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【五六四組、二〇〇組を壊滅させたボスを撃破!】の見出しが校内新聞の一面に踊ったのは翌日のことだった。

《ケイ》の二個小隊ってのは二〇〇組のことだったのか。まあ《ケイ》六機なんてオレたちにはとても用意できないからな。

 ボスを討伐し、《アクタガワ》の購入した分のポイントを取り戻して余りあるポイントを獲得したオレたちは、

「ヤツビシの200Vのモーターどこやったー?」

「わりー、こっちで使った」

「じゃあ管理室行くかー」

「ツバサー、次はこれ持ってくれ」

『りょうかいでしょ』

 勝利の余韻に浸る暇もなくクラス総出で機体の整備をしていた。

 ボスとの戦闘で大破相当、つまり強制帰還の入った機体は二機。中破相当が三機、小破は一機。探索に参加した機体で無傷なのはシェーレ達の乗る指揮者用小型ロボ《タイコウ》とツバサの乗る索敵用ロボDEWACSシクのみという有様だった。

 そんなわけで今はクエストどころではない。メカニックもパイロットも関係なく機体の整備にあたっていた。

 貯金はたんまりあるのでのんびり整備したいものだが、ブシン工業高校にはクラス間戦争という制度がある。累計ポイントを他のクラスから奪うことができる制度だ。

 格下が格上に勝利することができれば大量のポイントを入手することができる。ただし当然簡単なことじゃない。

 逆に格下と戦うと勝利しても得られるポイントは少なく、次の戦争を挑むことができるようになるまで長い期間制限がかかってしまう。

 つまり狙われるのは、今回のオレたちのように格下が大量のポイントを獲得した時というのが多いのだった。

 一応、ボス討伐直後などに一方的な展開になることを防ぐための不戦期間申請というものがあり、それは昨日のうちに済ませてあるのだが、それでも整備の期間は足りているとは言い難い。

「ユイ、こっちのサーボは替えて位置出しておいたぞ!」

「ありがとー、もうカバーつけちゃっていいよ! そしたらコクピットに入って、試運転しよう!」

「よしきた!」

 オレは最後にもう一度取り付けたパーツのボルトなんかがきちんと締まっているかの確認をしてから、クレーンを操作して《ツワモノ》の右脛部のカバーを取り付け位置まで動かした。

「やっぱりダメだったね」

 股間部の軸受を交換しながら、悔しそうにユイは言う。足回りの整備はかなり念入りにしたと言っていたので、やはり思うところはあるらしい。

「でも次は大丈夫、いいデータは取れたから。それでも一分は無理かな。そのあと動けなくなると思う」

「おう」

 カバーボルトを全て締め、オレは寝転んでいる《ツワモノ》のコクピットに収まった。キーをねじ込んでから起動釦を押し込む。昨日は真っ赤に茹で上がっていた機体のコンディションは、全て緑色に戻っていた。

