1-10
やめろ、やめてくれ。
「大丈夫、まだ動けるでしょ?」
もう無理だ、限界だ。
「嘘つかないでよ、まだ元気じゃないか」
も、もう、勘弁してくれ。
「そんなこと言って、体は正直だね、こんなにして」
なってないなってない。
「じゃあ次は、電動ドリルを使ってみようかぁ」
キュイイイイイイイイイイン!
やめてくれえええええええっ!
「大丈夫、少し肉を削ぐだけだから」
「ぐはっ!」
オレは目を覚ました。
めちゃくちゃ汗をかいている。気持ち悪ぃ。
せっかくの休日なのに最悪のスタートだなこりゃ。
なんか頭も痛いし。
ここんとこ殴られまくってるせいか、嫌な夢を見たんだろうな。内容はもうほとんど思い出せないけども、楽しくなかったのはわかる。
汗でぐちゃぐちゃになった寝巻きを洗濯機に放り込んで適当にTシャツを着る。シャワーは、まあいいや。オレのサービスシーンなんていらないだろ?
「メシメシ」
タイマーで炊き上がった米に卵を落としてめんつゆを注ぐ。
卵かけ御飯にインスタントの味噌汁。なんでもないはずのメシだがとてもうまい。最近はドロップ飯が多くなってきたからな。なんかクラスで買いたい装備があるらしくて、最近個人に配られるポイントが減らされているんだよ。
ドロップ飯を食えば胃は鍛えられるんだが、舌へのダメージは不可避だ。
「ごちそうさん」
さて今日はユイの買い物に付き合うって約束をしてる。
先日の処刑の最中、死にゆく運命を捻じ曲げるために、ボコボコにされながらオレは謝りに謝った。それはもう見苦しいくらいに。
そしたら意識が途切れる寸前に(一応は鬼の血を引いて耐久力はあるはずのオレをここまで追い込むんだから相当だ)買い物に付き合ってほしい旨をごにょごにょ言ったので、オレは一も二もなく承諾した。だからこそ生き残れたんだと思う。
洗い物を済ませて洗濯機を仕掛け、ちょっと寒かったのでTシャツの上からパーカーを着たオレはユイの寮へ向かう。
ブシンという星は星そのものが教育のための星であり、生徒のほとんどは他の星から来た寮暮らしである。クラスの連中も大体そうだったはずだ。
「ユイは休みの日、起きねえからなあ」
待ち合わせをしていても、時間通りにはまず来ない。電話をかけ続けてようやく起きる。
そんなことばっかりだったのでさすがにオレも学習して、直接ユイの家に行くようにしていた。
「えーと、確かここだったか」
寮ってのはどれも同じような造りでわかりにくい。
「おーいユイ、来たぞ」
とりあえず扉を叩いてみるが、当然返事はない。
一応チャレンジしてみるかとオレはドアノブに手をかけ、
「――――――――――?」
妙な悪寒が走った。
自慢じゃあないが、オレはそれなりにロボに乗って経験を積んできた。
そんな中で直感というものの大切さを感じてきた。
タツキほどじゃあないが前衛で《ツワモノ》を操縦してきたオレは、見えない危険を察知する能力も付いている。
そんなオレの直感が、どうしようもなく警鐘を鳴らしていた。
ここはやばい、と。
扉を引いてはいけない、と。
ドアノブは回った。鍵はかかっていない。
だが、このまま引くのはまずいらしい。
しかしいつまでもこうしているわけにもいかない。
オレは着ていたパーカーを脱ぎ、ドアに袖の片方をくくりつける。
体は扉の前から外し、もう一方の袖を引いて扉を開けると――
ドッゴン!
開いた扉から赤い炎が吹き出した。
「あっつ!」
目の前の灼熱のせいで顔があぶられる。しかも眩しい。
誰だよこんな物騒なトラップ張ったやつは。殺る気満々じゃねえか。ブービートラップにしてはやりすぎだろ。
扉の通路を挟んで正面、爆炎の餌食になった柵が赤熱化して溶け落ちていた。
「おーいユイ、来たぞー」
とりあえず中に入る。
「あのトラップなん………………」
オレは言葉を失った。
オレが借りているのと同じような1DKの部屋の中は、大変なことになっていた。
床が見えない。
いたるところに服が散乱している。台風でも直撃したんだろうか。
泥棒の線は、ないな。侵入しようとしたんならあの入り口のトラップで骨も残らないだろう。そういう意味ではよかった。
「何してんだか……」
と、そこでオレは気付いた。
散乱する布の原っぱの中、規則正しく上下する小山は一つではないことに。
「……………………」
数は三。
中くらいの塊が一つに、小さな塊が二つ。
ここにきて、オレはだいたいの状況を理解した。
とりあえずオレは一番近くにいた小さな塊、わずかに規則正しく上下できていない唯一の塊をつかんで持ち上げる。
「よう、シェーレ」
「人違いよ」
女物のパンツで顔を覆っている吸血鬼サマを発掘した。
「私は愛するユイを守護するショーツ仮面よ」
「ただの変態じゃねーか。それに仮面て」
「どこの星系にもいるでしょう、仮面をつけてるの」
「全宇宙の仮面をつけたパイロットに謝れ」
彼らは色々と理由があって仮面をつけてるんだ。主に正体を隠すために。
あれ、それだとこれもOKじゃね?
