1-8
「全く……」
私はため息をついてしまった。
隣の、《タイコウ》を操縦するクラスメイトも力無く首を横に振っている。
「……………………」
ユイは何も言わずに、じっとモニタを睨んでいた。トオルの乗る、濃緑の《ツワモノ》を。
『あー』
タツキもわかったみたい。
『ギャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!』
トオルが、キレた。
狂ったような笑いと同時に、斧槍が横柄な物言いをしていた《シグルド》を襲う。
『なっ……』
《シグルド》が驚き、体勢を整えようとするが、遅い。あまりに遅い。
次の瞬間、《ツワモノ》が《シグルド》の足を払い、倒れた《シグルド》に斧槍の連撃を浴びせていた。
「全員、無事に帰還したければあれから離れなさい。巻き込まれるわよ」
私はオープン回線にそう吹き込む。
何が起こったかを理解している五六四組のクラスメイトの機体はもう下がっていたけど、惚けている六三○組のために私はそう言っておいた。助けようとしたクラスの機体を私たちが強制帰還させるのはさすがにまずい。
六三○の機体はぎこちなくも後退を始めてくれた。私の言葉に従ったというよりは、目の前の無秩序な嵐から逃げたいという風にも見えるけれど。今はなんでもいいわ。
反対に、味方を攻撃された二二五の機体は反撃に転じ始める。
『この!』
フォルクス粒子を減らして強制帰還が入ったのだろう、光とともに消滅した《シグルド》など意に介さず、《ツワモノ》が突っ込んでくる機体に斧槍を突き出す。
槍というだけあってやはりリーチは長く、パイロットの腕もあって《ツワモノ》は先手を取る。
ようやく《ツワモノ》を間合いに収めた敵機が、フォルクス粒子のピンク色の刃を発振させるフォルクスブレイドを振り下ろすが、その時には濃緑の機体はもう別の機体の懐に入りこんでいた。
詰まり切った間合いは斧槍を扱うには苦しいけれど、《ツワモノ》の武装はそれだけじゃない。
《ツワモノ》の左手の操作に連動して、左腕に懸架されたシールドの先端、格闘用の爪の部分が左右に割れる。
普段はバネの力で閉じている二つの爪は、《ツワモノ》の左手の力がなくなれば当然元に戻り――
『ぐわっ⁈』
敵の機体の首をガッチリと挟み込んでいた。
あれが《ツワモノ》の左腕に装備された複合防盾、《ヌエ》のもう一つの顔、盾ではなく近接格闘装備としての姿。要はロボ用のサイズになった巨大な工具ね。フォルクス粒子の防御で挟み込まれた頭がもげるということはないのでしょうけれど、それでもダメージは絶大。
『ヒャハハハハハハハハッ!』
パイロットはコクピットの中で狂ったように笑い続けていた。いつもいつも耳障りな声ね、まったく。
引き倒した敵機にスピアの追撃を加え、次の獲物を狩りにかかった《ツワモノ》に、
『この!』
二二五の一機が、逃げ遅れたらしい六三○の機体を盾に取った。
これは……。
「クエスト、失敗かもしれないわね……」
『ヒャハハハハハハッ!』
人質、いや、この場合機質? など一切気にせず、《ツワモノ》は二機まとめてフォルクススピアを振るっていた。
『『なっ……⁈』』
二機分の驚愕の声。でも、そうなのよね。ああなったらあの男には敵とか味方とかいう区分はない。
『ヒャハ――――――ッ!』
《ツワモノ》は二二五の機体にさらに突きを繰り出す。
ギリギリ、六三○は敵でないと認識しているかしら? だとしたらうれしい誤算ね。
『こ、こいつ!』
二二五の機体から、無数のフォルクス粒子束が走る。
あれはエドモンド社製EDM-70-17C《トリスタン》砲撃戦に特化した機体で胸部の五○○ミリ複列多層フォルクス
…………………………ごめんなさい、少し、取り乱してしまったようね。あまり見ない機体だから、少し、話しすぎたみたいだわ、少し。よく言われるの、ロボの話になると、私、少し、早口になってしまうみたいで。
