1-16
『んー、なんなんだろうなあ』
二日後。
《アクタガワ》の整備と調整が完了し、オレたちは目標のいる海洋エリアに向けて進行していた。
『どうしたの、タツキ』
『ここのところ、おなかとか舌が痛いんだ。うまく寝れないし、どうしたんだろうなー』
「…………………………」
どうやら例の件以降、タツキは調子がイマイチらしい。
左腕に《アクタガワ》を装備した《マダラ》が左右に頭部のメインカメラを走らせる。
『みんな、何か知らないかー?』
「…………………………」
回線に気まずい沈黙が流れる。タツキめ、薄々気づいていやがる。こういう時は鋭いんだよな。ダメだ気まずくて《マダラ》を見れない。
でもさ、タツキですらこうなったってことはオレたちが食べてたらもっと酷いことになってたってわけで……仕方ない犠牲だっただろ、これは。
『トオル、止まれっしょ』
気まずい空気をかき消したのはDEWACSシクのパイロット、ツバサの声だ。この真面目な声は罠でもあったか。
『この先、未踏破エリアになってる。形、変わったみたいっしょ』
「まじか」
運がねえな。また構造変化してやがるとは。慎重に進まねえと。
行軍速度を落として進んでいると、オレたちは比較的大きな部屋に出た。
それらしい罠はない。
目標のボスは海洋系のモンスターという情報に対し、この部屋は普通の地面が広がっている。ボス部屋についた、というわけではなさそうだ。
そして正面は巨大な石の扉。
「撃てぇぇぇぇぇぇい!」
門に弾の雨が突き刺さった。
ダンジョンの通路が完全に封鎖されることは原則としてない。力の流れを阻害してしまうとかなんとか。
この手の門は何か特殊な条件を満たすか、単に破壊するかのどちらかで通ることができるようになる。
一番むかつくのは門の近くにそれらしい謎かけを書いておいて実はただの破壊可能オブジェクトでしたーっていうやつである。正解のはずの答えを答えるごとに罠にはまったりモンスターが沸いて来たりで散々な目に遭った。破壊できることに気づいてしまった時の苛立ちと脱力感は相当だ。以降、オレたちは門を見つけたらとりあえず攻撃するようにしている。ちなみにダンジョンの床や壁を破壊することもできるが、フォルクス粒子の消費が半端ないので普通はやらない。
さてこの一斉攻撃で突破できれば楽だったんだが――
「壊れねえな」
『………………《スピンクスの門》』
『えー』
問題に答えることで門が開く《スピンクスの門》はダンジョンではポピュラーな仕掛けだ。指定された生徒が問題に答える。回線で相談することはできるが内容は傍受されているので、答えを教えることはできない。
『落とし穴とかの罠はなさそうでしょ。不正解ならモンスターがスポーンするタイプっぽいっしょ』
部屋が暗くなりスポットライトが動き始め、シクの一機を照らして止まった。
【第一問 機械要素 リーマボルトで締め付け、軸心がずれると振動が生じやすい軸継手は?】
『フランジ軸継手』
【正解!】
スポットライトの光が隣のシクヘと移る。
【第二問 管用要素 一般にガス管と呼ばれ、空気・ガス・蒸気・水などの一般配管に使用する素材は?】
『配管用炭素鋼鋼管』
【正解!】
【第三問 化学 大気の〇・〇三%を占め、人間が呼吸時に大気中に放出する気体は?】
『一酸化イエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエェェェェェェイ!』
絶叫が響きわたった。
『元気だなー』
『………………早く答えろ』
『くっ、二酸化炭素』
【正解!】
さっきの絶叫は解答者のものであってそうではない。あらかじめ本人の声を録音しておいたものだ。
解答を間違えそうになったときシェーレの判断で再生され、無理やり解答をキャンセルする。反則ぎりぎりだが、本人の声だからなのか一応今日まで何も言われていない。
こんな手を使うのにはもちろん理由がある。《スピンクスの門》はオレたちの苦手とするものだ。何しろバカが多い。最初の二問みたいにロボ関連の問題ならいくらでも正解できるけども、一般科目は壊滅的なんだよな。
再びスポットライトが動き、《マダラ》を捉えたところで止まる。
【第四問 社会 青年期の発達課題はアイデンティティの確立であると説いた新フロイト学派の心理学者は誰? ①フロイト ②ロック ③エリクソン ④エミール】
解答者はバカ筆頭のタツキ。
普通ならここで全機不正解の後のモンスターの出現に備えるが、どの機体もそこまではっきりとした姿勢は見せない。
『んー、では③だ!』
【正解!】
ほらな。
なぜかタツキは引きが良くて、選択問題しか引かない上に当てるんだよなあ。
【最終問題!】
高らかな声とともにスポットライトが照らし出したのは《ツワモノ》だった。
『どっから敵が出てくるかわからない、しっかり警戒っしょ!』
『………………適度に散開しておけ』
『センサーに頼るなよ、目使え目!』
「お、ま、え、らああぁぁぁぁぁっ!」
あからさますぎるだろ!