「マスクなどわざわざ特注しなくても、こうしてそこにあるものを使えばいいのよ」
「はいはい、エコだなそりゃあ」
「それにしても乙女の部屋に押し入るなんて、礼儀がなっていないのではなくて」
乙女は普通パンツかぶんねーだろ。
「知ってっかシェーレ、タツキは男だぞ」
「この場合のタツキは女よ」
「謎理論を持ち出すなよ」
「それで、こんな横暴な真似をして、何か言い訳はあるかしら」
「横暴なんて言葉をな、人を焼き殺そうとしたやつに言われたくはねえ。あれ、危ないからもうやめたほうがいいぜ」
あのトラップはシェーレの魔法だな。物騒の極みだぜ。
「で、シェーレ」
「ショーツ仮面よ」
あくまで貫き徹すらしい。その頑固さはもっと別の場面で発揮してくれ。
「なんでお前らユイの家にいるんだ?」
中くらいのがタツキで、もう一つの小さいのがユイだろう。
「なんで、ね。そんなことこの部屋を見れば自明でしょうに、それがわからないあなたはやっぱりイラつくわ、とても」
「うおっ」
ブワッと、オレがシェーレの服をつかんでいるあたりから黒い魔力が噴き出す。いってえ。
オレの手から解放されたシェーレは、猫さながらの華麗な着地を見せて立ちはだかった。
「愛するユイのため、このショーツ仮面が粛清しようというのよ、トオル」
「それ言うんなら仮面取れや」
今のシェーレのセリフはロボ界隈では有名なネタで、これに対するテンプレの返しもあるんだがオレは言わないでおいた。こんな奴に言ったら負けな気がしたし。てか、さっき使っちまったし。
「たまにお前すげえバカに――うおっ」
飛んできた魔力の黒い刃をかがんでかわす。
「ユイは渡さないわ」
「渡さないでどうするつもりだよ」
「私に言わせるつもり……?」
顔の大半が下着に覆われていても、赤くなっているのがわかった。何考えてやがるこいつ。
「変態ね」
「変態に言われたくはねえな」
ユイが絡んだ時のシェーレと絡むと、どうもオレはツッコミをやらされる。
「だからお前とユイじゃ超えられない壁があるだろ」
性別とか性別とか性別とか。
「知らないとは言わせないわよトオル」
オレは目をそらした。なんか前に聞いた気がする。
「吸血鬼ってね、体の構造を一部変えることができるのよ」
「待てそれは聞いたことねえぞ」
やべえ目が虚ろだ。
「さて、おしゃべりはこのくらいにっ……⁈」
ばっとシェーレオレに背を向ける。
布に埋もれる小さな塊がごそごそ動き、上に積もっていた衣服を落としながらユイが起き上がる。
「んー……シェーレ、おはよう……」
「え、ええ、おはようユイ」
ばばっとシェーレが素早く下着を顔から引っぺがして自分の服にしまう。待てそれお前のなのか?
「いま、何時ぃ……?」
「十時だよ」
シェーレの代わりにオレが答えると、ぼんやりしたユイの目がオレを見る。
「ト、トオル……?」
「おはよう」
「お、おはよ……う……?」
みるみるうちにユイはこすった目を大きく見開き――
「うわあああああああああああっ⁈」
叫び、手近にあったものを手当たり次第に投げつけてきた。
「うおっ、ちょ、ユイ⁈」
とりあえずガードする。
これが服とか枕だけなら可愛いんだが、ユイの家の場合分厚い機械部品メーカーのカタログやら工具やらが混ざるので油断できない。
「出てけ出てけ!」
「わ、わかったよ!」
SNC株式会社の分厚いカタログ【2ー1 標準型エアシリンダー ロッドレスシリンダー】が腹にヒットしたところでオレは撤退を決意した。ご近所様にも迷惑だしな。しかしなんで家にSNCのカタログがあるんだよ。
急いで外まで出て扉を閉める。なんだってんだまったく。この前まではこんなことにはならなかったんだがな。
「うわーシェーレどうしようもう時間ないよ」
「落ち着いてユイ、もうこうなったら腹をくくるしかないわ」
扉の向こうからは慌てるユイとそれをなだめている様子のシェーレ。
「わー、ご飯だ!」
タツキも起きてきたらしいな。
お、入り口のトラップに焼かれた柵が冷えて固まってら、溶岩みたいだ。
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