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 未来暦二二二二二二二二二二年、新たな科学の結晶、覇道エンジンが開発されたことによって人類はその生活圏を大きく広げることに成功した。

 覇道エンジンが可能にしたのは、そう、ワープだ。

 覇道エンジンは人類に光の速度よりも早く移動することのできる力を与えたのだ。

 覇道エンジンの開発によって、人類は居住可能な惑星を数多く発見し、新たなフロンティアを切り開くことができるようになった。その数、数千。

その星々は人類の新たな故郷となり、人々はそこで子を産み育てていった。

 そして新たに発見された星の中には、不思議な物理法則に支配された星があった。その中の一つがダンジョンだ。

 ダンジョンは、その名の通りダンジョンである。

 敵が出てきて宝箱や罠ある、あのダンジョンである。

 そんなダンジョンは星ごとにそれぞれ特色を持っている。貴重なアイテムが入手できたり、なんだり。

 もちろん、逆にあまり旨みのないダンジョンもある。オレたちの高校の建つUC星系第三惑星ブシンのダンジョンもそうだ。

 敵は弱く、アイテムもそこらで採れるようなものばかりだ。

 だが、見方を変えればこれは人材の育成にもってこいだった、ロボの扱いを学ぶ上では。

 ロボとは、その名の通り人型の巨大なロボットである。

 生活圏の拡大に伴い、世界には大建築時代が訪れた。

 とにかく建てる、ひたすら建てる。迅速に、大量に。

 そんな時に大活躍したのがロボである。

 全長十メートルを超えるロボット、ロボは人と同じ四肢を持ち、様々な道具を素早くフレキシブルに扱うことができ、今や建築現場の主役だ。

 そしてロボはダンジョンの攻略にも転用されるようになり、ロボのパイロットの育成が必要になった。そこで設立されたのがブシン工業高校だ。

 ブシンのダンジョンは旨みがなく敵は弱い。だが、訓練にはもってこいだ。

 そんな理由でブシンは宇宙でも最大の学園星となっていった。

 そのブシン工業高校二年五六四組にオレ、スワ・トオルは通っている。



「そうら!」


 オレは最後の一体のドール級をロボに握らせた装備で切り裂いた。ドール級は煙になって消え、アイテムをドロップする。

 アイテムなんて言ってもほぼ全部金属クズだ。このダンジョンから出てくるアイテムなんてこんなもんである。すげえダンジョンからはすげえアイテムがわんさかドロップするらしいが。

 傍目には渋い素材も、オレたちにとっては金属クズも宝の山だ。でも欲を言えばもう少しアルミが欲しかったな。

 アイテムを回収し、クラスのロボ格納庫に戻ったオレは、機体を停止させ、コックピットから出た。

「お疲れさん、シク」

 相棒、四九式機甲鎧特近型ツワモノにオレは声をかけた。ブロックを積み上げたような平面だらけの無骨なシルエットは、濃緑をベースにしたカラーリングを施されている。

 全高十八メートル、本体重量四五・〇トン。キョウサン重工の傑作機、四九式機甲鎧、通称シクシリーズのバリエーションの一つだ。

 この《ツワモノ》は特近型の示す通り装甲を犠牲に、敏捷性とパワーを向上させた近接戦闘特化の機体だ。こいつのコンセプトは、近づいてぶん殴るオレのスタイルに合っている。

 まあまあなロートルではあるが、それがまたいいのだ。

 しょうがないんだ、学校から支給される機体だから。昔はオレも高性能な機体に、エドモンド社製のロボとは言わずとも《ノブナガ》くらいは乗りたかったと思っていたが、今はこの《ツワモノ》に乗っていて良かったとさえ思っていた。

