1-6

「さあ、続けましょうか」

 どこか影を感じさせる声で、シェーレはそういった。

 後ろに転がるシカバネと合わせてその姿はどことなく陰惨で、吸血鬼としての貫録のようなものを感じさせる。

「おいトオル、今オレたちのことを殺しただろう」

「生きてるぞー、死にそうなだけでー」

「グフッ……」

「そんな状況でもオレの考えてることを読めるお前らはすげえよ。だから大人しく寝てろ」

 オレは静かに言う。

「お前らはすげえよ。勇気を持って道を切り開いた。ありがとう」

 地面に転がる死に体の三人はうつぶせに倒れたまま親指を立てた腕をあげるが、それも長くは続かす、今度こそ全身が地に伏した。

「みんな……」

 ユイは涙目になっている。

「尊い犠牲だったな」

 あいつらは自らを矢面に晒し、そして散っていった。

 だが、オレたちは立ち止まるわけにはいかない。誰しも、限界は近いのだ。

 あいつらは運が悪かった。オレたちもいつああなるかもしれないのだ。

「さあ。続けましょうか。昼食戦争を」

 そう、命をかけた昼食という名のギャンブルの結果次第では。


 説明しよう!

 ダンジョンに潜るのは人間だ。吸血鬼とか竜人とかその他もろもろがいるが、栄養の補給が必要であることに変わりはない。

 ではその栄養はどうやってダンジョン内で摂るのか。

 もっともオーソドックスな方法は外から持ち込む、というものだが、この方法には色々と問題がある。

 まず潜行チーム全員分の食料を持って行くとなると、なかなかに大変である。

 そして何より、金銭面の問題だ。

 食料はポインントを消費して学校の購買で買うことができるが、やっぱりそこはいろいろなことにポイントを使う学生という身分。一部の例外を除いて出費は誰しも低く抑えたい。ロボの装備も買いたいしな。

 だが何も食べないというわけにはいかない。あんまりにも健康状態が悪いと学校側から是正勧告が出るのだ。

 そこでもう一つの方法、オペレーションダンジョンランチの登場である。

 それすなわち、ダンジョン内に出現するモンスターを食べる、ことは残念ながらできない。あいつらは倒すと同時に消えてしまうので。

 モンスターを食べることはできないのだが、あいつらは倒すと同時に鉄やアルミといった資源とともに食料をドロップするのである。それで腹を満たそうというのがオペレーションダンジョンランチ。

 しかし、この方法にも大いに問題がある。そしてここで話がシェーレの後ろでぶっ倒れている三人に戻ってくる。

 このドロップ食料、たまにとんでもなくまずいものが混じっているのである。

 それはもうとんでもなくまずい食い物が、いやもうこんなにまずいものが地上に――ダンジョンがあるのは地下だけれども――存在していいものかと思える、この世全ての不味が。

 たまに創作とかで見るメシマズキャラの作る飯ってこんな感じなのかな、という味。

 中には、味なんて感じる暇のないものもある。舌に何かが走った瞬間に気絶する。

 つまりあの三人は大ハズレを引いてしまったわけだ。

 いや、気絶していないからハズレくらいかも。大ハズレれは気絶してるのにあまりのまずさで体が跳ねる。

「いただきま〜す」

 そして三人の食べ残しを口にするのはタツキだ。

 こいつはこのデスゲームにおける不死のチートキャラ。奴の鋼の胃袋はあらゆるまずさを跳ね返してしまう。これは本気でずるいと思う。

 でもあの三人も馬鹿だったとは思うよ。タツキの直感とシェーレの魔法で最低限の安全は保障されてるとはいえ、あんな黒い上によくわからない瘴気を出してるもの食べちゃダメだろ。

