1-13

「相変わらずここはすごいな」

 左右に所狭しと並ぶピカピカの工具を眺めながら、オレは呟いていた。

 ホームセンターの工具コーナーに入ったオレたちはユイを先頭に適当にぶらついていた。

 ドライバーやスパナなんかの基本的な工具はもちろん学校にあるんだが、用途の限定される工具はなかなか購入してくれない。なので、欲しければこうして自前で揃える必要がある。

「ムー、やっぱりこれくらいのバーは欲しいなあ」

 ユイは普通のラチェットセットにはない、非常に長いエクステンションバーを手に取る。

「そんな長いの使うのか?」

「いざって時にあると便利だと思うんだよねー、工数も削減できると思うし」

 確かにこんだけ長いエクステンションバーが必要になる時は、だいたい面倒臭い箇所の修理だ。あれば時間はかなり短くすることはできるだろう。

 ただしこんなのが必要になる場面はそうない。

「今あるやつをつなげばいいんじゃないのか?」

「そうすると、他のみんなが使いたい時に使えないかもしれないでしょ。んー………………保留で」

 そう言ってユイはオレの持つカゴにエクステンションバーを入れる。

「保留多すぎだろ」

 オレは買い物かごに眼を落とす。

 薄口スパナやら極小のラチェットセットやらがごちゃごちゃ入っていた。

「うー、でも、欲しいんだよなあ」

「そんなにポイントないだろ?」

「あらトオル、トオルが出してくれるんじゃないの?」

「なんでだよ」

「だってそうでしょう? ユイは《ツワモノ》の整備のために工具を買おうとしているんだから。それに、男はこういうところで甲斐性を出さないといけないんじゃなくて?」

「おかしいな、オレの記憶が確かなら誰かのせいでオレは今月かなりポイントを引かれていたはずなんだが」

「あれは個人の意見ではなくてクラスの総意よ」

 総意ではない。オレは決して承諾していない。

「あとな、シクにここいらの工具は必要ない」

「うっ」

 ユイがびくりと体を震わせる。

 整備のプロではないとはいえ、オレもそれなりにユイの整備を手伝っている。どんな工具が必要かは把握しているつもりだ。

 そもそも、広く長く使われてきたシクシリーズは整備性にかなり重きが置かれているので、特殊な工具は一部のカスタム機を除いて必要とはしない。

「そ、そうだよね、やっぱり必要ないよね」

 しゅんとしてカゴに入れた工具を名残惜しそうにいじるユイ。シェーレの視線が痛い。オレはタツキの方に視線を一時避難させた。

 あー、もー。

「その、あれだ、一本くらいは買うぞ?」

 いつも迷惑かけてるし、これくらいはしておかないとな、うん。

 け、決して次ユイを怒らせた時の保険にしようとはしていないぞ!

「本当、トオル!」

 さっきまでのしょんぼり顔は何処へやら、ユイはパッと表情を明るくする。これが見られるんなら一本くらい――

「おいシェーレ、何入れてやがる」

「え? トオルが工具を買ってくれるんでしょう? ありがとう」

「ユイの工具を、一本、買うって言ったんだよ!」

 おれはシェーレがカゴに入れた工具、圧着ペンチを手に取る。圧着ペンチは配線をしやすくするため、電線に端子を取り付けるための工具だ。端子の種類だけ圧着ペンチにもバリエーションがあるんだが、

「なんだよこの圧着! こんな形見たことねえぞ、使わねえだろ!」

 しかも高い! 何かの冗談みたいな値段だった。ロボの部品は高価なものも多いが、特に電気系のセンサーなんかはサイズが小さくてもふざけた値段のものも少なくない。

「この間安かったからセンサーを一つ買ったのだけれど、使っている圧着端子が特殊なものだったのよ。ありがとうトオル」

「お前センサー買うときはちゃんと確認しとけよ」

「安いからって衝動買いはよくないわね。トオル、ありがとう」

「買わねえっつの!」

 シェーレと格闘を繰り広げるオレ。クッソ動きが速い。どんだけこの圧着欲しいんだ。

「おいタツキ、ぼーっと見てないでなんとか………………」

 タツキはこういう時「なんか楽しそうだな!」とかいってよくわかってないまま乱入してくるか、外野から眺めているかの二択だ。

 今日は後者かと思ったんだが、どうやら違うようで、あらぬ方向を見つめている。

「どうしたタツキ」

「音がするぞ、ロボの戦う音だ」

「なに?」

 オレはタツキと同じ方向に目を向けてみるが、何も聞こえてこない。竜人の鋭い聴覚だからこそ捉えられたんだろう。

「面白そうじゃない、レジを済ませてから行ってみましょうよ」

 会計を済ませてから(ユイはエクステンションバーを買った。シェーレの圧着ペンチは半分オレが出す羽目になった。理不尽じゃね?)今度はタツキを先頭に歩いていくと、確かにだんだんと音が聞こえてきた。

