1-17

『お、見えてきたぞ』

「おお……」

 オレは思わず感嘆の声を上げた。

 切り立った崖の向こうに広がるのは、果てしない青。

 その表面は荒々しくいうねって刻々とその表情を変えている。ダンジョンではなかなかお目にかかれない絶景と言えるだろう。

 この断崖絶壁じゃすぐさま海水浴ってのは諦めるしかない。一応、海パン下に履いてきたんだけどな。

 しかしロボは建築にも使われる。少し時間があれば海岸にすることくらいはできるだろう。

 タツキの《マダラ》が崖の端に立ち、《アクタガワ》を構える。こう見るとサスペンスみたいだな。

《アクタガワ》の、本来は敵機を捕縛するのに使われる先端のクロー部分に挟み込まれているのは、黄金のメッキを施された巨大なルアーだ。目立つ方がいいだろうって金色にしてる。ちなみに本物の金じゃない。とあるロボ用の特殊コーティングを転用したものだ。

『よーし、いっけえ!』

 ぶしゅっと噴射煙の尾を引きながら《アクタガワ》のクローが海の中に吸い込まれていく。

「さて」

 釣りというものは根気が必要だ。

 獲物が餌にかかるまでじっと待ち続けなければならない。

 釣りのプロならばそんなもの国もならないのかも知らないが、オレたちは残念ながらプロじゃあない。

 娯楽が、必要だ。

 そして今回の目玉といえば――


「待たせたな野郎ども! お待ちかねの水着タイムだあああああああっ!!!!」



『『『『『ウオオオオオオオオオオオオオッ!』』』』』



 クラス回線がどっと盛り上がる。当然だ、そのためにここまで来たと言っても過言ではない。


『う……水着……水着……』

『しっかりしろ、まだ死ぬには早いぞ!』

「うっひょおおおおおおおお!」


 すでに何人か壊れているが、気にしてはいけない。オレもツッコミに割けるほど脳の容量に余裕がない。

 そもそもブシン工業高校は女子生徒が多くない。うちのクラスだってシェーレ、ユイ、タツキの三人だけだ。そして三人ともベクトルは違うがレベルは高い。

 何かおかしなことを口走ったかもしれないから繰り返す、オレも余裕がない。

『勝手に仕切らないで頂戴トオル』

 水着を着ているだろうに、シェーレの声はいつもと変わりない。

 タツキ? あいつはほら、あれだ、うん。

 ん?

『……うう』

 シェーレに対してユイはそんな風に唸っている。恥ずかしいらしい。

『シェーレぇ、だいじょうぶなの、これ?』

『だいじょうぶよユイ、きっとよく似合っているわ。ああ、想像しただけで、もう……食べてしまいたいわ』

「やめろやめろ」

 はあはあ言ってるシェーレを止める。

『……ハッ、そ、そうね、じゃあ、そろそろ公開と行きましょうか。――行くわよ!』


『『『『『ウオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!』』』』』


 コックピット正面のメインモニタの右下に小さなサブモニタが二つ開くと、中央のウインドウがカウントダウンをしていく。

『5!』

『4!』

『3!』

『2!』

『1!』


『『『『『ゼロッ!!!!!!』』』』』


 ついに画面が切り替わり――


『『『『『ええ――――――――――』』』』』


 クラス回線が落胆の声でいっぱいになった。

 サブウインドウに映るユイ、シェーレの二人の首から下には、荒いモザイクがかかっていた。


『そんな……そんな……』

『こんなの……人間のすることじゃない……』

『ん?』

『無念……』


『釣りは長いわ。このモザイクは少しずつ解像度が高まっていくから、楽しみにしていなさい』


『んんー?』

『そんな……オレたちの夢が……』

『まだだ! 意識を保て! あと少しだぞ!』

『もういい……もういいんだ……』


 何人かいったんじゃねーかこれ。

 オレも若干意識が遠くなってきた。これはきついぞ。


『ねーえー、シェーレー』

『どうしたの、タツキ』

『なんか、引いてるぞ』


『『『『『――――――――――――――――――――ッッッ!』』』』』


 全員が息を飲んだ。

 早くもヒット、つまり――


『ええ、釣り上げてボスを討伐すれば、当然モザイクはその時点で解除よ』

『よっしゃやるぞお!』

『さあきやがれ!』

『タツキ! 早くしろ!』

 一気に息を吹き返したクラスメイトたちのロボが各々の装備を構える。

『んんー』

「どうしたタツキ」

『いや、これ、重いぞ』

 ずるずるっと、パンツァーアイゼンを引き上げる《マダラ》が海の方へと引きずられる。おいまじか。

 オレはすぐさま《ツワモノ》に《アクタガワ》のワイヤーを握らせた。


 が。


「ぜ、全然上がってこねえ。おいお前ら、手伝え!」

『おう!』

『任せとけって』

『水着水着水着……』

 全機がワイヤーに取り付き、綱引きの要領でワイヤーを引き上げていく。


『『『『『そーれ、そーれ、そーれ………………』』』』』


『そろそろね、来るわよ』

『気をつけてね、みんな!』

 すると突然、激しい水音が崖下で弾け、ワイヤーの手応えがなくなる。

 見事に全機がバランスを崩して倒れると、上方に影が差した。

 そして全員がそれを見た。

 大量の水しぶきをまとう、白い魚。


 そいつは――――――


「で……」

『おー』

『でっ……』

『でで……』


『『『『「デカァァァァァァイ!」』』』』


 そいつは、とんでもなくでかかった。

『すごく、大きいわね』

『逃げろー! 潰されっぞ!』

 このサイズは予想外だ。

 下手したらこいつ、ロボの中でも最大のサイズを誇る《メガロス》よりもでかいんじゃないか?

