ピュアー

 人間は職に就いてようやく発言権が獲得できる。


 到底おかしな話かも知らんが、事実私も首を横に擡げ、肘から下を曲げ持ち上げて掌をふるふるとさせる欧米人特有のジェスチャーで以て不可解さを表現しているが、あの日の校長先生の大事なお話でも、去年のネット記事にも、先日の曾祖母の葬式の悼辞でも、上記と似たようなことを発信、メッセージとして私の耳に、目に、脳に入り込んできているので、そうなんであろうと不服ながらそう信じている欧米人の表現はまだ続けている。


 私は無職だ。しっかりと朝目が覚め、朝食を摂取、布団に戻り、昨晩の途中段階のプラモデルの塗装続行、昼食を摂取、布団に戻り、テレビジョンのバラエティーに富んだ素晴らしき数々を拝見、夕食を摂取、録画した素晴らしきを拝見、気付いたら寝ていて朝、という純然たる健康美の無職だ。


 しかしこんなにもバランスの取れた生活、明瞭な人生であるのに、世間は、この日本は、職歴に拘り、非と判断された人間、私含む大概の無職たちは、ちょっとした事柄、小難しい殺人事件、可愛らしい動物の映像等に何かしらの意見を述べると、突然名も知らぬ誰かが実に中途半端な形相で走り寄ってきて、お前が言うことではない。とだけ喋って、また走り去ってゆく。


 何故なのだ。何故人間としてのチェックボックスがひとつ欠けているだけでここまで窮屈な、困憊した状況にさせられなければならぬのか。どんなに熟慮しても全く納得のいく結論は出ない。


 そう悩みながら私はバラした二の腕から先二本と、陰毛が整われているヘソ迄の下半身をさらに細かく解体する作業に没頭している。風呂場での行動は汗がかきやすく、すぐに前髪がぴたぴたと額に張り付き、その度に手袋を外して汗を拭う。しちめんどうくさいがやりがいはある。職歴はないが見えない前科四犯で発言権が獲られたらいいのに。そう思いながら家族のいない昼間、やけに明るい風呂場でのいつもの作業を、私は続けた。

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