 金属のぶつかり合う音とアクチュエーターの駆動音、そして歓声。

「お、やってるやってる」

 ショーの類だろう、二機のロボが戦っていた。

「わー、《ノブナガ》だ!」

「あっちは《パラメデス》か」

 若干オレたちのテンションが上がる。

 シクと同じくゴーグル型のメインカメラに、ライトグリーンのカラーリングを施された機体は、キョウサン重工の最新鋭機、六六式機甲鎧汎型ノブナガ

 シク系統の最終進化系の《ノブナガ》シリーズはマイナーチェンジを繰り返し、長きにわたってキョウサン重工の主力ロボの座に着いている。

 対するはエドモンド社製EDM-70-15ex《パラメデス》。青系のカラーリングにエドモンド社製ロボ特有の優美な曲線を用いたボディが特徴の機体だ。

 どちらもあまり学校では見ることのない機体だ。なのでテンションは上がる。上がってたんだが、

「………………」

 形勢は、《パラメデス》が有利だった。追い立てられる《ノブナガ》は防戦一方で周囲の観客は歓声をあげるが、オレはその様子を冷めた目で見ていた。せっかく上がったテンションが下がっちまったよまったく。

 ちらりと隣のタツキを見ると、瞳孔が少し絞られ、獲物に相対した時の爬虫類のような目になっていた。

 結局、《ノブナガ》は一つもいいところがなく戦闘は終わる。

「強ーい! キングの十二連勝だ! さあ次の挑戦者はいるか⁈ キングに勝てば今までの挑戦者が払った賞金を総取りだ!」

 司会の男がそう言って煽り立てるが、名乗りをあげる奴はいない。そりゃそうだ、十二連勝だからな。

「さあ挑戦者が使うのは最新の《ノブナガ》! キングが乗るのは旧式の《パラメデス》だぞ⁈」

「……………………はっ」

 オレは鼻で笑った。

旧式とは言っても、《パラメデス》をはじめとしたEDM-70の型式で表記される《ラウンドテーブル》シリーズの基本性能はエドモンド社の最新ロボ、《クウラディウス》と比べてもそこまで劣ってはいない。むしろ部分的には勝っているとも聞く。《クウラディウス》の操縦桿はすっぽ抜けやすいらしい。

 しかも、あの《パラメデス》は見たところかなりチューンアップされている。

 加えてあの《ノブナガ》は最初期のモデルだ。最新の《テンマオウ》や特務仕様機ほどの性能はない。

 そして何より――

「(どうすっかな、シェーレに頼んで)」

 どうにも目の前の光景が面白くなかったオレが、《パラメデス》に勝つための方策を考え始めた時、


「おにいちゃん! 私あれ触りたい!」


 元気な声を聞いた。

 その声は、聞き間違いでなければオレのすぐ隣で聞こえた。

「ねえおにいちゃん、あれに触りたいー!」

「ユ、イ………………?」

 ユイガ、子供みたくオレの袖をぐいぐい引いてきた。

「ねえいいでしょ!」

「い、いや、あれはダメなんだよユイ」

「どうして!」

「……あれは人のモノだから………………そう、ユイが触ったら動かなくなるかもしれないだろう?」

「そんなことないもん! 私、学校で勉強してるから壊したりしないもん!」

「でもなあ………………あのおじさんがなんて言うか」

 恐る恐る、といった感じでオレは司会の方を見る。

「どうかな、この子にあの《ノブナガ》をいじらせてやってくれないかな。ここんところ整備を覚えたててで工具も毎日持ち歩いてるんだ。そうしたらオレが闘うからさ」

 オレの言葉に、司会は少し迷うそぶりを見せてから鷹揚に頷いた。

「よろしい! ではお二方リングへ!」

 半分は子供らしさを見せるため、ユイは目を輝かせて小走りで《ノブナガ》に取り付く。残り半分は素だろう。《ノブナガ》を触る機会なんてそうない。

 かくいうオレも、《ノブナガ》に乗るのは久しぶりでワクワクしていた。

 カチャカチャ自前のスパナを操り、ユイは《ノブナガ》の下半身のボルトをいじくっていく。

 五分ほどするとユイは手を止め、《ノブナガ》から離れてオレの方に駆け寄ってきた。

「うん、もう大丈夫。ユイが整備したからおにいちゃんなら絶対勝てるよ!」

 その目は妹の演技をするユイのものではなく、ブシン工業高校五六四組機械系整備長の目だった。

「ああ、当たり前だろ」

 一応、オレは兄妹っぽくするためにユイの頭を撫でてやる。

「ふあ……」

「ほら、危ないから外に出とけ」

「う、うん……」

 どこか残念そうな顔でユイがリングの外に出るのを見送り、オレは《ノブナガ》の腹のコクピットに潜り込む。

「さて、短い間だがよろしくな」

 起動釦を押し込み、モニタが明かりを灯す。

「悪かったねえ、待たせて」

《パラメデス》と相対し、オレは操縦桿を握った。

『それでは試合……開始っ!』

 スタートの合図と同時に、フォルクスブレイドを握った《パラメデス》が突進してくる。オレは武器を握らないまま、《ツワモノ》とは比べ物にならないほど反応の鈍い《ノブナガ》を後退させ、余裕をもって攻撃をかわす。再度の《パラメデス》の攻撃もかわし、そのまま何度か回避を続けると会場が沸き立った。

