誘い鮨
生魚が酢と飯でもみくちゃにされて、いい具合に気色の悪い店主はこれは今朝昨日捕れた云々のいいところがうんたら等とカウンター越しに話しかけてきてよせ。やめろ。と心中そればかり駆け巡っていて、私は精一杯の愛想と脱力で店主のけったくそ悪いトークといつまでも蹂躙されている糞生魚の完成を待っている。
そもそもこの様な気色の悪い事態になったのは職場の同僚の園田のせいで、奴は私と同じ役職同じ仕事量でやっているはずなのに何故だか奴は金が余っていて、それはやはり三十半ばも過ぎているというのに親からの援助を受け取っていて、そちらで月々の生活必要光熱費を補填、自ら稼いだ賃金は全て趣味や貯金に変える軟弱脆弱野郎なのだが、そんな園田から先日、僕のね、知り合いの板前がさ、独立するって言うんで是非来いって言うんだよ、でね、君基本ヒマだろう?今度一緒にどうかなあって思うのだけれど、等と言われ、人を舐め腐った口調のこいつの歯を拳で叩き折り、鳩尾の表面を押し込んで内臓破裂、そのまま上司にも同じの喰らわせて口に退職願突っ込んで安月給人生からおさらば、したいところだが、私も人間であり、腹も減れば金も必要なのでそのようなことはせず、ああっ、いいのかい?でも高いんだろう?えっ、顔馴染みだからタダ!そりゃあ嬉しいなあ、是非頼むよ。と情けない程に平に平に承諾してしまった。
数日経って予定の日予定の時間予定の場所。園田が来ない。一応登録しておいた電話番号にかけても応答がない。死んだのか。死んだら死んだで嫌いであるので嬉しいことではあるが今では困る。今は死なずに待ち合わせ場所まで来て私を鮨屋まで誘導し、鮨を喰らい、会計を済ませた時点で死んでいただきたい。とにかく今では困るのだ。と、電話が鳴った。ディスプレイを見ると園田。もしもしああっ園田君どうした?うん、うんうん、じゃあ遅れる?うん、うん、わかった園田ですで全部通るんだね。じゃあ先に行ってるよ。頼むね、うんそれじゃあ。
園田は本当の軟弱脆弱野郎であった。ペットの嘔吐で私との待ち合わせを反故にしやがった。あまつさえ先に行って食ってろと。直前に犬が口から泡と餌を吐き出した話をされているのに食欲が湧くと思うのか、気色の悪い。しかしもう待っていても仕方が無いので私は目的の鮨屋に向かって歩き出した。
「鮨 木山」店の見た目はまあまあ、そりゃ開店直後だしね、うん、こんなもんこんなもん。園田に腹を立てている私は褒める気になどなれずとりあえずその木山君とやら見てみてやろうやないかい、と店の中へ進んだ。
ハメられた。瞬時そう思ってしまった。店主が、木山が、気色悪いのである。お待ちしておりましたてな具合にカウンターの向こう側で目がらんらんとした木山が突っ立っている。私は見た途端、園田の壮大な嫌がらせかと思った、という程に気色が悪く、よく見れば前に組んだ手は、くねくねと指遊びをしている。今からこいつの握った飯を食うのか。他に客もいない。対一で、こいつの、握る、飯を。
よく考えてみれば、園田の様な愚ボンクラと仲がよい奴がまともなわけがなかった。まともな鮨を作れるわけがなかった。木山はまだ講釈を垂れながら鮨もどきの生魚酢飯をくちゃくちゃやっている。今から、この無間地獄に、舐め腐った園田もやってくる。木山の手の中はもはや馴れ寿司。発酵しているかも知らん。園田が来る前に、私も発酵してしまうかも知らん。
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