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【《ケイ》二個小隊、サブダンジョン二百三十五層ボスの前に全滅!】

「トオル、あなた歩き方が変よ」

「ほっとけ」

 ひどい目に遭った。

 ひどい目に遭ったんだが、

「間に合ったでしょ!」

 と、イノセントな目を向けてくるユイに文句を言うことはできなかった。あれにクレームはつけられませんて。時間、間に合ってるし。

 加速を始めた直後、空気の壁がぶつかってきて声すら出せなかった。オレには出せない回転数で足が振り回されて大変だった。あとカーブ。

 おかげさまで足ガックガク。流量調整弁の壊れたエアシリンダーみてえだ。クラスメイトからも向けられる変な目を黙殺しつつ、オレは自分の席に着いた。

 全員が席に着くと、背後のシェーレが立ち上がりツインテールとフリルを揺らしながら前に立つ。

 ブシンでは中学の時と違って担任という制度がない。生徒の自主性を重んじるためだそうな。オレとしては好き勝手できるのでいい。あと教師陣はダンジョンの管理でこっちまで手が回らないという事情もあるとかないとか。

 うちのクラスの場合はシェーレの仕切りで日々のクエストを進行する。

 クエストは、一日一回は学校側から斡旋されてくる。一日に二回以上か、他の、より難しいクエストに挑戦したければ窓口で手続きをしてクエストを受領する必要がある。

「さて、今日は軽めに収集クエストにでも行きましょうか。まだ一機万全じゃない機体がいるし」

 オレは全力でそっぽを向いた。チクチク刺してきやがって。

 受領したクエストは、ダンジョン内のモンスターを倒して入手できる鉄の収集クエスト。ポイントは低いが、その分機体やメンバーにかかる負荷は少ない。

 昨日は本来の予定になかった緊急クエストが入ってせいで、重めの討伐クエストを二回もこなしているからちょうどいいバランスだろう。二回も出撃したから《ツワモノ》がああまで損傷したんだと思う。きっとそうだ。

 オレたちの潜るダンジョンは、惑星ブシンで三番目に発見されたダンジョン《ランナウェイ》。

「楽勝」の意味通り、全千層という大規模ダンジョンでありながら一年未満で攻略された。その難易度の低さとそれに見合った渋いドロップによって早々に放棄されそうになったところを高校を運営する学校法人がマスター権限を買い取り、現在に至る。


 オレたちはダンジョンを進みながらモンスターを討伐し、アイテムを回収していく。

「そら」

 《ツワモノ》の主装備の斧槍が白い昆虫型のモンスター、インセクト級を切り裂く。

槍と斧を組み合わせることで槍のリーチと斧の破壊力を獲得した斧槍は、長くて重い分取り回しが難しいが慣れれば便利な武器だ。

『トオル、右腕はどう?』

「バッチリだぜ。さすがだな、ユイ」

 オレは《ツワモノ》の右腕を振って見せた。

『へへ』

 近接装備は敵に接近しないといけないリスクはあるものの、弾薬の補充が必要ないという点は確かな長所だ。しかもこの斧槍は実体武器。

 フォルクス粒子による攻撃はダンジョン内のモンスターによく効くので、ロボの中には機体内のフォルクス粒子を飛び道具として撃ち出したり、近接装備として放出・固定したりすのもいる。だがフォルクス粒子を使うということはそれだけ機体の稼働時間は短くなる。さらに言えばフォルクス粒子を使う装備はやや整備性が低いため、うちのクラスはほとんど使われない。

 オレは次々インセクト級を切り裂く。この間は少し失敗したが、インセクト級くらいならお手の物だ。

「お、こいつ結構鉄落としたな。シェーレ、鉄の量はどうなんだ」

『そろそろ集まるわ。でもまだアルミが欲しいわね。この調子で続けて頂戴』

 了解—、とクラス回線にパイロット組の声が響く。

 この辺りはダンジョンの中でもごく低層で、インセクト級くらいしか出ないからかなり安全だ。

 安全なんだ。安全なんだから、

「もう少しセーブしたらどうなんだよ、タツキ」

 いつものことながらオレはタツキにそう言っていた。

 オレを含めたクラスメイトの乗るシクの無骨な姿とは一線を画す、スマートな機体がこっちを向く。

『セーブってなんだ?』

 キョウサン重工社製五七式機甲鎧マダラ、全高一七・二メートル、本体重量五〇・〇トン、間違いなくこのクラスで最も高性能の機体だ。低価格帯のロボを製造することの多いキョウサン重工では珍しい高価格モデルだ。その機動性は《ツワモノ》すらしのぎ、うちのクラスでは群を抜いている。