 もちろん、口をつけずにびびってタツキに渡すようだったら全員からブーイングなわけだけれども。

 かくいうオレも、少し攻めて舌がしびれている。

 基本、低層のドロップ飯はまずい。それなりに栄養はあるんだけどな。

「さて、私のターン」

 輸血パックをチューチュー吸って味覚を直したらしいシェーレが、車座に座るオレたちの中心に積まれたドロップ飯の山の中から慎重に一つの包みを取り出す。

 この段階で、危険の兆候はない。開けてみてからのお楽しみだ。全然楽しくないけれども。

「…………………………」

 包みの中から現れた見た目はまあ、普通だ。

 しかし油断してはいけない。こいつらは温厚そうな見た目をしながら何人もの猛者をその味で倒してきた。

 シェーレの小さな口が恐る恐る近づき――

「……まあまあの味ね。ほら、トオルもどう?」

「いらねえ」

「私と間接キスになることなんて気にしなくてもいいのよ」

「手ぇめっちゃ震えてるじゃねえか」

 危険な臭いしかしねえ。

「食べてみなさいよ」

「食べねえって」

「先っぽだけでもいいから!」

「言い方がまずいだろそれ!」

「トオル、それは変態だよ……」

「ユイ、変態なのあいつ! シェーレだから!」

 悪いのはシェーレだろ、不味すぎて知能が低下してるな。オレを道連れにしようとするなよ。

「くっ……この不味さ、じわじわくる……辛い」

 じゅるじゅる輸血パックを飲みながら、シェーレは震える手でタツキに食べかけを渡す。

 いっそ気絶できれば楽と思える不味さもたまにある。シェーレが引いたのはたぶんそういうやつだ。

「うー、シェーレもいらないのか? われもそろそろお腹いっぱいだぞ?」

 タツキの満腹宣言は、ゲームの終了が近いことを示している。

 いくらまずいとは言っても食料をあんまり粗末にするのは良くないということで、タツキの宣言から一人ギブアップした時点でオペレーションダンジョンランチは終了となる。

 次の番はオレ。

「ふふふ、ドロップ飯に呪いあれ……その食料に災いあれ……地獄の釜に落ちながら、このシェーレの呪いを思い出せ……!」

 シェーレはブツブツ呪詛を吐いている。相当まずかったらしい。口直しにも失敗したようだ。

「ま、そうそうやばいのはないだろ」

 とりあえずオレは包みの一つを手に取る。こういう時は変に選ぶとまずいもんを引く気がする。

「ホウテイ」

「ハイテイ」

「ツモれツモれ」

 自分たちの番でシカバネになりたくない連中がオレに呪いをかけようとしてくる。そうはいくかよ。

 オレは包みを開けて、

「…………………………」

「「「「ヒャッホオオオオオオオオオオオオオオオッ!」」」」

 オレは黙り、馬鹿どもは狂喜乱舞し始めた。

「タツキ……」

「「「「「「「「「「boooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!!!!!!!!!!」」」」」」」」」」

 オレが口をつけずにドロップ飯をタツキに押し付けようとすると、強烈なブーイングが巻き起こった。

「なんて意気地っしょ!」

「そうやってお前はまた逃げるのかヨ!」

「この臆病者め!」

「うっせえ黙れ! こんな瘴気出してるもん食えるか!」

 俺の持つドロップ飯は包装を破った途端に濃密な黒を吹き出した。これはアウトのやつ。

「おいタツキ、これ大丈夫じゃないだろ」

「んー? 大丈夫だぞ?」

 そこは空気読んでくれよ!

「ほら、タツキもいいと言ってるじゃないかトオル」

「とっとと食うっしょ」

「いや、オレはもう腹いっぱいでよ」

「そうやって貴様は嫌がるタツキの口に無理やりブツを押し込むのか」

「誤解されるような言い方はやめてもらおうか!」

 タツキは男だろうが!

「トオル……最低だよ」

「ユイ! 最低なのはこいつらだろうが!」

 くそ、ユイの顔がちょっと赤い。言動も変だし、ドロップ飯で状態異常になったな。たまにあるんだよな。

「ほらトオル、ユイもこう言っているぞ」

「先に逝った英霊たちも呼んでいるようだヨ」

「お前も……一緒にぃ………………」

 シカバネたちが虚ろな目でオレを見つめてくる。これはきついな。もうこうなったら次善の策を使うしかねえ。

 オレはシカバネと目を合わせた。

「そうか、お前は寂しいのか」

「………………そぉだぁ」

「なら、仲間は多いほうがいいよな」

「「「「「………………………………っ!」」」」」

 生者たちが息を飲む。

「トオル、き、貴様………………」

「オレたちを道連れに⁈」

「妙な言いがかりはやめてもらおうか。オレはお前たちにも英霊の列に加わってほしいだけだよ」

 言いながらも瘴気を放ち続けるドロップ飯を一人一人にちぎって分けていく。このドロップ飯を食わないといけねえんならもう巻き込めるだけ巻き込んでやる。

「偉大な英霊は仲間をご所望だ。まさか断るやつはいねえだろ?」

「………………みんな、みんなこっちにこいぃぃ………………」

「ぐ………………」

「おのれ………………」

「ま、嫌ならタツキに渡すといいんじゃねえか? 嫌がるタツキの口に無理やりブツを押し込んでよ」

「そこまで言われては引き下がるわけにはいかん!」

「なあに、まだ危険と決まったわけじゃないしな!」

 ここでうじうじ言い訳したりしないんだから本当にこいつらは大したもんだと思う。

「ふ、いくぜお前ら! せーの!」

 オレたちは一斉にドロップ飯を口にし、瞬間、口の中で味覚が爆発した。


「「「「「ぐふわっ⁈」」」」」


オレはとても綺麗な川を幻視した。他の連中もだいたい同じ命運をたどったらしい。

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