 まず一段階目はクリア。だが油断はできない。むしろこの後に出る異常の方が厄介だ。機体は正常だと思い込んでいるから、原因の特定が難しい。

「ユイ、立たせるぞ!」

『うん、いいよ!』

 ユイが《ツワモノ》から離れて手を振る。

 オレは他のクラスメイトも周りにいないことを慎重に確認して《ツワモノ》を直立させた。

「よし」

『やったー!』

 モニタの端でユイがぴょんぴょん跳ねる、可愛い。

 オレは《ツワモノ》の全身の動きを確認し、

「あ」

『よーし次は――』

「ユイ」

『なにー?』

「左腕が動かない」

『えっ』

 ユイの動きが固まる。

『えっ、ど、どんな風に』

「肩は、うん、上がるけど、肘が曲がんないな」

 他の部分は問題なく動いているが、左腕の肘関節だけがうんともすんとも、

「あ、動いた」

 言ったが、その動きはぎこちなかった。動いては止まるのを繰り返してようやく曲がりきる。

『おかしいなー、帰るときは動いてたよね、左肘』

「そうだな」

 ムーと唸りながら左肘を睨むユイの隣にシェーレが立った。作業中なの教室で来ているゴスロリ服ではなく青いつなぎにヘルメットだ。

『トオル、プログラムはどうなの』

「んー、ちょっと待てよ」

 コンソールを操作し、機体に稼動の命令を出している信号をモニタする画面を呼び出す。

「あー、こりゃ信号自体が途切れ途切れになってるな。メカじゃねえよ」

 左肘を動かすための信号の入力状況を示す部分が、実際の操作に反して不規則に点滅を繰り返していた。これは機械ではなく電気系のトラブルだろう。チャタリングってやつだ。

『トオル、状態を見てみたいわ。寝て頂戴』

「ほいほい」

 機体を停止させ、濃緑の機体が再び横になる。

『ユイ、こっちは私でやっておくから、《マダラ》の方に行って頂戴』

『うん、わかった』

 と、そこで体の向きを変えかけたユイが動きを止めて《ツワモノ》を見る。

『あとトオル、《ヌエ》だけど』

「どした」

『中のばねが折損してるから、外から固めて封印するね』

「え……」

《ツワモノ》が装備する複合防盾ヌエ

 そのばねってのは敵機を挟み込むのに使う格闘用のクローの開閉を担う部分だ。そのばねを折損したまま封印するってことは、格闘装備としての顔も持つ複合防盾ヌエがただのシールドにランクダウンしてしまうことを意味している。

「も、もう直せないのか?」

『直せるよ。直せるけど、ごめんねトオル、今そこに割く工数ははない』

「そうか……無念だ」

 確かに今は一機でも多く稼動可能状態に持っていくことを優先しないといけない。《ヌエ》のクロー部分なんて後の後回しだ。

 でもあれ、便利なんだぜ。首根っこひっつかんで無理やりぶっ倒せるから。構造が単純だからロボの手よりも壊れにくいし。今回壊れたけども。ま、ユイが怒っていないからつまりはそういうことなのだよ。

『トオル、出てきて手伝いなさい』

 コックピットでしょげているとシェーレに呼び出された。

「おう」

 機体をシャットダウンしてシクの腹から這い出すと、シェーレはすでに左腕の装甲を外してクレーンにつないでいた。

 オレもモンキーレンチを手に取り、件の信号線の部分を見るために邪魔なボルトを外していく。

「ボスを倒したってのに、景気悪いツラしてんな」

「ボスとの戦闘での被害を甘く見積もっていたわ。苦戦しただけのポイントは稼いだけれど、クラス間戦争で奪われては元も子もないわ。いつかの件で、私たちのクラスは上の方のクラスに目をつけられているしね」

「ふん」

 いつかの件ってのは六三〇の救助クエストの時に、オレたちのクラスがボコボコにした二二五組のことだろう。連中がうちのクラスを少なからず恨んでいるらしいのは、オレも風の噂に聞いていた。

「トオル」

「ん?」

「ボコボコにしたのはあなた一人でよ」

「ほら、連帯責任ってあるだろ。あと人の心を読むなよ」

 確かにちょっとだけでしゃばったけどよ。

「ま、あの程度の連中ならなんとかなるだろ」

 オレがユイに怒られるけどな!

「トオル、気持ちはわかるけど震え過ぎよ」

「お前にあの恐怖はわからねえだろうよ……いやお前もちょっと震えてるじゃねえかよ」

「武者震いよ」

 などと言い合っている間にボルトが全て外れ、信号線が露わになる。

 メインの信号線は見事に断線していたが、サブの方は特に損傷しているようには見えない。

「コネクタが緩んでるか……?」

「いいわ、どっちも交換しましょう」

「え、いいのかよ」

 貧乏なうちのクラスはこの場合、サブをいじくってひとまず稼動できるように持っていくもんだが。

「コネクタの増し締めくらいは試してみてもいいんじゃねえか」

 機体に発生する振動っていうのは馬鹿にできない。いかにしっかり締め付けていようともねじは少しずつ緩んでいってしまう。増し締めは整備の基本の一つだ。

「それでやっぱり交換しましょうとなったら工数の無駄よ。今は何より時間が惜しいわ」

「太っ腹だね」

「最悪、あなたとタツキが万全ならそれなりの戦いができるはずだわ」

「任せとけって」

 オレは信号線の型番をメモし、交換部品を取りにいくために立ち上がった。


「シェーレ、ほいこれ、あと近接センサの予備が少ないな。誰か管理室行かせたほうがいいんじゃねえか」

 メモと同じ型番の部品を渡すついでにシェーレにそう報告しておく。

 管理室というのは学校側が用意している予備の部品を置いている部屋だ。部品がなくなったらクラス単位で発注、なんてことをしていたら業者も大変だし、部品購入の基本的な流れは見積もり取得→注文→納入なのでどうしても時間がかかる。なのでよく使われる部品に関しては管理室がまとめて在庫を持っておいてくれている。おかげでこうしてクラス在庫を切らしてもすぐに修理できるわけだ。シク用の交換部品はほとんど用意されている。こういうところも俺たちがシクに乗る理由の一つだ。

