第293話 看取

 ミノーラの言葉を聞いたオルタやタシェルは、呆けながら互いに顔を見合っていた。


 何か変な事でも言っただろうか、とミノーラが不安を抱いた時、両手を広げていたカリオスが、その腕をだらりと降ろす。


 そして、見たことの無いような朗らかな笑みを浮かべながら、ミノーラに向けて言ったのだった。


「神様か……良いんじゃないか? ミノーラなら、良い神様になれると思うぞ」


「本当ですか!?」


 そんな二人のやり取りを見たタシェルとオルタも、何か納得したのか、頷いている。


「ミノーラ、私たちも、ミノーラが神様に慣れるように、手伝うからね」


「そうだな、だから、まずはここから出て、クリスとアイオーンを助けようぜ!」


「はい! 二人とも、ありがとうございます!」


 オルタやタシェルと視線を交わすことで、ミノーラは胸の内からあふれ出してくる何かを感じ取っていた。


 その中に身を委ねることで、全身に活力が満ち溢れて行く。


 思い返してみると、似たような感覚を今までに何度も味わってきたような気がすると、ミノーラは思う。


 一番初めに感じたのはいつだろう。


 ミスルトゥやボルン・テール、マリルタとエーシュタル、そして、氷壁の山脈とザーランド。


 成り行きで世界を旅するようになってから、見たことのない物をたくさん見て来た。


 時には、危険な目にあったり、辛い目にあって、落ち込んだりした時もあった。


 必死にもがいて、より良い選択をしようと、もがき続けてきたように思う。


 どうして、そのような事が出来たのだろう。


 答の分かり切っている疑問を抱いたミノーラは、不意に、先ほど聞いたばかりの言葉を思い出す。


『お前たちはまだ、生きる希望を持ってるだろ?』


 先程はあまり深く考えなかったミノーラだったが、ここに来て、カリオスが言った言葉の意味を理解する。


 そして、すぐさま否定した。


「カリオスさんも! 一緒に行くんですよね!?」


 途端、ミノーラを中心に、重たい沈黙が広がった。


 タシェルやオルタは既にカリオスの返事を理解しているのか、重たい表情のまま俯いてしまっている。


 二人の様子を横目に見たミノーラは、それでも諦めることが出来ずに、懇願するようにカリオスを見た。


 視線を注がれたカリオスはと言うと、ゆっくりと瞼を閉じると、優しく語り出す。


「ミノーラ、悪いが俺はいっしょに行けない。ここにいる俺は、本当の俺じゃないんだ。文字通り、零れ出た俺の命を、ミスルトゥが吸い上げてくれたおかげで、こうして話が出来ているだけで、俺の命の大半は、もう持って行かれちまったよ。けど、それは俺が望んだことだから、ミノーラが気にする必要はない。これは俺にできる、最大の償いだから。許してくれ」


「零れ出た命とか、持って行かれたとか、何を言ってるんですか……?」


 どこか言葉を濁すようなカリオスの物言いに、歯がゆさを覚えたミノーラは問いかける。


 問い掛けながら、そんなことが聞きたいわけでは無いと、自身の中で叫んでいた。


 しかし、その叫びを口にすることは出来なかった。


 声を出せなかったわけではない。


 それを告げてしまう事で、カリオスを困らせてしまうのが、ひどく憚られたのだ。


 きっと、かつてのミノーラであれば、躊躇することなく告げてしまうのだろう。


 どこか俯瞰的な感想を抱いたミノーラは、それ以上話す素振りを見せないカリオスから視線を落とすと、首を横に振る。


「ごめんなさい。大丈夫です」


「……ありがとう」


 短くそう呟いたカリオスは、大きく深呼吸をして見せると、もう一度口を開いた。


「ミノーラ、最期に言っておきたいことがある。神様とは言え、全てを一人で解決できると思うな。足りないなら作れ。仲間や友達、何でもいい。ミノーラになら出来る筈だ」


 一息で言ってしまったカリオスは、最期に優しい微笑みを残すと、小さく呟く。


「皆、本当に今までありがとうな」


 言い終わるや否や、カリオスの身体は真っ赤な液体へと変貌を遂げ、海の中へと溶け込んでいった。


 相変わらず鳴りやまない波音と、爽やかな風。


 強烈な寂しさを感じたミノーラは、落ちることの無い太陽を見あげた瞬間、抗う事のできない眠気に襲われた。


 ゆっくり、確実に沈んでいく意識の中、ミノーラは寂しさの中に荒れ狂う後悔を見つけ出す。


 見つけた瞬間、彼女は衝動に身を任せて、呟かずにはいられなかった。


「もっと、話したかったな……」


 広がってゆく闇の中に沈みゆくミノーラは、自身の目元からキラキラとした何かが天に向かって登って行く様子を見たのだった。

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