1-14

 結論から言うと、タツキの飛行スピードはそれほどでもなかった。

 予想よりも、それほどでもなかった。

 ただ、体的には、それほどでもあった。

 とても、それほどでもあった。


「ぎゃああああああっ!」


 オレはタツキに捕まって空を飛んでいた。

 ものすごく、空を飛んでいた。

 スピード自体はこの間のスレイプニル号の方が勝っていたが、飛ぶのが楽しいらしいタツキはギュンギュン回転しやがって、オレはひどい目にあた。

「あははー!」

「タツキちょ、やめろ、出る! 出るから!」

 ジェットコースターやロボの機動なんて目じゃない動きにオレが翻弄されていると、ようやくタツキがロール運動をやめる。うええ、死ぬかと思った。

「トオル、見つけたぞ」

「ん、そうか……ん?」

 吐き気を飲み下したオレはタツキを見上げた。

 今の声は、戦士としてのタツキの声だ。

「どした」

「シェーレたち、囲まれてるぞ」

「タツキ」

「うん?」

「飛ばせ、全速力だ」

「ん」

「でもってオレを落とせ」

「わかった」

 ぎゅんと、タツキがスピードを上げる。

 無駄な動きがないので、もう目が回るということはなかった。

 見覚えのある人影がぐんぐん大きくなると、タツキの手の力が緩み、オレの体が重力に従って落ちていく。

「よっと」

 オレは空中で体をひねり、シェーレたちの間近に迫っていた男を下敷きにして着地した。

「遅いわよトオル」

 黒い魔力の防壁が掻き消え、その向こうのシェーレの不機嫌な顔がのぞく。

「文句はタツキに言え。あと合流場所はタツキに言っとけ」

「言ったわよ」

 くそ、タツキのやつ忘れやがったな。まあ合流できたからよかったが。

「じゃー次からはオレにメール飛ばせ。んで、これは?」

「さあ。さっき勝ったのが無関係とは思えないわね」

 まあこのタイミングだとそこを疑うほかないよな。

 関係のないやつが金を奪おうとしてきたか、あの試合を組んでた連中が金を取り戻しに来たか。

「数が多いな、もっと減らしとけよシェーレ」

「無茶言わないで頂戴、こう日光が強いと防御で手一杯よ。上からも来るのだもの」

「……けっ」

 確かに上を見れば、鳥の羽をはやした奴やビルの壁に張り付いている奴なんかがいた。

 空から乱入してきたオレを警戒して暴漢どもは距離を取っているが、ジリジリ包囲網を狭めてきている。

「ご、ごめんねトオル。ボクがでしゃばったから……」

「んなこと気にすんなよ」

「あの《ノブナガ》、わざと整備不良にされていたのね」

「まーな」

 あの《ノブナガ》は意図的に整備不良にされていた。しかも見かけ稼働はできるように、だ。

 ユイがやったのは足回りのボルトの増し締めだけだが、それでも戦うには十分だったわけで。

「あれじゃあ《ノブナガ》がかわいそうだったもんなあ、ユイ」

「うん」

 しゅんとしてうつむくユイ。体は微かに震えていた。

「大丈夫だったか、ユイ」

「だ、大丈夫だよ。ぜんぜん怖くなんてなかったよ。元はと言えばボクが自分で蒔いた種なんだから!」

「……………………」

「うわっ。何さトオル!」

 オレはとりあえずユイの頭をガシガシ撫でた。

 ……サァて。

「シェーれ、ユイ守ットけ」

「わかったわ」

 前に出るオレに、シェーレが後ろから声をかける。

「少しは手加減しなさいね」

「少シは、ナ」

 オレは上空でばさばさホバリングしているタツキを見上げた。

「たツキ、上ノ連中適当に叩き落とセ。そシタラあとはこッチでやル」

「ん、わかったー」

 周りの暴漢どもを見回して、オレは歯を見せて笑った。

「カクゴハデキテンダロウナァ」




「お、覚えてやがれ!」

 やられ役の定型文を残して、馬鹿どもは逃げていく。

「ザこがヨ」

 溜飲もだいぶ下がっていたし、何より疲れたのでオレは追撃する気にはならなかった。

「つかシぇーレ、アンなザコどもに手間取ってやガッたノかよ」

「あなたは一度、自分の強さを正しく認識したほうがいいわよ」

「そォかあ?」

 そンなに強いかネ、オレ。

「ユイ、怪我してねえな」

「ボクはぜんぜん……って、トオルが怪我してるじゃないか!」

「ん?」

「手! 手!」

「あ、ほんとだ」

 ユイが指差すオレの右手は、ダラダラ血を流していた。拳の保護、してなかったからなあ。

「これくらいどってことないだろ」

 すぐ治るしな。鬼の血はこういうとき便利だ。

 が、ユイは引かない。

「いいわけないでしょ。ほら、手を出す」

「……………………」

 オレは仕方なく右手を出した。こういうときのユイに逆らうのは時間の無駄だ。ユイは傷口に絆創膏を貼る。

「トオル」

「うん?」

「ありがとう」

「おう」

 絆創膏を貼る小さな手は、少し、熱かった。

「それじゃあトオル、ユイを送って行って頂戴」

「おう」

「え?」

 オレが頷くと、ユイがびっくりした顔になる。

「べ、べつにボク一人でも帰れるよ?」

「バカ言ってんじゃねえ。アホ共がまた来るかもしえねえだろうが」

「え、ええー?」

 なぜかユイは嫌がるような素振りを見せる。

「シェーレたちも来るの?」

「ごめんなさいユイ、私、タツキとまだ用事があるの」

「そうなのか?」

 タツキが不思議そうな顔をする。

「そうなのよ」

「そうか。なら行くぞ」

 頷き合い、シェーレとタツキは連れ立って歩いて行ってしまった。用事って何だろうな。

「行こうぜ、ユイ」

「う……うん」

 ユイは俯きながら付いてくる。やっぱ怖かったかね。オレも含めて。

「疑われて、なかったよね」

「ん?」

「ボクがおにいちゃんって言っても、疑われなかったよね」

 顔は見えなかったが、ユイガなんとなくどよーんとしているのは分かった。

 オレはちょっと考え込んだ。

 まず思い浮かんだのは「ユイはちっちゃくてかわいいからな!」なんだが、ものすごく寒気がした。これは言ってはいけない気がする。

 じゃあ、こうか?

「別に周りがどう見てようが構わねえだろ、ユイはユイだ。オレたちはわかってるって」

「ほんとに?」

 ユイの顔が上を向く。

「おう」

「……そう、だね。なら大丈夫かな」

 ユイがにかっと笑い、最後の角を曲がる。

「あれ? 柵、壊れてる。こんなのだったっけ?」

「前からこんなんじゃなかったか?」

「そうだっけ?」

 シェーレの魔法で溶け落ちた柵を見たユイの言葉を、オレは適当にはぐらかした。

「じゃあトオル、また月曜にね」

「おう、じゃあな」


 あ、洗濯物干してねえや。

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