられなかった。
でも、目をそらすわけにはいかなかった。
攻勢に転じた《クラウン》に対し、トオルの《ツワモノ》は防戦一方に追いやられていた。
フォルクスブレイドと両肩のシールドドローンの打撃をしのぐ姿は、今にも致命の一撃を受けそうで、ボクは気が気じゃなかった。
「あれが、《クラウン》……」
シェーレが小さく呟いた。
パワー、スピード、装備、どれを取っても他のロボを大きく引き離している。トオルの乗る《ツワモノ》ですら、まるで歯が立たない。
「……………………」
ボクはぐっと唇をかんだ。トオルなら、トオルなら勝てるんじゃないかと思ってた。
でも、立ちはだかった壁はあんまりにも分厚かった。
《クラウン》のフォルクスブレイドが左肩を貫く。ただ見ているだけのはずなのに、まるで自分の体に何か刺さったような、重い痛みのようなものが走り、ボクはいてもたってもいられず、クラス回線に叫んでいた。
「このままじゃトオルが負けちゃうよ! みんな、トオルを助けて!」
『駄目だ、ユイ』
回線の向こうのタツキの声は、いつもの陽気なものではない、戦士としての重い、取りつく島のないものだった。
『これはトオルの戦いだ。我らが出て行ってはいけない』
「でも……シェーレ!」
金髪の指揮官は困った顔でボクを見て首を横に振った。
「ダメよユイ、タツキが正しい。それに、他でもないあなたならわかるはずよ、五六四組機械方メカニック長、ヒロイ・ユイ」
シェーレがボクからモニタの方に目を移す。
「《ツワモノ》が戦ってあれだもの、今の私たちじゃ、《クラウン》一機にも勝てないわ」
「……………………」
シェーレに言われて、ボクは何も言えなくなった。整備直後、機体の稼働に問題もなし。《ツワモノ》が十全の力を発揮する間合いでも、勝てない。
「でも、やってみなきゃ」
『まあ待てユイ、あっちを見てみろヨ』
クラスメイトに言われて、ボクは画面の端に佇む黒に目を向けた。
そこでは、《スローネ》が二機の戦いに目を向けている。無造作に立っているように見えて、《ツワモノ》以外の機体が割り込んでこようものならすぐさま排除しようとこちらに注意を向けてきていた。
『なんていうか、番犬、でしょ』
『違いない、ユイ、見てろヨ』
そう言ったシクの一機が手に握るマシンガンを軽く動かす。
その銃口が《クラウン》に向けられようとした時、《スローネ》が厳しくこちらを見据えてきた。
『……あなたたちは、さっきのよりも、賢いと思っていたけど』
オープン回線から届く静かな声には確かな冷気が乗っていて、ボクはかすかに震えた。番犬とはよく言ったものだと思う。この気迫は飛び掛かってくる直前の猛獣だ。
『……やる? それならそれで、構わないけれど。無駄とは、言わない。でも、それだと意味が、ないんじゃない?』
見た所、《スローネ》に射撃装備はない。かなりの距離がある今の状況ははボクたちに有利なはずなのに、勝てる気は全くわいてこなかった。
『ああその通りだ。ちょっと遊んだだけだヨ』
『……そう。なら、遊びは、そのくらいにしたほうがいい。次は、抑えられる自信、ないから』
かすかな殺気を孕んだ声を最後に、通信が切れた。もう言葉を交わすつもりはないらしい。
『ま、こんなもんだヨ、ユイ』
『ご苦労様でしょ』
『これで声が震えてなかったらもっと恰好よかったなー』
『無理だったヨ。ちびらないので精一杯だったヨ』
画面の真ん中ではまだ《クラウン》と《ツワモノ》が戦っていた。ただ、見方によってはもう戦いと呼べるものではないのかもしれない。
《ツワモノ》はほとんど死に体だった。左腕は完全に動いていない。下半身も本来の動きには程遠かった。あんな状態でもここまで凌ぐことができるトオルは、やっぱりすごい。
そして追い詰められながらも反撃の機会をうかがっているけれど、《クラウン》の戦い方は最強の名におごることのない堅実なもので、一分の隙もありはしなかった。そうして《ツワモノ》が追い詰められていく様は、あまりにも痛々しかった。
『悔しいなー』
誰かが、小さく言った。そこには必死に煮え滾るものを抑え込もうとしているような色があった。
「みんな、悔しいのよ、ユイ」
そこでようやく、シェーレの手が真っ白になるほど握り締められていることにボクは気づいた。
『まあでも、一番悔しいのは』
それ以上言う必要はなかった。そんなもの、わかりきっていることだった。
ずんと低い音を立てて、《ツワモノ》が倒れる。
『とても楽しかったよ、ありがとう』
《クラウン》のフォルクスブレイドが《ツワモノ》の胸部を深々と貫く。濃緑の機体は、光に包まれて消えていった。
ボクたちは、負けた。
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