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【二年一組、メインダンジョン四九九層を突破!】

 休み明けの月曜日、いつも通り教壇に立ったシェーレはいつもより機嫌がよかった。

「ようやくポイントが貯まったわ。《マダラ》の装備を更新できるわよ」

 よっ、と教室から声があがり、パチパチと散発的に拍手の音が立つ。

 タツキの乗る《マダラ》は機体の各部にハードポイントを持ち、追加の装備を得ることで様々状況に対応することができる。その中でもキョウサン重工純正の装備群は、数ある《マダラ》用の追加装備の中でも抜群の信頼性を持つ。しかし純正だけあってどの装備もかなり値が張り、なかなかポイントが貯まらずに装備を整えることができていなかった。だが、ついに購入することができたらしい。《マダラ》の地力が上がればチーム全体の強化につながるはずだ。

「さ、ユイ」

「待たせたねみんな! 長いことドロップ飯生活に協力してくれてありがとう!」

 すすり泣くような声がどこからか聞こえた。

 入手したドロップ飯は自分たちで消費しなかった場合、学校側が買い取ってくれる。それを他の生徒が格安で買うこともできるのだ。オレたちは長いことポイント節約のためにドロップ飯生活を強いられていた。

 いやほんとまずかった。深い層の飯はそれなりにうまいんだけれども、その分割高になる。オレたちが買うのはだいたい二束三文の、浅い層で入手できるドロップ飯だ。

 ユイが教壇に立ち、プロジェクターを起動させる。

「今回購入したのは………………これだ!」

 どんっと、効果音でも付きそうな具合にユイが言い、プロジェクターに件の装備が映し出される。

 青を基調としたカラーリングを施された、三角形のパーツ。それは確かに《マダラ》の追加装備として見覚えのあるものだった。

「この……《アクタガワ》だっ!」


「「「「「「「「「……………………………………………………」」」」」」」」」」


しばしの沈黙の後、



「「「「「「「「「「boooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!!!!!!!!!!」」」」」」」」」」



 ものすごいブーイングの嵐が吹き荒れた。

「なんだよ《アクタガワ》って!」

「《ハコク》もってこい!」

「《ドウタヌキ》はどうした!」

「てかパーツ単位かよ! セット単位じゃないのかよ!」

「もっとタツキの活躍が見られると思ったのに!」

 非難にさらされたユイが首をすくめる。

「しょ、しょうがないでしょ! 他の装備は高すぎるよ!」

「《レップウ》セットも高いのか?」

「一番高いよ。汎用性が高いし、整備もしやすいって話だから」

《マダラ》の強化形態は大きく三種類。

機動性強化の《レップウ》セットを装備する《マダラ・レップウ》。

 近接戦闘に特化した《レッシン》セットを装備する《マダラ・レッシン》。

 砲撃戦特化の《レッカ》セットを装備する《マダラ・レッカ》。

《アクタガワ》は《レッシン》セットの装備の一つで、アンカーを射出して敵を捕縛する機能を持っている装備だ。

 この《アクタガワ》、評価がよろしくない。

 何せアンカーを射出するだけなのだ。当たらないと意味がないし、当たっても当たりどころによっては引き寄せられず、こっちがバランスを崩すこともある。《マダラ》はどちらかというと軽量級のロボだしな。

 そんなわけで《アクタガワ》は《マダラ》の装備の中では、一番微妙とも言われている。

 他の装備が派手、というのもある。同じ《レッシン》セットのメインウエポン、小型ロボの全長にも匹敵する斬山刀ドウタヌキだとか、《レッカ》セットの装備で、ロボに搭載される装備の中では一部の例外を除いて最大級の威力を持つ、超々フォルクスハコクなんかと比べてしまうと、このブーイングという名の失望も仕方ないと言えた。

 ブーブー言ってる連中をシェーレは制する。

「みんな、静かにして頂戴(黙りなさい豚ども)」

 おい待て今変なこと言わなかったかあいつ。

 だがその言葉で一応教室は静かになった。ちらほら恍惚の表情を浮かべている奴もいる気がするが、オレは見なかったことにした。

「ユイも言ったけれど、《レップウ》セットは高すぎて今の私たちではとても買えないわ。《レッシン》セットや《レッカ》セットは中古なら買うことも可能でしょうけれど、オールグラウンダーなタツキにはあまり向いていない」

 確かに《ドウタヌキ》や《ハコク》は威力がある分かなりのサイズで、取り回しが悪く燃費が悪い。

 それにタツキはおバカではあるが、その時々の戦略によって前衛から中衛までを器用にこなす。《ドウタヌキ》や《ハコク》を持たせてしまうと、そういった戦力の幅が狭まることが考えられるわけだ。

