1-19
整備期間が終了した翌日、教室は静かな熱気に満ちていた。
整備は順調に進み、オレの《ツワモノ》とタツキの《マダラ》をはじめとして五機がフル稼働可能に、一機が右腕以外の可動が可能な状態まで持っていくことができていた。
クラス間戦争が始まる予感は、全員がひしひしと感じている。
疲労を吹き飛ばして余りある戦意が満ちつつあった。
そんなクラスの状況などよく理解しているだろうに、前に立つシェーレの表情はやはり沈んでいる。
「さて、まずは昨日までの整備ありがとう。お陰でかなり持ち直すことができたわ。みんなわかっていると思うけれど、今日私たちのクラスはクラス間戦争の宣戦布告を受けたわ」
教室がわずかにざわつくが、そこに悲観の色はない。
しかしそれでも尚シェーレは一人深刻な空気を放っていた。その表情に少しずつ教室が静まり返っていく。
「で、どこが喧嘩売ってきたんだよ。この間のとこか?」
「そうね、二二五組も呼ばれているわ」
「も?」
オレはそう聞き返した。
「………………複数クラス戦、ということか」
クラス同士がタッグなりを組んで、二クラス対二クラスなどの複数クラス間戦争になるというケースは珍しいが存在するということはオレも聞いたことがあった。だが、まさかここで来るとは。
「けど呼ばれてるって、喧嘩売ってきたのは連中じゃねえってことか」
「ボクたちと仲が悪いから、同士討ちを始めると思われてるのかな」
「いや、さすがにそれはねえと思う、けどな」
いくら連中がオレたちを目の敵にしているって言っても、オレたちを潰して相手にみすみすポイントを奪われるような真似はしねえだろう。しねえだろうが、あの様子だと絶対にないと言い切れないのがまた。
「で、結局どこのどいつなんだ?」
「一組よ」
「――――――っ」
オレは息を飲んだ。
同じように、驚く気配がいくつも伝わってくる。
一応、オレは聞いた。
「相手は、一組だけってことか?」
「ええ、二対一ということね」
それなら勝てる、とも、舐められている、とも思わなかった。
いつの間にか教室の中の熱は、どこかへと放散して消えていた。
三〇〇組未満から十組までのクラスは、学校への寄付の額で決まる。
だが十未満、一桁のクラスだけは違う。純粋に、その実力だけで決まるのだ。
その強さは数字が小さいほど強い。すなわち、一組はオレたちの学年で最強のクラスということだ。
「――なるほどな」
オレは短く、それだけ言った。
「呼ばれたからには行くしかないわ。動ける機体はすべて出すわよ」
誰一人返事はせず、ゆっくりとクラスは動き始めた。
ダンジョンには大きく三つの種類がある。
メインダンジョン、サブダンジョン、トレーニングダンジョン。
クラス間戦争では主にトレーニングダンジョンが使われる。これは、ダンジョンの中でもモンスターの出現しない区画だ。
サブダンジョンはダンジョンの中でも構造変化の周期が短いダンジョンで、もっぱらオレたちはサブダンジョンを攻略している。
メインダンジョンは構造の変化が長く、変化までに三年ほどの期間を要する。このメインダンジョンは三つ存在しているので、各学年はそれぞれ一つのメインダンジョンを三年間で攻略していく。
そしてオレたちの学年で攻略されたメインダンジョンの階層は四九九層。一つ上の学年が五五五層であることを考えると、驚異的なスピードである。おかげさまで教師の方もえげつないダンジョンを造ってくる。いい迷惑だ。その攻略の先頭に立っているのが一組だ。
「ツバサ、敵とか出てこないだろうな、この間のシノビみたいなのはごめんだぜ」
『いるか。ここ、トレーニングダンジョンでしょ』
「そりゃそうか」
軽口もどこか湿っている。これから戦うことになる相手のことを考えれば仕方ないけどな。
『もう少ししゃきっとしなさいあなたたち。ツバサ、モンスターは出ないかもしれないけれどトラップはありうるわ。気を抜かないで頂戴』
『りょーかいでしょ』
そうして到着した指定地点には先客がいた。
「よう、久しぶり」
『き……貴様』
二二五組の《シグルド》がこっちを向く。
『よくものこのこと……』
「仕方ねえだろ、オレたちも呼ばれたんだからよ」
その声は今にもフォルクスブレイドを抜いて斬りかかってきそうだったので、オレは止めておいた。