『いやだって、無理でしょ』
『シェーレの仕掛けだって解答をキャンセルするだけだから、答えが分からなかったら意味がないんだヨ?』
『それともあれか、そこもわからなかったか?』
バカにしやがって……。
「見てろお前ら、華麗に正解してやらあ!」
【第五問 古典 土佐日記の著者は?】
「よし、答えはイイイイエエエエエエエエエエエエエエエエエエエェェェェェェイ! って待てこらあ!」
早い早い早い!
【不正解!】
「まだ答えてないぃっ!」
『ツッコミが解答と認識されたようね。まったく……』
「ねえシェーレさん、キャンセル早くなかったですかね!」
『機体を稼働させているだけでもフォルクス粒子は消費していくの。あなたの珍解答で大喜利をしている暇はないのよ』
「一回くらい答えさせろよ!」
『答えは?』
「紫式部!」
『ほら見なさい』
「えっ」
違った?
「も、もう一回!」
『そんなことより、来たわよ』
門の前の地面にうっすらと光る円形の紋章が現れる。モンスターの召喚サークルだ。紋章の光が強くなると、円形の中心からドール級が出現した。
「くそがぁ!」
オレは機体を前進させ、早速ドール級の一帯を切り裂いた。
「終わり、っと」
《スピンクスの門》から出現したドール級が全滅した。《スピンクスの門》の効果によって召喚されたモンスターからはアイテムのドロップはない。倒し損だ。
倒れたドール級が消滅すると、ギギィ……と重い音を立てて門が開く。
オレは《ツワモノ》に門をくぐらせるが、なぜか後ろに一機も続かない。
『『『………………』』』
全機が含みのある目線をこちらに向けてきていた。
「なんだお前らその目は」
『知ってるかトオル』
「あ?」
『悪いことをしたらな、ごめんなさいって言うんだ』
「オレのせいじゃねえだろ!」
オレは全力で叫んだ。
『いや、シェーレの判断は正しい。どうせバカには解けん』
「答え言ってみろや」
『松尾芭蕉』
「シェーレ」
『不正解よ』
『バカなあっ!』
バカめ。
『全員、もう少し学力を付けて頂戴。私たちの弱点よ、《スピンクスの門》の一般科目』
弱点、か。
改めてボス部屋に向けて進みながらオレは考える。
「シェーレ、《スピンクスの門》は新しく生成されていたんだよな」
『ええ、職員室から入手したマップには記されていなかったわ』
「まるでオレたちを阻むように、か?」
『その勘働きの良さを、少しでいいから学力につぎ込んで頂戴。ええ、私もその可能性は考えていたわ。それを裏付ける根拠となるかもしれないものもある。マップを見て頂戴』
オレはディスプレイに表示された周辺マップを見る。灰色、未踏破のエリアは《スピンクスの門》の先にも広がっていた。
「まだ未踏破があるのか」
『モンスターが設置されていないあたり、ポイントが足りなかったのでしょうね。まだ不可解な点もあるのだけれど』
「オレたちを狙い撃ちする理由か」
シェーレは『これでどうして馬鹿なのかしら……』とため息をついていた。失礼な。バカじゃない、知識が偏っているだけだ。
『まだ《スピンクスの門》だけじゃ私たちが狙いとは言いにくかったのだけれど……』
「うえーい」
オレはやる気のない声を出した。
目の前に広がっていたのは階段だった。ローションでヌルヌルにされた。
『やはり私たちをターゲットにしているとみるべきかしらね、これは』
『はっ、どこがだよ!』
『こんなもんサクッと突破してやるぜ!』
クラスメイト達の機体が勢いよく階段を昇っていく。
が、床はぬるぬるなので――
『あがががががががっ!』
『ぬおおおおおおおっ!』
勢いよく滑り落ちてきた。そらそうだ。
「飛べればこんなもんあってないようなもんなんだけどな」
ロボの中には飛行が可能な機体もいる。エドモンド社製の機体には多い。そういった機体ならば地面のコンディションなど関係ないんだが、うちのクラスに飛行可能な機体はいない。飛行にはフォルクス粒子を少なからず喰うし、整備性も下がるので、採用していない。あと飛行可能な機体は普通に値段が高い。
『くそ、猪口才な!』
『誰だこんな意地汚い罠を仕掛けたやつは!』
『………………どうせ性根が腐っているに違いない』
口々に悪態をつくクラスメイト達。サクッと突破するんじゃなかったのかよ。
すると『うるさいぞ貴様ら!』と上方から大音量ゆえに割れ気味の声が響いた。
スピーカーじゃない。これはダンジョン管理者に与えられる機能の一つだ。ダンジョン内に声を届けることができる。つまりこの声は攻略者たるオレたち生徒側じゃない、教師陣のものだ。なんだが……。
えっと……。
『こ、この声は……』
『このいかにも卑怯そうなこの声は……』
『小物感しかないこの声は……』
『………………』
『………………』
『………………』
『『『『「誰だっけ?」』』』』
『貴様らあああああああっ!』
再度の絶叫。いやあ教師多いからさあ、全員は覚えられないんだよね。授業で関わり合いがないと余計に。
『数学のキリシマだ! 貴様らの授業を担当している!』
『………………』
『………………』
『………………』
『『『『「誰?」』』』』
数学の、教師?