『おーっと、挑戦者防戦一方だ!』

 司会にはそう見えるようだが、《パラメデス》のパイロットはそうは思ってはいないようだ。機体の挙動にはわずかな戸惑いが感じられる。

 さて、どうやって勝つか。

『これは妹の整備も及ばずかあ⁈』

「……………………………」

 どっと会場が笑いに包まれる。

「……………………へェ」

 ぎしりと、操縦桿が音を立てた。

 こリャあ、あレだ。

 カちンとキたゼ。

 だッタら、見せテやろうジャねえカよ

 オレは《ノブナガ》の両手に一本ずつフォルクスブレイドを抜刀させる。バチバチとモニタ越しにピンク色の粒子束が弾けた。

「そンじゃあ行コウかア!」

 フットペダルを踏み込み、《ノブナガ》を前進させ、フォルクスブレイドを一振り、《パラメデス》と切り結ぶ。

 一合、二合、三合。フォルクスブレイドがぶつかり合う度バチバチと音が響く。

《パラメデス》と打ち合いながら、オレは《ノブナガ》の両腕の動きを把握していく。やはり動きは鈍いが、予想よりはマシだ。

 そこからは切り結ぶことを避けながら次々サーベルを《パラメデス》に叩き込んでいく。

『つ、強いぞ挑戦者!』

 オレが押し込んでいくにれ歓声が大きくなっていくのが、実に心地よかった。

『この!』

《パラメデス》のパイロットが吠え、サーベルを振り回す。

 オレはそれを紙一重でかわして懐に入り込み、最後にその場で《ノブナガ》を屈ませた。

『何ぃっ⁈』

「読メテるッテェの!」

 かがんだ《ノブナガ》の上を、フォルクス粒子の光弾がかすめていく。

 あんな仕込みをする連中だ、《ノブナガ》の装備はフォルクスブレイド以外、すべて外されていたが、《パラメデス》もそうとは限らないことは十分予想していた。

《パラメデス》固有装備、頭部フォルクス砲を使ってくることは、あらかじめ頭に入れておけば避けるのも無理じゃあない。

「そンジゃあ仕上ゲとイコウかあ!」

 そこからは一方的な展開になった。オレは《パラメデス》の反撃も防御も物ともせずに攻め立てる。

「あバヨ!」

 フォフクスサーベルを《パラメデス》の胸部に突き立てると、フォルクス粒子を切らした《パラメデス》はその場に崩れ落ちた。

『ちょ、挑戦者勝利ぃ〜!』

 一際観客が沸き立つ。

 オレは《ノブナガ》のフォルクスサーベルを上に掲げてそれに応えると、軽やかにコックピットから出た。

「いや、悪いねえ」

 オレが机の上にこれ見よがしに積まれていた札束に手を伸ばすと、司会が制止の声を上げた。

「あ、お客様困ります」

「なんだい?」

「いえその、賞金を渡すには手続きがありまして、そちらをお渡しすることはできないんですよ」

 少し顔を青くして司会はそう言うが、そうはいくかってんだ。オレは適当に札束をポケットに詰め込んでいくと、上からタツキが飛んできた。

「おうタツキどうした」

 くそ、ポケットにはもう入らないな。パーカーのフードにでも入れるか。

「んー、シェーレに言われてトオルを連れ去りに来たんだ。えーと、なんだ? と、とん、とんそく?」

「トンズラな」

 バッサバッサ羽ばたいているタツキのポケットにも札束をねじ込みつつ、オレは周囲を見回す。シェーレたちの姿はなかった。騒ぎになることを見越して先に逃げたか。いい判断だよまったく。

 オレは札束の回収を途中でやめてタツキの腕を掴んだ。

「よし行くぞタツキ!」

「わかった。ところでトオル」

「なんだよ」

「シェーレたちはどっちに行ったんだ?」

「オレに聞くなよ……」

 とりあえず適当に離脱するか。

「どっちでもいい、発進だタツキ!」

「よーし全速力!」

 えっ?

「よーい」

「お、おいタツキ待て」

「どんっ!」

「――――――――――ッ⁈」

 とても情けない悲鳴を残してオレは会場を後にした。

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