「……………………タツキは脳筋じゃないもんな」

 ぽつりと、誰かが呟く。

「おい誰だオレのことを遠まわしに脳筋って言った奴は」

「遠まわしも何も、あなた脳筋でしょうトオル。射撃装備は使えないんだから」

「ち、違うぞ、使えないんじゃなくて使わないんだ! 射撃管制がごっそり抜け落ちてるからいけないんだ!」

「はいはい」

 くう……軽くあしらわれた。

「オレだって本気を出せば当たるんだ……」

「あなた本気を出したら敵味方関係なく当てるでしょう」

「オレは平等主義者なんだ……」

「《アクタガワ》を購入した理由はきちんとあるわ。このマップを見て頂戴」

《アクタガワ》を映していたスクリーンの表示が切り替わり、ダンジョンのマップが表示される。

「今現在の二百三十五層のサブダンジョンよ。今回私たちが目指すのはこのエリア」

 シェーレがレーザーポインターで指し示したのは、行き止まりになっている大部屋だった。

「なんかあんのか」

「ここは海洋エリアになっているわ」

「うげ」

 オレを含めた何人かが嫌そうな顔をする。

 水のあるエリアは、専用のロボが必要になってくる過酷なエリアだ。

 通常の装備でもモンスターと戦えないことはないが、水の抵抗というものはロボの動きを大きく制限する。その上、水の抵抗でほとんどの装備が使えなくなる。フォルクス粒子による攻撃も同様だ。水中ではフォルクス粒子が収束しにくく、フォルクス粒子を使った装備のほとんども無用の長物と化す。そして機体が錆びる。

塩水だと特に錆びる。表面をメッキ加工していればそれなりに持ちこたえるが、フォルクス粒子の防御でも減衰しきれない外部からの衝撃でメッキの層がはがれてしまえば、あとは錆に対して無力な鉄が残るのみだ。加えて、水は液体ゆえに少しの隙間からでも入り込んで内部から機体をむしばんでいく。

 なので、一部の水陸両用ロボを除いて、海洋エリアは避けられるのなら避ける、というのが鉄則となっている。そんなことはシェーレも十分承知しているだろう。

 つまりこんなことを言うってことは何か、あるんだろうな。

「なんでわざわざそんなところに」

「ボス級のモンスターが出たらしいわ」

 教室がざわついた。

 ダンジョンには多くのモンスターが出現するが、その中で稀に飛び抜けて能力の高いモンスターが出現することがある。それがボスだ。

 ボスは同階層の中では非常に高い戦闘力を誇り、大量のアイテムをドロップする。また習性として基本的に一つの部屋から出ない。

 そしてボスクラスのモンスターを討伐したことが認められると、大量のポイントを獲得することができるのだ。

 しかし海洋エリアでボス級とは、通常装備しかもたないうちのクラスではとても太刀打ちできないはずだが。

「そのボスは弱ってたりするのか?」

「いいえ、《ケイ》の二個小隊が挑んで全機強制帰還になったそうよ」

「ぶっ」

 オレは目をむいた。

 エドモンド社製EDM-70-7S《ケイ》といえば、水中戦に適応したロボの中でも最新鋭の機体と言っても過言ではない。

 その二個小隊が全機強制帰還とは、さらに勝ち目が見当たらない。

「ボスは魚のような形状で、動きが速くほとんどダメージを与えられなかったそうよ」

「ますますダメじゃねえか」

 水中戦に適応したロボでそれなら、うちのロボではとても勝ち目はない。

 シクシリーズの水中戦適応機など、総じて古いシクシリーズの中でも最古の部類に入る《アマンチュ》くらいしかいない。つまり四九式機工鎧では水中戦はできない。

 そもそも《アクタガワ》は何のために……。

「まさか」

 そこでオレは恐ろしい予測に行き当たってしまった。

「シェーレ、お前……」

「その通りよトオル」

 シェーレは自信たっぷりに教室を見回した。


「《アクタガワ》で、ボスを、釣るわ」


「「「「「「「「「「……………………………………………………」」」」」」」」」」

 その言葉を全員が理解するまでの間があり、



「「「「「「「「「「boooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!!!!!!!!!!」」」」」」」」」」



