1-3

「まずはみんな、緊急の依頼ご苦労様」

 全員が教室の席に着くと、シェーレはまずそういった。

「早速今回のポイントを分配していくわ」

 ブシン工業高校では、ロボの訓練にポイント制度を導入している。

 これは簡単に言うと、学校側から出されるロボを用いた様々な依頼を達成し、ポイントを稼ぎましょうね、という制度だ。

 今回の依頼はダンジョン内から突如出てきたドール級の駆逐。ちなみにダンジョン内のモンスターがダンジョンの外に出てくるというのはまあまあある。

 ポイントには通常ポイントと、今までにクラス単位で稼いだ累計ポイントとがある。

 通常ポイントは消費することでロボの装備や部品を入手することができる。これによってロボの強化や補修を行い、新たなクエストに挑む、というのが基本的な流れになっている。

 そしてこのポイントはクラスの個人にも配分される。ポイントは学内及び学外でも使うことができるのだ。

「今回のポイントは半分を私に――」


「「「「「待て待て待て」」」」」


 クラス全員でシェーレを止める。

「というのは冗談よ」

 これもまたひとつの様式美。シェーレも本気では言っていない。

「まずはクラス全員に平等に分配。そこから足し引きしていきましょう。加算は、まずはタツキかしら」

「われかー! やったー!」

 ガタッと、大声をあげてそいつが立ち上がる。

 そいつは身長こそオレよりも少し低いくらいだが、それ以上に横にデカかった。バサリと広げられた翼のせいで。

「これでたくさん食べられるぞ!」

「バサバサ翼を動かさないでタツキ、埃が舞うわ」

 タツキは竜人種だ。尾と翼を喜びでせわしなく動かす感じは竜というよりは犬みたいだが。

 その気になれば翼で空も飛べるし力も強い。普通の人間にはない優れた勘も持っていて、五六四組のダンジョン探索の大きな助けになっている。

 そしてタツキの乗る機体もあいつが持ち込んだもので、二世代ほど前の機体ではあるものの、全体的に旧式のうちのクラスの中ではタツキ自身の操縦技術も含めて大戦力である。

 なので今回のようにポイント加算も多い。加算してやらないとすぐに飯にポイントを使い果たして空腹で暴れまわるからという理由もある。

 ニコニコ笑うタツキは控えめに言ってもかなり可憐だが、念のために言っておこう、奴は男だ。中性的な顔立ちで声も高いが奴は男だ。

 真実を知らない他クラスの連中(うちのクラスメイトは面白がって隠している)がファンクラブを作っているらしいが、奴は男だ。

 オレを含めたクラスメイトがたまに残念に思うがっ……奴は、男だっ……!

「あとはユイかしら」

「え? ボク?」

「ユイのおかげで整備中の機体が一機スクランブルできたわ。あれがなかったら押し込めなかったもの」

 ユイ達整備方の技術力の高さはうちのクラスの強みの一つだ。

 整備の腕が良ければそれだけ機体が故障からのリカバリーが早くなり、また故障しにくくなる。シェーレの言う通り、あそこで一機増えたことで戦況をこちらに手繰り寄せることができたわけだ。

「さて、あとは――」

 ふっ、言われずともわかるぜシェーレ。

 何せここに今回のクエストの撃墜数トップがいるからな!

「今回はいなさそうね」


 な、何い⁈


「それでマイナスだけど、トオルだけね」


 あっれえええええええええっ⁈

「ちょっと待てこらあ!」

 たまらずオレが立ち上がると、シェーレは綺麗な顔を歪めてものすごく嫌そうにする。地味に傷つく。

「何?」

「いやなんでオレに加算がないどころかマイナスなんだよ、撃墜数トップだぞ」

「あら、言わないと分からないのかしら」

 シェーレがその手の連中が向けられたらブヒブヒ言いそうな、蔑みの目をオレに向けてくる。クラスメイトの何人かがオレに羨ましそうにこっちを見てきた。お前ら、その先は地獄だぞ。

「あなた、被ダメージワーストよ」

えっ。いや待て。

「まあかなり前で暴れまわったからな。その分数は……」

「被ダメージを撃墜数で割っても、あなたワーストよ」

「え………………」

 そ、そんな馬鹿な。

 ロボはフォルクス粒子と呼ばれるエネルギーを貯蔵して稼働している。ロボの中にはこのフォルクス粒子を撃ち出したりして攻撃に用いるロボがいるが、ここでは置いておこう。ここで重要なのは、フォルクス粒子が外部からの攻撃に対する防御にも使われるということだ。攻撃のショックを緩和して、機体やパイロットを保護するわけ。

 なので、フォルクス粒子の消費量と稼働時間を見れば大体のダメージ量を算出することができる、というわけだ。

 しかし、オレが最下位だと?

「タツキは⁈」

「タツキは最初にぶつかって、その後ドール級の攻撃を受けただけよ。タツキ、あなたそれさえなければもっと被ダメージを抑えられるんだから気をつけて頂戴」

「わかった!」

 絶対わかっていない元気なタツキの返事である。

「トオル、あなたの機体だけ今回のクエストに出撃した機体の被ダメージの平均を大きく超えてるわ。それと、右上腕メインアクチュエーター、頭部センサー、左手人差し指のアクチュエーターは破損したようね」

「今日は結構動き回ったからな! たまたま劣化が促進して一気に破損したんだろうなあ! たまたま!」

「ユイ」

「右上腕はともかく、指は壊れるには早すぎるから、外部からの衝撃が、パイロットに原因があると考えます」

「ユイぃぃぃぃぃっ!」

 裏切り者めえっ!

