テツデン

 別段これといった特徴のないテツデンが非常に好きで、テツデンと言えば私。というところがある。中でもパートリックのテツデンが堪らなく好みであり、私の部屋はパートリックのテツデンで溢れかえってテツデンの油田。


 テツデン。


 もう響きからカッコのよろしいサウンド。もはやミュージック。


 最近では若者の間で「テツデンマッポ」が流行として持て囃されているが、あんなものは邪道。愚。悪辣であり、やはり男たるものテツデン一択。毒を啜る若輩者はそのうち死ぬであろう。


 テツデンの醍醐味はなんと言えどメレントのサーライク。あれに顔をうずめると、途端天竺射精悦楽愉悦爽快快楽。特徴がない故にああいったテツデンそのものの良さが味わえるのだ。


 先程のマッポや、クリンサ、マーサラ、ポリンナクサンエエトバージルエトセトラ様々なメレントの違うテツデンがあるが、純正の純正。地味ではあるが素晴らしきメレント、サーライク。これこそがテツデンの真骨頂である。何の変哲もない為売り上げは伸びず生産量も少ない、よって値も張るが。


 然しそれだけの魅力、依存性、中毒症状があるのだパートリックのメレントがサーライクのテツデンには。



 昨晩のことである。


 私は毎日の日課、帰宅してすぐにテツデンに顔をうずめる「即テツデン」を楽しみに仕事終わりの電車両内で鼻歌交じりに、いや実際には人が寄り付かなくなってしまう純然たる変態と思われる恐れがあるので心の中で、心中で鼻歌交じり即テツに馳せ参じていたのだが、そんな中私の右側、右耳方向から信じられないセンテンスが飛び込んできた。



「テツデンやってる奴は気色悪い」



 私はついに老化現象、もとい、脳のバグによる精神疾患が発生し、一番有り得ない、ありもしない幻聴を受け取ってしまったと勘違いしながらその声の方向へ首を向けると。



 チーマーのような髪の長い若者数人が、へらへらとテツデンの揶揄トークに花を咲かせているようだった。


 私はすくと優先席から立ち上がり、己の愚かさ、愚鈍さ、愚息っぷりをその長ったらしい頭髪やサイズのあっていない服装の注意喚起と共に理路整然と指をさし血管を浮かせ怒鳴りつけてやった。


 チーマー達はハッと慌てふためき申し訳ございませんでした!!と謝罪と土下座をするのが私の脳内の展開であった。のだが。



 怒鳴り終わった直後から車両内はシンと水を打ったかのように静まり返り、数秒遅れてチーマー群は爆笑を始めたのだ。


 周りの人間も幾人かつられて微笑苦笑嘲笑。


 なんだ?なにがそんなに面白いのか?

 私が知らない間にたった今使った注意喚起が世間ではトレンドワードとして流行しまくっており、まるで劇的に面白いジョークを急に言い放ったユニークな老人として認識されたのか?


 頭の中はぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるそういったクエスチョンマークでパンパンに膨れ上がり、急激に頭が痛くなった。


 と、同時に。


 おっさん舐めとんのか。


 チーマーの一人が地べたからゆっくり腰をあげると、鋭利なテツデンをチラつかせてきた。


 危ない。鋭利なテツデンは危ない。


 人に向けてはならないタイプのテツデンの矛先が私に。しかもサーライクですらない。マッポだ。


 危うい者が危うい物を使った時の危うさを充分に知っている私は先手必勝と昔かじった骨法をミゾオチに入れてやろうとヤっと振りかぶると、ぷちん。と音がして地面天井音空気全てが消えた。




 はと目が覚めると周りは医療機器に満ちた空間で、私は年甲斐のないことをしたと呼吸器越しに溜息をついた。


 よく見ればその医療機器一つ一つがサーライクのテツデンでなく、粗悪な、邪悪なメレントのテツデンまみれであった。


 私はまた呼吸器越しに「パートリックのメレントがサーライクで即テツデン…」と零し眠りについた。

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