ロボとダンジョン!
植木新
1-1
「えー、この線分の長さを求める時は――」
退屈な教師の解説。
うららかな午後の日差し。
初夏の爽やかな風。
ひそひそと会話をするクラスメイト。
昼メシ直後で程よくけだるい体。
もうあれだ、びっくりするくらい退屈な日常だ。
こういう日常こそかけがえのないものだ、なんて言えれば大人なのかもしれないが、やっぱり若いうちはイベントが欲しい。
異世界に飛ばされる、だとか。
世界の命運をめぐる戦いに巻き込まれる、だとか。
超能力に目覚める、だとか。
青春ラブコメをする、だとか。
――――――地底人が現れる、だとか。
ドッゴオオオオオオン!!!!!
いきなり生じた爆発の衝撃に、教室が激震する。
揺れの収まった教室に、つかの間の沈黙が落ち――
「きたきたきたきた!」
オレは椅子を後ろに吹っ飛ばして立ち上がっていた。
「椅子、こっちに飛ばさないでくれる?」
「あ、わり」
ついテンションが上がって後ろから注意されてしまった。
「まあいいわ。さ、行くわよあなたたち」
「「「「「「「「「「っっしゃあ!」」」」」」」」」」
先ほどまでのゆるい空気を吹き飛ばし、途端に教室の中が活気付く。オレの頭の中を支配していた眠気も消し飛んでいた。
授業をしていた教師はやれやれといった風に肩をすくめている。これで面倒臭い授業を受けずに済む。
オレの席の横に穴が開き、次いで金属の棒が下から伸びてくる。
棒が教室の天井に接触するか否かのところで、オレは棒にしがみついて下へと滑る。
「トオル、今日は壊すなよ!」
高い声に、オレは「努力はするさ!」と返した。
退屈な教室の床をくぐり抜けたオレは、その下に広がる空間に降り立つ。
鉄と、油と、何かの焼けるような臭い。
獣の唸り声のような、低く重い機械の駆動音。
巨大な格納庫を占領するたくさんの鋼の巨人。
オレの眼の前に立つのは、濃緑を基本にカラーリングされた機体だった。ゴーグルタイプの頭部メインカメラは、虚空を見つめたまま主を待つ。
「さあ、行くぜ相棒!」
巨人の腹部に開くコックピットに飛び込む。
シートに座るやいなや懐のキーをねじ込んで、
どかんと一度大きく機体が揺れると、ブウウウウンと細かい振動がオレの体を揺らした。
同時に四方と上下のモニターが明かりをともす。頭部のメインカメラの視点から得られる外部情報は、巨人の視点をオレに与えてくれた。
『パターン青! 敵はドール級が二十ちょい。 ほらさっさと行けトオル!』
「言われなくても行くっての!」
『応援してるヨ、トオル!』
『してるぞー』
「おめーらも行くんだよ!」
シートベルトを締めながらクラス回線に怒鳴り、機体を前進させる。同時に格納庫の巨大な扉が左右に割れ、薄暗い空間に鮮烈な日光が差し込んできた。教室で見ていたものと同じはずのそれは、今のオレにはさっき以上にキラキラ輝いて見えた。
『わるいなトオル、一番はもらうぞ!』
「あ、おい」
クラス回線に高らかに宣言し、いの一番に飛び出していこうとするクラスメイトの機体をオレは止める。
『ははあ、そうはいくか! われが一番敵を倒して――――』
「まだ入口開いてないぞ」
『ぐぎゃっ!』
ガゴン! と実際に機体と入口の衝突で響いた音の後に遅れて、クラス回線から届く音が続く。
「バカだ」
『バカだなー』
『………………いつも通り』
『だがそこがいい』
クラスメイトの意見はおおむね一致していた。いくら線の細い機体に乗っているとはいえあの狭さは抜けられないだろう。しかも全身のスラスターまで焚いた戦闘機動でぶつかっていきやがった。
『バ、バカじゃないぞわれは⁈』
「知ってるか」
『うん?』
「バカは決まってそう言うんだ」
『そ、そんな……じゃ、じゃあ、われはバカだったのか……? い、いや違う! われはバカじゃない。よーし今度こそ行くぞ――うわっ⁈』
なんてやりとりをしている間に大きく開いた扉から、今度こそクラスメイトが飛び出していくが、また直後にぶっ倒れた。今度のはさっきと違って自滅じゃあない。自滅みたいなもんだが。
「外の確認くらいしとけよー」
果たして、格納庫の外にはお客さんが待ち構えていた。
今回の相手は、わかりやすく言えばマネキンだった。
人のような白い体にのっぺりした顔。ランクC、ドール級。
「そら行くぞおめーら!」
『オメーが仕切んな!』
『黙って盾になっとけ!』
そんなことを言いつつも、格納庫の扉を盾にしつつ全機がきちんと射撃装備の銃口を敵に向けてドール級に対して弾幕を張る。
『早くバリケード出してくれヨ! 接近できないヨ!』
『ちょっと待ってくださいよ!』
ごぐん、と重い音とともにオレ達とドール級の間の地面が唸り、板状のバリケードがせり上がってくるが、そのうちの半分以上が途中で止まるか、そもそも上がってこない。
「全然出ねえじゃん」
『整備不良だなー』
『……しょうがないじゃん』
その声はどこか耳に残り、オレは妙な寒さを感じた。
『機体の整備で精一杯なんだもんバリケードなんて滅多に使わないし後でいいかなってでも忘れたわけじゃないしいつかやろうと思ってたしでもみんな機体を壊して帰ってくるしバリケード修理の予備部品を揃えようにもカツカツでそれどころじゃないしあれかなり重いし数もあるからちょっとやそっとの工数じゃ直せないししょうがないじゃんしょうがないじゃんしょうがないじゃんしょうがないじゃん…………………』
「わかったわかった! オレが悪かった!」
『大丈夫、半分くらいは作動してるっしょ!』
慌てて口々にフォローする。こええよ。
「バリケードのおかげで近づける! いくぜ!」
『行け行け行け!』
オレは援護を受けながらバリケードで攻撃をしのぎつつ機体を敵に接近させ、得物のスピアを振り回す。その一撃で二体のドール級が真っ二つになった。
「へへっ……」
楽しいなあ。
これがオレの、オレたちの日常。
UC星系第五惑星ブシン、ブシン工業高校の日常。
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