「ふん」

 くそ、目を合わせてくれねえ。怒り心頭か。ごめんて。

「トオル以外に異議はなさそうね。じゃあポイントを配分しておくわ」

「ちょ」

「右上腕メインアクチュエーター、頭部センサー、左手人差し指アクチュエーター」

「ぐっ」

 シェーレも若干機嫌が悪くなってきていた。ごめんなさい。そりゃあ修理にかかるポイント低くなはいけどよ。

 結局オレはそれ以上何も言えず、ポイント配分会議は解散となった、くそう。



カチャカチャ。

「24」

「ほい」

 ユイに24ミリの片口スパナを渡す。

 カチャカチャ。

「ほい」

 ユイにボルトを渡す。

 放課後。

 オレはユイの、《ツワモノ》の右上腕メインアクチュエーター交換作業を手伝っていた。指の方は最悪動かなくてもなんとかはなる。人体の構造を模しているロボには、指が五本ずつあるのだから。

 センサーの方は、電気屋であるシェーレの領分だ。

 オレはパイロットであって整備メインじゃないので、こういう時は基本的に工具を渡したりするが主になる。

「ユイ」

 カチャカチャ。

「悪かったって」

 カチャカチャ。

 ユイは無言で小さな手をオレのほうに出してくる。これはボルトをよこせっていう意味だ。

 ワッシャーをねじ込んだボルトをユイの手に乗せる。

「なんで」

「あ?」

「さっきの記録動画、見たよ」

「そうか」

「なんであんな動きするのさ」

 少しだけこちらを振り向くユイ。ちょっと頬を膨らませていた。

「なんでって……」

「大事に使ってあげてよ……それに、危ないよ」

 最後の方がよく聞こえなかったが、つまりもっと丁寧に使えってことか。まあ大事に整備した機体がぶっ壊されたらやっぱり嫌だよな。でも、それでもオレは機体に負荷をかける今の乗り方を止められなかった。

 なぜなら――

「楽しいんだよ」

「楽しい?」

 きょとんとした顔でユイが体全部をオレの方に向けてきた。

 そう、楽しいんだ。

「中学のときはよ、《ツワモノ》と同じ、シクの改造機に乗ってたんだけど反応が悪いのなんのって」

 中学の整備連中が仕事をしてなかったってわけじゃないんだが、やっぱりそこまで優秀ではなく熱意もない学生の整備だ、少し動けばどこかが壊れた。機体が完全に動けなくなることもざらだった。

 それがここの整備の連中ときたら!

 いままでになく軽快に動ける上に、動けなくなるなんてことにはまずならない。

 …………まあ、今回はたまたま運が悪かった、たまたま。それでも足回りは全く問題なかったしな。

「こんなに動き回れれるのはどうしても楽しくてな。それでつい無理しちまうんだよ、悪い」

 さすがは厳しい試験を勝ち抜いたエリートの中で、さらに運よく熱意のある連中が揃った五六四組。

 ユイは一瞬ぽかんとしてから、へにゃっと笑う。かわいい。

「よし、じゃあ左手もやっちゃおうか!」

「えっ」

 無茶言うな。今からやったら日が暮れるどころじゃすまない。

「いや、さすがによそうぜ。明日死ぬ」

「なんだよー、いいじゃんか。どうせいつかはやらないといけないんだし。それとも、ボクの整備は……いや?」

「……うぐっ」

 少しだけ上目遣いで、ユイはオレを見つめてくる。

 ずるいだろ、それ。オレはあっさり負けを認めた。

「そんなことあるわ――けっ⁈」

 答えようとしたオレの頭に、何か、硬くて大きいものがすごい勢いでぶつかってきた。しかも作業中だからとかぶっていたヘルメッットでギリギリ防御できない額に。

 こ、これは……。

「ごめんなさい、落としてしまったわ」

 上から頭部センサーを交換していたシェーレが顔を出した。

「い、いてえ……」

 今の、落ちた速度じゃなかったよ。間違いなく投げてたよ。しかも375ミリのモンキーじゃんこれ。電気屋が頭部センサーの交換でこんなもん使わねえだろ。殺意しかない。

「終わったのかよ」

 もうツッコむ気にもなれなかったオレはそう聞いた。頭、痛い。

「当然でしょう、さ、ユイ、今日は帰りましょう、夜更かしは災害のもとよ」

「えー、今から帰るのは面倒だよ」

 遠回しに残って整備していきたいと言うユイを、下から魔力の羽を生やして降りてきたシェーレが後ろから抱きしめる。

「それなら私の家に行きましょうユイ。大丈夫よユイ、ユイの食事も着替えもベットも――」

「やめろやめろ」

 シェーレは少し怖い目で鼻血を流していた。

 背後のシェーレが見えないユイはキョトンとしていた。たまに怖いんだよな、シェーレのやつ。

「何をするのトオル、人の恋路を邪魔するバカは馬で蹴ってやりましょうか」

「恋路ってお前……いろいろと無理があるだろ」

 性別とか性別とか性別とか。

「あら、知らないのトオル」

「何を」

「吸血鬼ってね、いろいろな魔法が使えるのよ」

 目が一層暗くなった。

 怖くなったオレはとりあえずユイをシェーレから引き剥がす。

「?」

「よーし、シェーレもこう言ってるし、今回はここまでだ、な、ユイ」

「え………………」

「……………………」

 しょんぼりしているユイと、暗いを通り越して虚無を宿し始めたシェーレの目を見ないようにオレは格納庫を後にした。

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