 しかしこういった、格下を相手にするときは余計だ。機体に全力を発揮させる戦闘機動は当然機体各部にかなりの負荷をかける。避けられるのなら避けるべきだ。だがおバカなタツキはいつでも全力を出してしまう。

「もうちっとゆっくり動いた方がいいんじゃないかって話。常にフルスピードで動いてたらいざって時に動けなくなるぞ」

『えー、どうすればいいんだ』

「ゆっくり動いてみろゆっくり。ほれ」

 ちょうどインセクトが級一匹残っていた。

『ゆっくり……ゆっくり……』

 タツキが呟くのに合わせて、《マダラ》が近接装備の剣を構えながらゆっくりと前進していく。

『ゆっくり……ゆっくり……』

 カサカサ。

『ゆっくり……ゆっくり……』

 ガジガジ。

『ゆっくり……ゆっくり……』

 ガジガジ。

『ゆっくり……って、あー! 何してるんだよトオルー!』

「うるせー! ゆっくりやりすぎなんだ、めっちゃ噛まれてるじゃねえかよ!」

 思いっきりインセクト級に足をかじられる《マダラ》を見かねたオレは、たまらず《ツワモノ》を前進させて斧槍でインセクト級を突き刺していた。


「馬鹿だ……」

『お馬鹿だ』

『………………知ってた』

『だがそこがいい』


 だから誰だよ冥府魔道を突き進んでるやつは。男だぞ。

『感心しないわねトオル、自分以外のダメージを増やして自分への追及を減らそうなんて』

「ちげっ、そんなつもりはねーぞ⁈」

 なんつう濡れ衣を⁈

「オレはクラスの被ダメージを減らそうとだなあ」

 うちのクラスの被ダメージのソースは大きく二種類。

 タツキの自滅とオレの突撃。

 ………………。

 ……違うんだ、誰かが血路を開かないといけないんだ。オレが仕方なくその泥をかぶっているだけなんだ。

『あなたのダメージ、半分は必要のないものだったと思うわよ』

「いーや、そんなことはない! てか人の心を読まないでもらっていいですかねシェーレさん!」

『あなたは顔に出すぎなのよ』

「今回線で声しか通じてないよね⁈」

 コクピットに隠しカメラでも仕掛けられているんだろうか。

『おいトオル、今のはオレたちはお前がいなかったらもっとダメージを受けてたってことでいいのか?』

『つまりそういうことだよな』

『よし、試してみるか』

 馬鹿どもが武器を手にジリジリ近づいてきやがる。

『やめなさいあなたたち、不毛だから。いざという時トオルがどうなるかはわかっているでしょう?』

『………………チッ』

「おい誰だ舌打ちしたやつ」

『………………ちゅっ』

「やめろ気持ち悪りぃ!」

 オレはノーマルじゃ!

 一応オレはこの中では手練れだ。だからこそ任されているものもある。使ったことはねえけど。

『それとトオル、弱点をどうにかしようというのはいいけれど、自分のことをどうにかしてから言ってくれるともっと良かったのだけれど? それと』

「あれは必要経費だ」

 それと、なんだろうな?

『この世には、いるのよ』

「あ?」

『どうしようもない馬鹿というのが』

「おま、それ言うなよ……」

 これクラス全員聞いてるんだぞ。

『?』

 しかしタツキの《マダラ》は何を言っているのかわからないという風に首をかしげていた。器用なやつめ。しかしいいなあ《マダラ》。《ツワモノ》は首を回すことはできてもかしげることができないのだ。

『あなたの《ツワモノ》が受けるダメージが必要なものだというのなら、タツキが受けるものもそうよ。気をつけてどうにかなるものなら、どうにかして欲しいものだけれどね……』