 なんとか全機がボスの着地地点から逃げると、ボスが上から落下してきた。

 その着地の衝撃たるや凄まじく、機体に膝をつかせなければとても姿勢を保てなかった。

 だが、釣り上げることには成功した。やっぱりお前は最高だぜシェーレ。こうして陸に上げてしまえばボスといえども………………。

「なっ………………」

『おい』

『………………』

 全員、言葉を失った。

『わー、すごいなあいつ!』

 タツキだけが、無邪気な声を上げている。

『あいつ、魚のくせに立てるんだな!』


『『『『「嘘だろおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ⁈」』』』』


 ボス、大地に立つ。

 白く巨大な魚の形をしたそいつは、腹の辺りから生えた二本の脚で立派に地面に踏ん張って立っていた。オレの感謝を返してほしい。

「おい誰だ、ボスを陸にあげれば無力だって言った馬鹿は!」

『全員、武器を構えなさい! ここからが本番よ!』

 その馬鹿な吸血鬼は、自身の乗るロボをボスに対して影になる位置まで後退させて、そんなことを抜かしていた。

 文句の一つでも言ってやりたかったが、ここでシェーレを失うわけにはいかない。《タイコウ》も人員輸送と移動指揮所としての運用に重きが置かれていて、戦闘力はほぼない。

『トオル、今はそれどころじゃないよ! 来る!』

「ちいっ」

 ユイの声にオレは意識を切り替える。

「まあ的はでかいからな!」

 クラスメイトたちの機体がそれぞれの装備を構えてボスに火線を張る。相手は並のロボの数倍の巨体だ、外す方が難しい。

『オラ射撃装備のない役立たずは早く前に行けヨ!』

『えー、まさか近接装備しか持っていない脳筋がうちのクラスにいるんですかー?』

『いやーそんな奴いるわけないよな。……いないよな?』

「うるっせえぞお前ら!」

 泣いてるパイロットだっているんですよ!

 背後からの援護を受けながら《ツワモノ》を前進させる。

 そのまま懐に入り込もうとするが、ボスは激しく尾を振り回してくる。

「――くそ」

『あれー、一人だけダメージを与えてない役立たずがいるんですかー?』

『えー、あんな大きな敵、撃てば当たると思うんですけどねえ』

『いやいや、囮の役割は十分果たしてますよ、ありがとう(笑)』

「(笑)はやめろ!」

 いいじゃねーか気を引いてるんだから!

 実際、ダメージの通りは悪そうだが、直撃が続いている。この調子でいけば、いけるはずだ。

 と、ボスが大きく口を開いた。

『! ボスの前から離れろ!』

 タツキが叫ぶ。

 こういう時のタツキの言葉は絶対だ。ボスの正面にいた機体は回避や防御を試み――

『ダメだ、避けろ!』

 ボスの口から、何かが放たれた。

 一瞬線のようなものが見えた。これは、高圧縮された水か?