「あらそう。じゃあトオル、あなた管理室に行ってきて頂戴」

「いや、まだシクの試運転あるだろ」

「私が直すのよ、直るにきまってるでしょう」

「大した自信だな」

 この自信は見せかけってわけでもない。自信満々すぎるのも考えものだが、パイロットとしては自信なくてオドオドしてるよりもよっぽどいい。そりゃ、自信満々でも直らないのは困るけどな。正直シェーレはこうして不敵に笑ってるほうが余程らしい。

「それに試運転ならあなたでなくてもできるわ。キーを貸しなさい」

「はいはいっと」

 大人しくシクの起動キーを渡す。

「んじゃ行ってくら」

「あ、トオル、それともう一つ」

「あ?」

「鑑定室に行ってきて頂戴」

「は?」

 鑑定室というのはそのまんま、ダンジョン内でドロップしたアイテムを鑑定する場所だ。

 宝箱やモンスターからドロップするアイテムは階層の深さによってある程度のランクが決まっているが、その中でも当たりはずれがあり、詳しい性能などは鑑定してみないとわからない。

「なんでわざわざ」

 オレはそう聞いた。

 普通、鑑定結果はメールで来る。いちいち鑑定室に聞きに行っていたらきりがない。

「メールだと時間がかかるのよ。直接聞きに行けばその場で鑑定してもらえるかもしれないわ。あなたの判断で使えそうだと思ったら引き取ってきて頂戴」

「使うのか」

 オレは少し驚いた。

 ダンジョン内でドロップするアイテムは基本的に魔法装備で、メンテナンスにはロボの整備とは違う技術が必要になる。

一応、全員講習は受けているから最低限のことはできるけども、いらん工数がかかるのでうちのクラスで魔法装備を使ったことはない。工業製品じゃない魔法装備には規格もくそもない。なのでプログラムの書き換えなんかでロボにきちんと魔法装備が装備であると認識させるだけでも一苦労なのだ。

「使えるものならなんでも使わないと今回は勝てないかもしれないわ。ドロップ直後なら魔法装備も無整備に近い状態でも使えないことはないはずよ」

「そりゃそうだろうけどよ。……わかった、行ってくら」

 これ以上は時間の無駄と判断したオレは、今度こそシェーレに背を向けて歩き出した。


「ちゃーっす」

 オレは管理室から運び出した部品をのせた台車を押しながら(調べてみたらこれから使うとかでクラス在庫切れ間近だったりなくなってたりの部品が多く、台車を使わないと運びきれない量になっていた)鑑定室の中に入った。

「五六四組ですけど」

「ん? これは珍しいね」

 こちらに接を向けて本を読んでいた男が、座っていた椅子をくるりと回してこちらを向く。

「五六四組がわざわざ鑑定室に来るとは。この間の錆撒きの魔剣、やっぱり使うかい?」

「いや、あれはムリっす」

 錆撒きの魔剣。

 この前の探索で入手した、その名の通り金属を錆びさせる呪いをばらまく魔剣。

 なかなか聞こえはいいがこの呪いは対象を指定することができず、呪いは単純に魔剣からの距離で決まる。

 つまり最も被害を受けるのは、剣を持つ機体なのだ。

 発見した時も、メッキ処理を施していようが内側から錆びていくというとんでもない呪いで、魔剣に残留していた魔力だけでかなりの被害が出た。鉄を使っていないロボなんてないからな。

「この間のボスからドロップしたやつで使えそうなのないですかね」

「ん? うーん、それならこんなところかな」

 男がタブレット端末を渡してくる。オレは画面をさっと眺めて端末を返した。

「お気に召すものはなかったかな?」

「ええ、まあ」

「しかし君たちも大変だね、普段は使わない魔法装備に頼ろうとしたり、ほかのクラスをミスリードしようとしたり」

「ミスリード? なんすかそれ」

「クラスの主力たる君をこうして人目に晒して、それだけ余裕があると見せようとしている」

「……はあ」

 そんなことあるかね。

 確かに昔は多少不本意な名で鳴らしはしたが、ここじゃそんなに有名人じゃねえ。

「少なくとも君をここに来るように仕向けた子はそう考えているよ。管理室にも行っているようだしね」

「そうっすかね」

 台車を押してクラスに戻り、使えそうなものはなかったとシェーレに伝えると、「そう」と表情を変えずに吸血鬼は言った。正直、ただの嫌がらせだったんじゃないだろうか。

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