 シェーレの声は、若干疲れているように聞こえた。

タツキの馬鹿さ加減にはみんな結構振り回されている。シェーレは頭がいいから、余計にタツキの行動が理解できずにいるんだろう。

『思いっきりやっても大丈夫だよタツキ、《マダラ》が壊れてもボクが直すから』

『ユイ……ありがとう!』

「おいユイ、あんまり甘やかすなよ」

 そしてその優しい言葉をオレにもかけてくれ。

『何言ってるのさトオル、トオルは気をつければもっと優しく機体を使えるでしょ』

「………………」

 トオルは、って……。

 オレはタツキに同情した。ユイまで遠回しにタツキを馬鹿だと言ってやがる。

『それでトオル、あなたのせいで《マダラ》が不必要なダメージを』

 やっべ。

「あっ、インセクト級のくせに結構落としたなあ! これでクエストクリアになるんじゃねーか⁈」

 転送されていくドロップアイテムを見ながらオレは不必要に叫ぶ。

 なんとかごまかせ、

『……きちんとマイナスしておくから、覚悟しておくことね』

「おー、宝箱があるじゃねえか、開けてみようぜ」

『あくまでごまかそうとするんだね、トオル……』

 ユイの呆れた声が聞こえてきたがオレは無視した。オレは諦めないからな! 余計に怒らせた気もするけどな!まあとりあえず宝箱を開けて……。

 ん?

「なんで誰も行かないんだよ」

『いや、どこにも見えないヨ?』

「だったらお前のセンサーいかれてるよ、交換しとけ」

『まー、最初にトオルが見つけたし、トオルが開けるべきでしょ』

『そーそー、権利はトオルにある』

「で、本音は?」


『『『『『ミミックだったら嫌じゃん』』』』』


 見事に声が揃いやがった。

 全くこいつらときたら……。

「タツキ、開けていいぞ」

『わーい!』

 嬉々として宝箱を開けにいくタツキの《マダラ》。

『あ、タツキに開けさせやがった!』

『きたねーぞトオル!』

「お前らに言われたかねえ!」

 全くなんて奴らだ。

『おー、いっぱい入ってるぞ! これとかいいな!』

 タツキの《マダラ》がロボサイズの巨大な実体剣を宝箱から取りだして持ち上げる。

「タツキ、アイテムは鑑定してもらえよ!」

 この間呪われたアイテムが発掘されて大変だった。いやあシクが錆びる錆びる。ユイが怒る怒る。

「ははは……」

『どうしたんだトオル、元気ないのか?』

「ははは……」

 まあなんにせよ必要な量の鉄はほとんど集まったはずだ。一応、確認する。

「シェーレ、鉄は足りてるか? まだいっとくか?」

『正直鉄とアルミがまだ欲しかったのだけれど、面白くなってきたわ』

「あん?」

『みんなも聞いて頂戴』

 鉄は足りた。だが、もっと面白いこと?

『今、救助クエストが依頼されたわ』

 おっ、っとクラス回線が少しざわついた。

 ダンジョンを探索していると、ごく稀に脱出が難しくなることがある。

 ロボの内蔵するフォルクス粒子の残量が半分を切ってしまうと、安全のために強制帰還というコマンドが入り、ロボは強制的にクラスの格納庫へと脱出させられてしまう。

 この強制帰還が入ると、クラスの累計ポイントが大きく引かれてしまう。

 当然、そうやって機体が全機離脱してしまうとそりゃもう大変な打撃だ。

 そんな状況を避けるためにピンチに陥ったクラスが他のクラスに依頼を出すのが救助クエストだ。助けてくれ〜ってことである。

 救助クエストを出すのにもポイントを消費するが、強制帰還が入るよりはいくらかマシなのだ。

 シェーレがオレたちにそう言ってきたからには大方予想はついていたが、オレは聞いた。

「何組だよ」

『六三○組よ』

「そいつは、助けに行かなきゃだな」

『距離は大したことなさそうなんだけど、マップが埋まってない区画があるわ。調べてみるから少し待ってほしいそうよ』

『じゃあその間に整備しとこうかな。トオル、手伝って』

「えー」

『えーじゃない!』

 くそ、しょうがねえ。

『ちょうどいいから少し休憩をとりましょうか。近くの安全地帯まで移動するわよ』

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