 理解した途端再度吹き荒れるブーイングの嵐。そりゃそうだ。《アクタガワ》を釣竿にしようってんだから。

「無茶言うな」

「そもそも《アクタガワ》で釣れるのか」

「かからねえだろ」

「ポイントの無駄遣いだ」


「ええい! 黙りなさい豚ども!」

 シェーレめ、ついに直接言いやがった。

「《アクタガワ》を購入した分のポイントを埋め合わせて、実質タダで《マダラ》の強化ができる、ボスを倒して名声を高めることもできる、一石二鳥でしょう」

「で、本音は」

「新しい装備に喜ぶユイが見たかったのよ……」

 馬鹿野郎が……。

「そうね、少し横暴だったことは認めるわ」

「少しどころじゃないぞー」

「でも、もう《アクタガワ》は買ってしまったわ」

「返品できた気がするヨ!」

「買ってしまったわ!」

 返品するつもりはないんですかそうですか。

「ボスは魚の形態ということだから、釣り上げてしまえば無力でしょう。ボスの居る大部屋までの距離も短い、やるだけはやるわよ」

 それはそうなのだが、教室のテンションはいまいち低い。

「……わかったわ」

 シェーレは一度大きく息を吐いた。

「じゃあこうしましょう、目的地は海洋エリアだし、水着を着るわ」


「「「「「「「「「「………………………………………………」」」」」」」」」」


 ……………。

 ったく、もうよ………………。

 バカだなあ。


「「「「「「「「「「ヒャッホォォォォォォォォォォウ!」」」」」」」」」」


 本当に、バカばっかりだなあっ……。


「水着!」

「水着!」

「シェーレの水着!」

「ユイも着るんだよね!」

「タツキも!」

「いやったあああああああ!」

「よーしやる気出た!」

「ボス倒すぞおらー!」

 興奮するバカども。何人かは鼻血を吹いていた。しかし誰かおかしなこと口走ってなかったか? まあいいか。

「ね、ねえ、シェーレ、ボクも水着、着るの?」

「ユイ、これも《アクタガワ》のためよ」

「ふええ……」

 ユイが顔を真っ赤にして俯く。

「で、でもボク水着なんて持ってないし……」

「だ、大丈夫よユイ、私の水着を貸すから」

 若干目を血走らせるシェーレ。怖いわ。

 まあユイもシェーレも体型は似てるもんな。身長とかむ……。


 ザシュッ!


「次はその首を刈るわ」

「この度は多大なご迷惑をおかけし大変申し訳ありませんでした。今後はこのようなことがないように教育の徹底を、いてえいてえいてえ!」

 魔力の黒い礫がビシビシ飛んできた。

 人が謝ってんのに魔力ぶつけてくんなよ! てか心読むなよ。

 あと――

「ねえシェーレさん! 礫から血を吸わないでもらえますかね!」

 この礫、オレの血を吸ってきやがる!

「しょうがないでしょう。いい加減血を吸っておかないと、私が吸血鬼だっていう設定、なくなってしまいそうなのだもの」

「お前が何を言ってるのかオレにはさっぱり分からねえがそれ以上はやめとけ!」

 周囲では同じように何人かが攻撃を受けていた。友よ。

「それじゃあ《アクタガワ》の調整が済み次第、ボスの討伐を決行するわよ。日程は追って伝えるわ。それまでは機体に負荷をかけないようにね」

「シェーレー」

 と、ここでタツキが手を挙げた。

 タツキも水着がないのか? お前は男だ。確かにタツキは身長があるから女物着ちまえばシェーレよりもよっぽど色気が――


 ドスッ。


「がふっ……?」

 黒い魔力の杭がオレの体にぐっ刺さっていた。

「だから……心……読むなよ……」

 何人かが同じように処刑されていた。バカばっかりだ。

「どうしたの、タツキ」

「お腹すいたぞシェーレ」

「ああ、水着のことじゃないのね」

「ん?」

「はいこれ」

 シェーレが教室の隅っこに積まれているドロップ飯コーナーから一つの包みをタツキに渡す。

「いただきまーす!」

「じゃあ、今日はこれ、で……?」

 タツキが包みを開けた途端、包みの中からドス黒い煙が吹き出し、あっという間に教室を満たした。

 こ、これは……。


「「「「「「「「「「くっせえええええええええええええええっ!」」」」」」」」」」


 教室は一瞬で阿鼻驚嘆の地獄になった。

 なんだこの臭い、吐き気と頭痛が一気に……。


「ぐああああっ⁈」

「くせえ、くせえよう……」

「…………………………」

 もうすでに何人かやられてやがる。

「窓開けろ窓!」

「あとは任せたわよトオル!」

「あっこら、逃げんなシェーレ!」

 シェーレは背中から魔力の黒い翼を生やして窓から脱出していく。日光以上にこの臭いが嫌だったらしい。

「あの野郎……タツキ! 早く食ってくれ!」

「ダメだトオル! タツキ気絶してる!」

「何い⁈」

 くそ、竜人の優れた嗅覚が仇になったか。

「外に捨てるか?」

「いやそれだと被害が広がるぞ」

「構わねえ、タツキの口に押し込め」

「トオル⁈ いくらなんでもそれはひどいよ!」

「そら、タツキ起こしたぜ」

「よーし口開けろ」

「ごめんなータツキ!」

「やめてよみんな! タツキのHPはもうゼロだよ!」

 オレは一人叫ぶユイの方を向く。

 多分、オレの顔は穏やかだっただろう。

「ユイ」

「トオル……?」

「ゼロなら、もう減らないよな」

「トオル〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」

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