紫煙

 ドーピングでメダル剥奪された選手の母親とセックスをした。


 彼女はやけにタールの濃ゆい煙草煙で顔を隠しながら紫のブラのホックを閉める。私は服着る時くらい煙草置いたらええやんけと思ったが先程の激しい、床まで揺れる運動で息絶え絶えで発言できる体力など無かった。


 彼女は灰が伸びていっても銀皿に放り込むこともせず顔面の匿名を保ちながらパンティを履きながら煙草を咥えたまま急に喋り始めた。


 息子は完璧であった。特に身体能力面での活躍が凄まじく、小中高大とあの子はフィジカルの才だけでのし上がった。

 でもそれは当然。夫と一緒に受精卵の時にアレコレ注文したの。脚は光のように速く、力はグリズリーを殺せるように、瞬発力は脳伝達を超えて。と身体のみに絞って究極的な子供を作ったの。私たちは日に日に通常の成長と共に正比例していく能力に夢中になった。小学校の運動会のかけっこ、中学の綱引きの独壇場、高校からはスカウトがよく来て、ザッピング感覚で誰に頼もうか迷ったりもした。成人してからはオリンピックを常に意識され期待され、当然私たちもその話ばかりしていた。そしてあの完璧なコーチと完璧なコンディションの年、オリンピックで他を寄せ付けないパフォーマンスと言ってもいい、最高の記録を出した。周りは拍手喝采スタンディング・オベーション。通常の親なら泣いて喜ぶことかもしれないけど、私たちは違った。夢見たビジョン通りだったから。深く頷いただけで終わった。当然の結果。テレビにも引っ張りだこ。私も二三度出たりした。でもね、あの子はステロイドを使ってたの。私たちの期待と予想通りを裏切るように筋肉増強剤を過剰に摂取して、検査の時は賄賂を渡してまでそこに固執したの。それを知って私たちは何のために育てたんだろうって、あの子は何のために走ったんだろうって考えたの。でも何も出なかった。他人から見れば喜劇ね、バッシングや自宅囲み取材なんかもあった。でもね、何も出なかったから何も答えなかったの。貴方にわかるかな?



 私はそれを聞いて、煙草、煙草、灰落ちそうですよ火傷しちゃいますよ。


 としか言えなかった。

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