 なんて、一瞬とはいえほかの機体に浮気をしたせいだろうか。

 ゴスッ、と、オレの眉間に金属の塊が突き刺さっていた。

「…………おっ?」

 直撃だった。痛い。


「トオル――――――――――ッ!」


 ヒットした部位から血を流し、床に落ちるオレに小さな影が突撃してきた。

「よくもあんな使い方しててくれたなー!」

 肩の上で切りそろえた髪の一部を後ろでくくり、小さな体を青いツナギで包む少女はオレのマウントをとる。

 彼女の名前はユイ。

「なんとか、言ったら、どうなんだ!」

 オレたちの、

 ゴスっ

 クラスの、

 バキッ

 機械系整備長、

 がすっ

 なんだが、

 ゴン

 だが、


「なんとか言ってよ!」


 だったら殴るのやめてくれよ。

 そんなオレの願いが通じたのか、ユイはようやく殴るのをやめた。

「モンキーは工具であって、人類を殴るためのものじゃねーだろユイ」

 オレじゃなかったら致命傷だったよまじで。結構血ぃを吹いてるしオレ。

「ふん、これは壊れて使えなくなったモンキーを、トオルを殴る用に再利用してるんだ!」

「マジかよ……」

 そんなにオレのことを殴る予定なのか。

 確かにユイの握るモンキーレンチは、モンキーレンチをモンキーレンチたらしめている最大の特徴であるネジの部分がいかれているように見える。

 ありゃ助かりませんわ。でもそれなら素直に捨てようよ。

「しっかしモンキーをそんなにするなんて、やっぱりユイは働き者だな」

「えへへー、そうでしょそうでしょ」

 ニコニコ笑うユイ。小さいし可愛いので、ユイは五六四組のマスコット的なところがある。

「――って、騙されないよ! よくもまあシクをあんな惨めな姿にしてくれたな!」

 チィ。今日はダメだったか。結構ちょろいんだけどなユイは。

 オレは《ツワモノ》を見上げて取り繕った。

「どこがだよ、いくらかかすっただけで直撃はしてないぜ」

 一応、事実だ。

 ドール級はあまり飛び道具を使ってこないから、外装に傷はない。直撃してもフォルクス粒子が防御しただろうから大丈夫だったとは思う。

 そう、外装は。

「本当に?」

 そんなオレの内心を見抜いてか、ユイがずいと顔を近づけてくる。

「本当に無傷なんだね? ちらっとしか見てないけれど、どうにもボクには最後の方の《ツワモノ》の動きがぎこちなくなったように見えたんだけど?」

「……………………」

 つうっと冷や汗が背中を流れる。

 こと機械に関してのユイの目は、やはり誤魔化せないようだ。オレは観念することにした。

「……右上腕のメインアクチュエーターが――うおっ!」

 最後まで言い切る前にモンキーレンチがオレの頭部を狙ってきた。ギリギリのところで白刃取りする。いや違うな、モンキー取りか。あっぶね。

「最後まで聞けよ!」

「うるさい! どうせ逝ったんでしょ! もうとっかえるしか直せないくらいに!」

「おう」

「うわああああああああっ!」

 ユイが身も世もなく叫ぶ。でもモンキーの力は全く弱くならない。むしろ強くなっている。やめてください。

「ほら見ろ! あんな無茶するから!」

「いや、もともと変な振動でてたじゃねーか! 経年劣化だ経年劣化!」

 アクチュエーターとは、機体から供給される動力を実際の動きに変換する部品のことだ。人間の体でいえば筋肉がそれにあたる。

 前の稼働の時から怪しかったんだ。操縦桿にガタガタ嫌な振動が来てたんだ。

 限界がきただけなんだ。オレは悪くない、はずだ!

 …………た、多分。

「安物のアクチュエーター使うからいけねーんだよ、ナンデスコ製使おうぜナンデスコ製」

「ナンデスコは高いし、保証が短いんだもん」

「心配すんなユイ、保証期間中に壊してやる」

「それじゃダメでしょ!」

「っつてもよ――」

 高い分性能もいいんじゃねえか、と言おうとした口は動かなかった。

「グアッ⁈」

 オレの眼の前で、真っ赤な炎が爆ぜた。爆風に圧されてまた後頭部が床を打つ。今日だけで脳細胞死にすぎでしょこれ。

「ひとまずは、その辺りにしておきなさい」

 ダメージでぼやけたオレの眼が捉えたのは、体つきこそユイと似通っているものの、正反対の雰囲気を持つ少女だった。

 ユイが天真爛漫、元気いっぱいなタイプなら、そいつは金髪ツインテールに黒と赤のゴスロリ衣装に身を包んだクール系高飛車お嬢様タイプ。

 五六四組クラス代表にして司令官兼電気系整備長シェーレ。こうしてみると肩書長いな。

「あのさあシェーレ、もう少し優しくしない? 吸血鬼ってそんなに暴力的な種族だっけ?」

 吸血鬼。

 そう、とんがった耳や口からチラリとのぞく伸びた犬歯からもわかるように、シェーレは吸血鬼だ。今みたく魔法も使うこともできる。なかなか汎用性があって便利なんだが、オレはその恩恵に預かったことはない。だいたいこうやって攻撃されるだけだ。

「ほら、私魔力のコントロールが苦手なのよ。今は日も照っているから少し眠くて。ユイといちゃついているトオルにイラついたわけじゃないのよ」

「これがいちゃついてるように見えるんなら、お前の目は日光にやられて腐ってるよ。さっさと病院いっとけ」

 いじめっていうんだよこれは。

「ユイ、トオルに折檻するんなら代わりに私が魔法でじゅっとやるわよ?」

「やめろやめろ」

 お前の火力でやったらそれはもう折檻の範囲を超えるわ。こんがり通り越して焦げちまうよ。

「シェーレ、《ツワモノ》の調子はどうなの? トオルは右腕がダメになっただけって言うんだけど」

「げっ」

 ま、まずい。

 ユイは整備中だった機体をスクランブルさせるために整備にかかりきりだったが、クラスの司令官として戦闘の指揮もしていたシェーレは《ツワモノ》の状態を正確に把握してしまっている。

「おいシェーレ――」

「警報は五箇所、異常は右腕を入れて二箇所ね」

 ああ。

 言ってしまいますか。

 オレは素早くユイのマウントを引き剥がして横に転がる。直後にモンキーレンチが床を叩いた。

「あぶねっ!」

「……チッ」

 ものすごい、外れたことが悔しくて仕方ないとばかりの舌打ちだった。少し傷ついた。だがこれ以上殴られてたまるかってんだ。

 ユイがゆらりと立ち上がる。

「……………トオル」

 すごい低い声だった。

「いや、違うぞユイ。言ってなかったわけじゃなくて、一番重要なところを先に言っただけなんだよ……」

 オレは慌てて弁明する。うーむしかし、予想以上にやられてやられてたな。いややったのはオレか。すまん《ツワモノ》。すまんユイ。

「さ、とりあえず教室に戻るわよユイ。みんな待ってるわ。あのバカは後で焼きましょう」

「うん」

「おい待て何で焼くのが決定事項みたくなってんだ」

 ジトーっとオレを睨みつけながらユイはシェーレと一緒に格納庫から出て行った。

 ……後で整備、手伝うか。

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