「馬鹿なことは考えないほうがいいぜ。オレたちがここで同士討ちしてみろ、相手の思う壺だ」
『……………………』
こういう時は、えーと、あれだ。
「せいぜい足ひっぱんなよ」
『なんだと貴様!』
今度こそ《シグルド》がフォルクスブレイドを抜こうとし、二二五の他の機体が慌ててそれを止める。
『何してるのさトオル』
クラス回線でユイに怒られてしまった。
「いや、ああいう時はあんなこと言えば良かった気がしたんだが……」
『ものすごく火に油注いでるじゃん』
「じゃあユイ代わってくれよ」
『やだ』
毛嫌いしてるなあ。
『トオル、おいでなすったでしょ』
DEWACSシクのパイロット、ツバサがそういった。
「どっから」
『向こうの無重力区画からでしょ。さて問題です、先頭の一機、後ろに比べてどのくらい速いでしょーか?』
「じゃー三倍」
『二倍に届かないくらいでしょ』
「……後ろがわざと遅れてるんだろ」
『後ろもオレたちの機体の巡航速度よりも速いでしょ』
「マジか」
『しかもあの無重力区画、デブリが散乱してる』
それはオレにも見えていた。しかし二倍近くて。
通常の三倍、というのはロボ界隈の一種のネタだ。あるエースパイロットの乗る専用機が量産型の後続機の三倍もの速度で接近したのだという。
だが、カスタム機とはいえ専用機と量産機にそこまでの性能差はない。故にその三倍という数値には様々な議論が起こるのだ。
オペレーターが数値を読み間違えた。
戦意高揚のための誇大。
中でもオレは、後続の機体がわざと速度を落として相対速度をあげた説を推している。
今日もそんなところだろうと思ったのだが、デブリの中を巡航速度を超えるスピードに対して二倍とはなかなかふざけた数値だ。
無重力区画の向こうから、白い点が生まれる。その点はみるみる大きくなると、白亜の人型がオレたちの前に立った。
それは、機械というにはあまりに美しすぎた。
『きれい……』
ぽつりと、ユイが呟く。
ラグランジュ社製XXX-90A《クラウン》。
目の前に立つ機体の純白の姿は、シクと同じ直線と平面から形造られていながら、とてもシクと同じロボのものとは思えない。その高貴な白によってその機体は彫像のような面持ちを帯びている。大昔のダビデだかミケランジェロだかの芸術作品のようだった。
だが、あの機体はその美しさ以上の戦闘力を持っている。
『………………あれが噂の、シールドドローンか』
オープン回線で誰かがそう言ったのは、両肩のバインダーに二枚ずつ、計四枚翼のように装備されたシールドドローンのことだ。
ドローンとはロボの装備する無線誘導装備の総称を指す。要はロボサイズになったラジコンみたいなものだな。
ラジコンとは言っても、扱いは極端に難しい。
そりゃそうだ、機体を動かしながらドローンも操作するってことは左手と右手で別の文字を書くようなものだからな。
だがその分、ドローンを使いこなすことができれば非常に強力だ。敵からすれば全方位から攻撃が飛んでくるわけで。
《クラウン》の装備するシールドドローンは、機体のほとんどを覆うことのできる大型のシールドに推進装置とフォルクスガトリングガン取り付けた、攻防一体のドローンだ。
そして最も恐ろしいのは、《クラウン》を最強たらしめているのがシールドドローンということだった。
『いやすまない、呼びつけておいて遅刻してしまった』
《クラウン》のパイロットだろう、涼やかな声がオープン回線に響く。
『取材が長引いてしまったんだ。いや本当に済まない』
《シグルド》のパイロットの苛立たしげな声が重ねられる。
『それで、我々をここに呼びつけて何の用だ』
『用も何も、クラス間戦争の申請はしたはずだけれど、ああ、キミたちを選んだ理由のことか。最近、私はロボ同士の戦闘をしていなくてね。勘を取り戻すために戦闘をしたかったんだが、私はブシンを代表する生徒だ、因縁をつけるような真似はするわけにはいかない。そんな時にいざこざが起こっているという話を聞いてね』
つまりたまたま目についたから、サンドバックにしようってわけかい。
イラつかないと言ったら嘘になるが、実力差がありすぎてキレるってことはなかった。ま、一組が相手ならそこまでポイントを奪われずに、
