1-4

「くあぁ……」

 どうして学校の朝ってこんなに早いんだろう。

 お天道様も、もう少しゆっくりしていってもいいと思う。

 ギリギリまで寝ていたオレは全力で自転車を漕いでいた。うおおおおっ! どうでもいいが昨日しこたま殴られたせいで頭が痛い。いや、よくないな。やばいかもな。

「あら、おはようトオル。今日も暑苦しいわね」

 まあまあいっぱいいっぱいのオレの横から、涼しげな声がかけられる。

「おはよーさん! ちったあ体使った方がいいんじゃねえの、シェーレ!」

「いやよ」

 オレと並走するシェーレは、高そうなティーカップで優雅に紅茶を飲んでいた。真っ黒な馬車の中で。

「いつも思うけどそれどうなの、学校として!」

「校則では馬車はオーケーよ」

「なら、せめて普通の馬に引かせろよ! デュラハンが引くってどうなの、初めて見たらびっくりすると思うんだけど!」

「あんなに見苦しく驚いたのはあなただけよ」

 ちなみにオレは死ぬほどびっくりした。びっくりしすぎてシェーレにバカを見る目で見られたのは苦い記憶だ。首のない馬が来たらビビるだろ。しょうがないじゃん、見たことなかったんだもん、デュラハン。

「必死に自転車を漕いでるクラスメイトを乗せていこうとは思わないわけ⁈」

「どうせ自業自得でしょう。ユイならともかく、あなたなんて乗せたら馬車が臭くなるじゃない」

「……胸だけじゃなくて心も小さ…………おいバカバカバカ幅寄せすんな!」

 自転車を粉砕しようと寄ってきた馬車の暴威から逃れるため、オレは素早くブレーキとハンドルを操作して逆サイドに逃げる。

「相変わらずゴキブリみたいな機動性ね」

「ゴキブリ言うな」

 そこは格好良くツバメと言えツバメと。

「それじゃ。あんまり遅いと遅刻するわよ」

「あ、おい!」

 素気無くオレの願いを切って捨てたシェーレは、そのまま加速していく。薄情者め。

「おー、トオルだー。おはよー」

「ようタツキ」

 と、今度は頭上影が差すと、タツキが空を飛んでいた。翼を持つ竜人のタツキは結構な速度で飛ぶことができる。

「なんでトオルはいっつもそんなの使ってるんだ? 飛べばいいだろ?」

「オレはノーマルな人間で、ノーマルな人間は空を飛ぶようにはできてないんだよ」

 タツキと違ってオレはノーマルだ。ほとんど、な。

「ふーん?」

 オレはタツキに対して自分も乗せろとは言わなかった。タツキのことだ、同乗者を気遣うことなど出来やしまい。オレもまだ命が惜しい。

「ま、いいやー。急げよートオル」

 タツキも加速して小さくなっていく。

 自分で選んだこととはいえ、また置いていかれてしまった。

 あんな楽そうに登校している連中を見ると、自分のしていることが無駄の多いものに思えてきた。ううう…………。

「もう疲れた、誰かオレを校舎まで連れてってくれよ……」

 ちなみに後で他のクラスメイトに聞いたら、お前も大概デタラメなスピード出してるからなって言われた。そうかあ?

「どうしたのトオル、器用だね、自転車こぎながらうつむくなんて。でも前見ないと危ないよ?」

「おーユイ」

 左に並走するユイを見て、オレは少し記憶との照合を行った。

「ユイ、外装少し変わったか?」

 パッとユイの表情が明るくなる。

「うん、そうなんだ! ちょっとシャープになったでしょ!」

 ユイは嬉しそうに目を下、モンスター自転車スレイプニル号に落とす。

 一応、スレイプニル号は自転車である。

 タイヤは自転車のそれとは思えないほど太いし、空気抵抗を意識した外装が付いているし、マフラーとかもついちゃってるし、排気してるし、内燃機関が稼動する音とかしちゃってるけど、ブシンの法律では一応こいつは自転車である。一応、アシスト機能の付いた自転車である。

 もう自転車じゃないだろだって? ツッコミを入れたら負けさ。だってユイペダル漕いでるもん、めっちゃゆっくりだけど。

「んー、あと中も変えたか? 音が良くなった気がするんだが」

「わー! そうなんだ! ちょっと管の配置を変えたの! やっぱりトオルはわかってくれるんだね!」

 キラキラ顔を輝かせるユイ。これくらいは普通じゃねえ?

「でも、いいのトオル? そのままだと間に合わないよ?」

「うっ、マジか」

 これでも全力で踏んでるんだけどな。遅刻でどやされるのは勘弁してもらいたいもんだが。

「そ、そのトオル」

「ん?」

「トオルさえよかったら、引っ張ってあげようか?」

「へ?」

 引っ張る?

「ほら、これで」

 ユイが後ろから頑丈そうなワイヤーに繋がれたフックを取り出す。

「こいつをオレのチャリンコにつけるってか」

「た、たまたま荷台を引きたいって思ってつけただけだからね!」

 ユイが何か言っているがオレはフックを自分の自転車につなぐことに集中していた。この速度で片手を離すのはきつい。

「つないだ」

「よーし! じゃあ行くぞ!」

「おーう」

 なんか気合いの入ったらしいユイは、思い切りペダルを踏み込んだ。

 そう、思い切り。

 その時点で、オレは気付くべきだった。

 ユイのスレイプニル号はあのゆっくりした踏み込みでオレと同党の速度を出していた。

 そのスレイプニル号が全力の踏み込みを受けてどれだけのスピードが出るのか。

 そしてそのスピード引かれるオレの自転車のペダルがどんな回転数を叩き出すのか。

「とーーーーーう!」

「うぎゃああああああああああああああっ⁈」

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