 ギュンと走った閃光と見紛う一撃はシールドこと機体を貫き――

『マジか……』

 強制帰還の入った機体が光に包まれて消えていった。

「一撃かよ……」

 ボスに挑むのは初めてじゃないが、一撃で強制帰還が入るとは。この攻撃力は相当のものだ。

『全機、足を止めないで。正面に入ったら今のが来るわよ』

 シェーレの指示で全機が動きながら攻撃を再開する。マシンガンやバズーカから放たれた弾が次々突き刺さるが、有効打は遠く、ボスはピンピンしている。

『まずいよ。このままじゃフォルクス粒子が持たない』

 ユイが呟く。

 戦闘機動ではないものの、それなりの速度で機体を動かしながらの射撃だ。フォルクス粒子の消費は少なくない。このままだとジリ貧だ。

 そしてこのジリ貧を打開するのは、オレがなんとかしないといけない。

 いけないんだが、

『トオル、まだか⁈』

「やってるけどよ!」

 オレもさっきから何度もボスの真下に入り込もうと隙を窺っているが、ボスの動きは激しい。あの尾はかすっただけでもただでは済まないだろう。

 いちかばちか、オレは《ツワモノ》の斧槍でボスの尾を切り裂きにかかる。あの勢いで振り回してるんだ、ぶった斬って――

「ぐっ!」

 がぎん、と斧槍の刃は弾かれる。その勢いに負けた《ツワモノ》は体勢を大きく崩す。

「やっべ!」

 ぶっ倒れた濃緑の機体に向けてボスがその口を大きく開き――すぐ横をボスの放った高圧縮水によるビームががかすめていった。

「サンキュー、タツキ」

《ツワモノ》は《マダラ》の装備するアンカー《アクタガワ》に引き寄せられて事なきを得ていた。あぶねえ。

『急げトオル、あまり時間はないぞ』

「わかっちゃいるんだけどな」

 その時、

『シェーレ、トオル、あれをやろう』

 射撃装備の放たれる爆音を背景に、ユイは静かにそう言った。

 その意味は、クラスの全員が理解していた。

「いいのか、ユイ」

『しょうがないよ、この状況を切り開くには使うしかない。試運転にはもってこいだしね。でも三秒だ。それ以上は使わないで、実際の負荷がどうなるか知りたいんだ。シェーレ、そっちで制限をかけておいて』

『わかったわ。私としても味見はしてみたかったの。承認は、ユイがオーケーなら必要ないわね。行くわよトオル』

「おう、カウントダウンだけ頼む」

『じゃあ行くわよ、五、四、三、二、一、――ゴー』

 瞬間、戦闘機動すら越える速度で移動した《ツワモノ》はボスの真下に入り込み、斧槍がその下腹を貫いていた。

「よし!」

 柔らかい下腹部に鋒が突き刺さり、ボスがその巨体を暴れさせる。

『効いた!』

『畳み掛けるぞ!』

『いけいけいけいけいけ!』

 クラスメイトたちも射撃装備を近接格闘装備に持ち替えながら突っ込んでくる。のたうつボスに何機か弾き飛ばされるが、ここが正念場と意識から切り離して機体の操縦に集中する。

「これで、どうだっ!」

《ツワモノ》がボスのエラのあたりを斧槍で突くと、ボスは動きを止め、大量のアイテムをドロップして消えていった。

「勝った……?」

『勝った……』

『勝った、な……』

『勝ったわ』

『勝ったね』

 少しずつ先頭の熱が引いていき、入れ替わりに勝利の実感が全員に伝わり、じわじわと喜びが湧き上がってくる。


『『『『『よっしゃあ水着だあああああああああああああっ!!!!!!』』』』』


 そして爆発した。

『ふええええええええええええっ⁈』

 ユイだけが、そんな声を上げた。

『そうね、お待ちかねの水着タイムよ』


『『『『『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!』』』』』


『ふふ、ユイったら恥ずかしがり屋なんだもの、見られたくないからって私をシートに縛り付けて、ふう、これはこれで、いいけれど』

「いいのかよ」

『もう終わりよ! モザイク、解除っ!』

 わずかな間を挟んでモザイクが晴れ、二人の鮮明な姿が露わになる。

「な……」

 そして、オレは画面の片方を凝視して絶句した。

「おま……」

『ど……どうかな、トオル』

「お前……」

『や、やっぱり、変、かな?』

「お前それ、水着じゃねえだろ、シェーレぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」

『…………………………え?』

『あら』

 シェーレが着ていたのは、イメージに反して飾り気のない柔らかそうな薄い水色の、水着に似た、しかし決定的に違う布。

 その布に包まれたシェーレのつつましくも確かに膨らんでいる胸と、女らしい曲線を描く腰に、その下にももう一つ布。

 結論を言うと、それは下着だった。

 どう見ても、下着だった。

 シェーレは、下着姿だった。

『ふふふ、ユイにばかり気を取られて間違えてしまったようね。でも同じようなものだし、問題ないわ』

「バッカ、ちげーよ! 超ちげーよ!」

 くそう、何たるバカだ。

 しかもよりによってシェーレのクールイメージとは真逆の清楚系。そのギャップによる衝撃は半端ではなかった。

『●✖◎ゑ◇〜〓〆々々☆ΔΦ』

『ハハハ……フハハハッ!』

『ああ……安心した………………』

『………………一片の悔いなし』

 これ以上被害を広げるわけにはいかない……っ! オレは鼻血を拭って叫んだ。

「総員サブモニタを切れ! 死ぬぞ!」

 オレも目をつむり、勘でモニタの切断ボタンを押す。

 何回か押してからオレは恐る恐る目を開くと、絶大な破壊力を持つ画像はモニタから姿を消していた。

 あ、危なかった。

『た、助かったぜトオル、あと少しでもあれを見てたら出血多量でどうなってたか』

『………………命の恩人』

「いいってことよ」

 なんとか死にかかっていた連中も全員生きながらえているらしい。

 いやよかった。あれは非常に危険だった。危険度だけで言えば始まりの戦艦に搭載された、星すら砕く超兵器覇道砲くらいの破壊力を持っていたと思う。

 しかし、なんとか危機は去った。

 そういえば、ユイも水着姿を見られるのは嫌そうにしていたし、ちょうどよかったんじゃないか?

「ユイ、もう大丈夫だぞ」

『トオルの……』

「あん?」

『トオルの……バカああああああああっ!』

 鼓膜が吹き飛ぶかと思うほどの絶叫だった。なんだこの仕打ち。

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