1-12
工場を後にした時には、もう昼時を過ぎていた。
オレたちは工場地帯から繁華街に移動する。
「そうそう、ここに行ってみたかったんだ」
【リリィのおみせ】
遅い昼飯に選ばれた店は、結構ファンシーな看板の店だった。男のオレには難易度高いぞここは。男一人だし。タツキ? あいつはこの場合女にカウントされる。オレには選択肢も意見を言う権利もないので入るけどさ。
「ああここ、パンケーキが有名だったわね」
「パンケーキってあれか、ホットケーキのおしゃれなやつか」
「パンケーキはパンケーキなの!」
ユイに反論された。そういうもんか。
「すいません、このハアゲンティパンケーキを一つ。みんな、飲み物はどうする?」
ユイがそう聞いてきて、オレは少し戸惑った。
自分の分しか注文しないのか?
いや、ここは素人が口を出さないほうがいいかなと、とりあえずオレはメニューを見て適当に飲み物を頼む。
「うおっ……」
「わー、すごいなこれ!」
はしゃぐタツキの声も、オレの耳には遠かった。それだけ目の前のに出てきた皿に圧倒されていた。
出てきたパンケーキはものすごい威容を誇っていた。
パンケーキをこれでもかと重ねた土台の上に毒々しいピンク色のクリームが、こちらもこれでもかと積み上げられている。てっぺんまでは見上げなけらばならないほどだ。こりゃ一つでいいわな。
「急がないと倒れちゃうんだよね」
なんて言いながらも、ユイは写真を撮っている。
「私は初めて見たけど、本当に大きいのね、これ」
「早く食べようよー」
一通り写真を撮り終わり、ユイがパンケーキを取り分けていく。四人できているとはいえ、元の量が元の量なので一人分はまあまあある。
やべ、見てるだけで胸焼けしてきた。
注文した時は一つだけでいいのかと心配していたが、今度は食べきれるか心配になってきた。こういう時は甘いものを無限に食える女子の胃が羨ましい。いざとなりゃタツキに横流しかもなこりゃ。
オレはピンク色のクリームを口に運び、
「ん、思ったより軽いんだなこのクリーム」
「でしょー」
口の中のクリームは柔らかい舌触りで居座ることなくすぐに溶けていく。甘さも控えめでいくらでも食えそうだった。
予想よりもずっと食べやすかったパンケーキを切り崩しながらオレはユイに聞く。
「んでユイ、次はどこ行くんだ?」
「う………………」
するとユイは口をもごもごさせて俯いてしまう。
「どうした? これで買えるってこともないだろ?」
「ま、まあ、うん………………買いに行きたいんだ」
「買う?」
主語がないのでオレには何が何だかわからない。
待ってみても、ユイはもごもごしたままだ。
「ユイ?」
「か、買いに行きたいんだ」
「それは聞いたぞ」
「か、買いに………………」
もう一度そう言い、ユイが力をためるようにググッと体を小さくする。力んでいるせいか、顔が少し赤くなっていた。
そして、
「こっ、工具を!」
そう言った。
「ん、そうか。わかった。ホームセンターでいいか?」
「あ、う、うん」
頷くユイ。なんか惚けている気がするのは気のせいか?
「んで、お前は何してんだ?」
シェーレは顔を覆っていた。
「なんでもないわ。気にしないで。私は元気よ」
「?」
少し気にはなったがオレは飯を再開した。会話に参加せずに黙々と自分の皿を空にしたタツキが、獲物を見る目でオレの皿を狙っていた。
「この皿はやらねえぞタツキ」
「わかった。こっちをもらう」
タツキの手が閃き、オレの口元をかすめる。
「んー、美味しい」
オレはタツキの手がクリームをかっさらっていた部分を撫で、少し恥ずかしくなった。口にクリームつけるとか、ガキかオレは。
そしてタツキ、お前は食い意地張りすぎだ。お前も一応美人の類に入るんだから、そういうことはしないでくれ。顔が赤くなってるのは恥ずかしいからだけじゃない。ときめいちゃうだろ。男なのに、男なのに。
くそ、タツキは男、タツキは男、タツキは男……。
「どした、ユイ」
オレが必死に呪文を唱えていると、ユイが口を半開きにしてオレの方を見ていた。
「なんでもない。なんでもないよトオル」
全然なんでもなさそうには見えない。
「早く食えよ」
「食べてるよ」
嘘つけ。オレの顔見たまま手が動いてねえじゃねえか。
それからしばらくユイは手を止めていたが、少しずつ食事を再開した。その間もずっとオレの顔を見つめていた。恥ずかしいわ、なんだよ。タツキが動かないからクリームまだついてるとかじゃなさそうだし。
でも、うまいなこれ。
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