「数学なんて受けた記憶ねえんだけど」
『ニセモノか?』
『ニセモノだな』
『……そうだな、貴様らはいつも寝ているからな……教えてやれシェーレ・ツェペシュ!』
『えっと、どちら様ですか?』
『なにいいいっ⁈』
シェーレが知らないって、本格的に偽物なんじゃないかこれ。
『ああ、数学ね、教え方が私に合わなくて、自分で教科書を読んで勉強したほうが良かったの』
『………………』
なんとなくだけどキリシマが絶句している気がした。
「お前もたいがい歯に衣着せねえよな」
『私に合わない、というだけよ』
『と、とにかくここから先には進ませんぞ! ただでさえ四九九層が突破されて学年主任がいら立っている。貴様らがこうしてここに来たということはボスに対して無策ではないだろう、しばらくは足止めさせてもらわんとな!』
基本的にこのダンジョン《ランナウェイ》は教育目的なので著しくたちの悪い罠やモンスターなんかは出現しない、やられるためのダンジョンだ。
だが、オレたちの学年の攻略スピードは速い。速すぎて教師陣はナーバスになっているらしい。
『四九九層はかなりポイントを費やして盤石の守りを築いたはずだったというのに、一組ときたら……』
「それ、オレたちとばっちりじゃねえかよ」
『場所は関係ない、これ以上ポイントの出費がかさむと我々の給料がピンチなのだ!』
「おいシェーレ、そんなことあんのか?」
『普通はないわよ、普通は』
なるほど、普通じゃないってか。切羽詰まってんなあ。
『頼む、ここは退いてくれ……妻と子供がおなかをすかせているんだ……』
『先生独身ですよね』
『ぎくぅっ!』
ユイガ容赦なくツッコミを入れた。
しかしなんか、ユイが苛々してないか?
『ふっ、ならば手加減など無用だな!』
『………………いざゆかん』
『突破させてもらうヨ!』
三機のシクがローションまみれの階段を上り、
『『『うわああああああああああっ!』』』
仲良く滑り落ちた。デジャブか。
ほうっ、と、どこか恍惚としたキリシマの声が届く。
『ふふ……設置した甲斐があった……ローションにまみれるロボの肢体……美しい……あまりに淫靡だ……ふふ……』
『『『『「へ、変態だあああああああああああああっ!」』』』』
みんな逃げろ変態がうつるぞ!
『切実に気持ち悪い!』
『ロボでそれはやめてくれえっ! せめて人間で興奮してくれえっ!』
『………………気持ちは、わからないでもない』
だめだ! もううつってやがる!
『くううっ! こんな気持ち悪いところは早く突破するに限るぜ!』
『いや本当に!』
『あ、ちょっと待ってみんな』
もう一度ローション階段に突撃をかけようとしたクラスメイト達をユイが止めた。
『どうしたユイ、なぜ止める!』
『まさかお前、もううつって……』
『考えなしに上ろうとしたらだめだよみんな、そうやって傷ついた機体は、誰が直すのかな?』
『よし一機だ! 一機上れればあとはロープで引き上げられる!』
『ロープどこだ』
『おれ持ってるぞ!』
なるほどね、ユイが苛々していた理由はこれか。階段から滑り落ちる時、結構衝撃ありそうだもんな。こら震えるなオレの体。
『ってわけで行ってこいトオル!』
「よし、理由を聞こうか」
『機体性能と腕を考えるとお前が適任だ。タツキじゃ滑る未来しか見えない』
タツキに関しては同意だよ。
「で、本音は」
『万が一失敗したとき、ユイの制裁を受けて生き残れるのはお前だけだ』
一切の迷いも冗談もない声だった。なに、オレが普段受けている制裁って常人だと命の危機に晒されるようなものなの? どうなってんの?
「シェーレ、ユイの折檻はそんなに過酷なもんなのか?」
『………………』
「シェーレ?」
『……ヌルヌル、ロボ……ありかもしれないわね……』
「しっかりしろシェーレぇぇぇぇっ!」
感染があっ!
『……っ! ごめんなさい、私、何か変なことを言っていたかしら』
「大丈夫だ、まだ、な」
いろんな意味でプレッシャーのかかる中、幸いそれ以上の感染者を出さずに(一発クリアとはいかなかったがユイから特にコメントはなかった)階段を抜けた《ツワモノ》のロープを伝って全機が上に到着した。ふう。
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