「…………………………………………」
そこでオレは癪にさわる予想にぶち当たった。こりゃサンドバックよりも頭にくるね。
そんなオレの内心の変化など当然気づかれることなく、涼やかな声が続く。
『さてそういうわけで二対一だけれど、安心してほしい。本気は出さないからね』
本気。
《クラウン》には、切り札があるという。それがエヴェイユシステムだ。
よくは知らねえが、《クラウン》が真価を発揮するのはそのシステムの発動後だという。つまり今は、枷をはめられた状態なのだ。
そして《クラウン》の隣に、もう一機のエヴェイユシステム搭載機が降り立った。
黒だった。
全身を黒い装甲で覆った機体は、ところどころに配置された金色のパーツと合わせて、《クラウン》とは対照的な禍々しい気を放っている。
《クラウン》が西洋の優美な装飾剣なら、あの機体、XXX-90B《スローネ》はまるで東洋の妖刀だ。天使と悪魔と言ってもいいかもしれない。
《クラウン》の兄弟機である《スローネ》は近接戦闘に特化した機体で、両腕に装備された巨大な爪状の装備、《ワイルドハント》の破壊力は絶大だという。
《クラウン》と《スローネ》、この二機のみで構成され、凄まじい戦果をあげているのが一組というクラスなのだ。悔しいが、二機が並び立つ光景には、シクには出せない格好よさがあった。
『……速い』
オープン回線に届いたボソッとした声は、おそらく《スローネ》のパイロットのものだろう。女、か?
『少し遅れていたからね。では、始めようか? ああ、ドローンも飛ばしはしないよ。本気は出さないと、言ったからね』
挑発でもなんでもない、事実を述べただけの声は、これ以上ない挑発だった。
『なめるなよぉ!』
《シグルド》のパイロットが叫ぶと、二二五のロボたちが一斉に一組の二機に襲いかかる。
「あ、バカ、やめとけ」
オレは止めてみたが、連中はそんなことでは止まらない。いくらなんんでも考えなしは無謀すぎるだろ。
二二五が突撃をかけたことでうちのクラスにも行った方がいいんじゃないか、みたいな空気が流れ始める。
『やめておきなさいあなたたち』
それを止めたのはシェーレだった。
『連携しない味方なんて敵よりも厄介よ。数だけで倒せる敵じゃないわ。それよりも、一組の機体をよく見ておきなさい』
そういう間に、早くも二二五の機体に強制帰還が入っていた。
《スローネ》は猛禽のように駆け回り、両腕の《ワイルドハント》で次々と二二五のロボをなぎ倒していく。その動きは非常にアクロバティックかつパワフルだ。
あれが単に動き回っているだけじゃなく、敵の動きを見切った上で機体により負荷が少なくなるような動きをしているのがオレには分かった。、機体の性能だけじゃねえ、パイロットの操縦技術の高さもとんでもねえな。
『このおっ!』
二二五の機体が《クラウン》めがけてフォルクス粒子を打ち出す。
「お、《トリスタン》じゃん、あんなの前いたっけ?」
『……………………』
『おい、あいつ本気で言ってるのか』
『本気でしょ』
『………………うわあ』
なんだろう、何かオレのいろいろなものが下落した気がする。何だってんだ。
胸部に搭載された五〇〇ミリ複列多層フォルクス砲、《スキュラン》をはじめとした《トリスタン》の一斉射撃が《クラウン》に迫るが、その光条は白亜の機体の前で不自然にねじ曲がった。
「……アポスティックフィールド」
Aフィールドとも呼ばれるそれは、フォルクス粒子の位相を反転させて機体外に放出、固定して斥力場を形成し、堅固な防御空間を生み出す、フォルクス粒子の応用の一つだ。
本来Aフィールドを生成するためのジェネレーターは巨大で、《メガロス》なんかの巨大ロボにしか搭載できないもんなんだが、見たところ《クラウン》はシールドドローンにそれぞれ一つずつジェネレーターを組み込んでいやがる。鉄壁と言っていいだろう。
などと分析している間に、ニニ五組の最後生き残りの一機がシールドドローンの裏に備えられたフォルクスガトリングガンのぶつ切りの光弾を浴び、光に包まれて強制帰還していった。
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