とにかく、《トリスタン》の本領発揮とも言える広範囲の砲撃を《ツワモノ》に避ける術はなかったけれど、
『なっ⁈』
防ぐことは、できた。
近くにいた敵機をつかんで盾にして。
パワーは十分にある《ツワモノ》は盾にした機体を前に進み、《トリスタン》に肉薄する。砲撃戦に特化した《トリスタン》は接近されてしまえば脆い。あっという間に強制帰還が入った。格闘戦は想定していないのよね、《トリスタン》。格闘装備を持とうにも、これ以上装備を増やそうものなら動けなくなりかねないし。
『なんなんだよぉこいつは!』
『当たらねえ、たいして速いわけでもねえのに!』
『クソクソクソ!』
オープン回線で二二五が慌てふためく様は、まあ、少し気持ちのいいものだった。
『あ、あの、あれは……』
ついていけない六三○の生徒が困惑の声を出す。
「ああ、あの男、少し鬼の血が混じっているそうなの。そのせいか知らないけれど、一度キレるとあんな風に手がつけられなくて」
『聞いたことないかー? 友喰いのトオルって名前ー』
『と、友喰い……!』
六三○の生徒が息を飲んでいた。
その気持ちはうちのクラスメイトも分かるみたい。
『だよなーそう言うリアクションになるよなー』
『わかるわかる』
『ここいらの星じゃ有名な奴だったからな』
『オレもあいつと同じクラスになった時にはうなるかと思ったヨ』
『目に入ったモノは全部敵』
『敵は喰う』
『味方も喰う』
『機体をすぐダメにして整備も喰う』
『『『『『それが人呼んで友喰いのトオル』』』』』
綺麗に何人かの声が重なる。練習でもしてたのかしら。そんな暇あるんならシミュレーターでもやってなさい。
『し、しかし別段機体が速いわけでもないのにどうしてああまで回避が……』
「読んでるんだよ」
答えたのは、今まで無言だったユイだった。
「機体の体勢、構えている武器、パイロットの気配、そういうものをトオルは読んで先に動くんだ。だから傍目には、速くないのに避けているように見える」
解説するユイの顔は、とても不機嫌そうだった。
それもそうよね。
私は機械屋じゃないから詳しくはわからないけれど、それでも今の戦い方が《ツワモノ》の限界以上の動きをしてしまっているのはわかる。
というよりも、ここまで動けていることがすごいことよね。
聞いたところによれば中学時代、トオルの乗る機体が全力で動ける時間は整備直後ですら二分もなかったらしい。あのエヴェイユシステムよりも短かったのだから驚きね。
それに対して今はどう?
じき二分経過するけれど、《ツワモノ》が行動不能になる気配はない。最後の整備からかなりの時間が経ち、その間にかなりの戦闘をこなしているのに。
せいぜい、元から損傷していた左肩が動かなくなっているくらいね。ユイ達機械方整備メンバーがいかに優秀かわかるわ。
え、私?
私たち電気屋は日々の整備があまり総合機体稼働率に影響しないのよね。どちらかというと細かい機体の使いやすさなんかを追求することが多くて。突発的なものを除いて機体がシステム的にエラーを起こすというのはあまりないの。
もちろん、日々努力は惜しんでいないつもりよ?
ただ、私はクラスのリーダーとしての役目もあるから、整備ばかりしてはいられないのだけれどね。
「さて……」
私は、そろそろ不機嫌を通り越して泣きそうな顔になっているユイの方を見た。
ユイにこんな顔をさせるのは胸が痛んだけれど、あらかじめ私が合図をするまでは何も言わないようにお願いしてある。
正直な話、この方法も手札の一つとしては考えていたわ。まさかああまでクリティカルな挑発を敵がしてくるとは思わなかったけれど。
《ツワモノ》の斧槍を一撃もらった六三○の機体もなんとか強制帰還にはなっていないようだし、救助クエストはまだクリアの目がある。
何より、いかに整備が優れていてもそろそろ《ツワモノ》も限界だわ。
「ユイ、いいわよ」
私は暴れ馬の手綱を放した。
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