頼む

 手首のマーキングが、犬の小便のようで、酷く嫌悪し、私は鼻をつまみながらこの女の真紅とは到底言えぬどどめ色の流水を、なるべく落ち着き払った表情で、濡れた桃色のティシューをばたばたと叩き煽って女の命を確保している。


 そもそもこのメスと出会うべきではなかった。酒の席で、やけに騒がなければならないムードの酒の席で、個人的な観点で面のいい女と共通の下らぬ趣味嗜好、飯の味の感想で盛り上がり、二次会もそこそこに私はその女のごく一般的な膣を吸っていた。女はポルノ映像のような狂った嬌声を発し、私の頭を股ぐらにそのまま突っ込ませるのかという勢いで髪の毛を掴み、どんどん膣口と唇の密度が濃くなっていった。


 そこまでは良かった。しかし問題が、致命的な不具合が発生した。喘ぎ狂う女の余りの押し込みに、私息が出来なくなったのだ。これはまずいと一旦離れようとするのだが、女の腕の力がとても強く、一向にふやけた唇と膣が離れる気配がない。よく見れば女の右腕には無数の穴が空いており、即座に、過度なステロイド注入ということに気が付いた。通りで勝てない訳で、笑ってる場合ではなく、本当に窒息死してしまう。どうすれば。と、私の脳内が総動員、フル稼働で、死から、膣によるみっともない死から逃れる策を素早く思慮したところ、「噛む」、バイドすれば良いと判断し、申し訳ないが思い切り小指ほどの、でかいクリトリスを、噛んでやった。


 女は悪魔憑きのように低い声で叫んだ。余りのボリュームに、壁がびしびしと震えた。そして私は手の甲で赤く染まった口周りを拭い、死からの脱却を味わっていた。そういった状況の中、女は、何故こんな酷いことをしたのか、私を恨んでいるのか、先月から監視しているのはお前か等と先程の悪魔と同じ音声で、力強く、では済まないほど、鬼の力でピエロのような顔の私を揺さぶった。私は息ができなくなって仕方なく、申し訳ない、と、なるべく簡潔に、シンプルに釈明したが、女のボルテージは治まらず、遂にはこんな男に体を許したなんて信じたくない死んでやる、と鬼で叫びながら自分の腕をもう片方の手の長い爪を、綺麗に整われたこの場にふさわしくない色彩の爪を使って、スッと素早く手首を切りつけた。


 そこからはもう大惨事である。いやその前から惨事ではあったが、上回る出血が止めどなく床に零れ落ち、赤いカーペットが赤いカーペットへと変わっていった。女はみるみる顔色が悪くなり、黄から薄緑、薄緑から純白へと。私は急激な出来事にすぐには反応できず、純白が倒れたあたりで、事の重大さにはっとした。


 このままではこの女、よく考えれば苗字も知らぬこの女が死ぬ。と、どんどんどんどんと焦りと不安感が心の臓の中心から太鼓を叩きながらリズミカルに出てきた。まずホテルの備品のミニタオルで腕の根元を縛り、いやダメだこの女腕が太過ぎてミニタオルでは届かないと、バスタオルを持ってきて先程の手段をやり、それでも尚スポイトから飛び出す水の様な血をこれまた備品のティシューで拭い、誰に対してなのか、頼む頼む頼む頼む頼む頼む頼む頼む頼む頼む頼む頼む頼む頼む頼む頼む頼む頼む頼む頼む頼む頼む頼む頼む頼む頼む頼む頼む頼む頼む頼む頼むと、願いながら出血が治まるのを待った。私は性欲というものがこの世の不必要悪であるという真理に辿り着き、だんだんと冷たくなってきた女の、宿に入る迄の、楽しかった瞬間に馳せ参じていた。

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