第286話 鼓舞
ミスルトゥを構成している無数の木々は、まるで、せめぎあうように枝葉を張り巡らせている。
時折吹き抜ける風が、それらの枝を揺らし、ミスルトゥ全体で一つの楽曲を奏でているようだ。
あるいは、その演奏を乱そうとしているのだろうか、ミスルトゥ上層と下層を隔てる境界線付近に、大きなざわめきが響き渡る。
張り巡らされていた枝葉が、まるで意志を得たかのように折り重なり始め、なだらかな坂道を作り上げる。
そうして出来上がった坂道を、一風変わった集団が駆け上がっていた。
先頭を走るのは、巨大な木の巨人、ドグル。
彼は走りながら両腕を前に突き出し、坂道を作り上げているようだ。
そんな後ろについて走るのは、言うまでも無く、ミノーラ達だ。
ミスルトゥの中心に向けて作り上げられてゆく上り坂を、彼女達は黙々と走る。
そうして、ようやく木々の枝葉の中を抜けたミノーラ達は、広大な空間に飛び出したのだった。
「うわぁ! 何ですか、ここ!?」
ミスルトゥを埋め尽くしていた筈の森の木々は、それ以上の高くは育っていなかった。
しかし、一番外側、ミスルトゥの表面を構成している巨大な木々は、まだまだ高く成長しているらしく、登り切ったとはいえ外の様子を見ることは出来ない。
そんな一番外側の巨大な木々は、まるで互いに寄り添うように、とてつもない大きさの円錐を作り上げているのだった。
その円錐の内部に、ミノーラ達は辿り着いたことになる。
「まだ天辺じゃねぇのかよ……どうなってんだ、これは」
遥か空高くにある小さな天井を見上げながら、オルタが呟く。
彼の言葉に同意するように、タシェルは無言で頷き、アイオーンは小さな瞳をキラキラと輝かせていた。
「すごいや! 僕、こんなの初めて見たよ!」
「いや、世界中探しても、こんなものを見た事あるのは、ここに居る俺達とサーナ達くらいだと思うぞ?」
「二人とも、それよりも、早くハリス会長を探しましょう! ミノーラ、会長のニオイとか分かったりする?」
「薄っすらだけど、ニオイはあります。多分まだ、死んではいないはずです」
タシェルの問いかけを聞き、思い出したように周囲のニオイを嗅いだミノーラは、かすかに漂うハリス会長のニオイを見つけた。
より強いニオイを見つけるため、周囲を見渡したミノーラは、遥か遠くで動く小さな人影を見つけ、その場の全員に報せる。
ミノーラの報せを受けたタシェル達は、彼女の鼻先の示す方向に目を向けると、目を細め始めた。
流石に目が良いのか、アイオーンが小さく「お!」と何かを見つけた素振りを見せると、指差しながら告げる。
「人がいるよ! でも、誰だろう、知らない人だなぁ」
「そう言えば、アイオーンはサーナと会ったことあるんですよね? 近くに彼女が居たりしたら、分かるんですか?」
ふと思いついたミノーラは、アイオーンに問いかけてみた。
アイオーンはと言うと、少し頭を傾げながら、バツの悪そうに言葉を並べ始める。
「ごめんよ、この体になったからなのか分からないんだけど、ここに来てから生命のニオイを上手く嗅ぎ分けられなくなったんだ……」
「何者か分かんねぇけど、どっちにしろ、その人影の所に行くしかねぇだろ? なぁ……あ、悪い……」
しょんぼりと肩を落とすアイオーンを元気付けようとしたのだろうか、軽い口調で告げたオルタは、誰も居ない空間に目をやり、肩を落とした。
その様子を見て、ミノーラはゆっくりと視線を落とした。
『きっと、大丈夫。カリオスさんなら、何とか無事に戻って来るはずです……よね?』
心の中で、小さく自問自答したミノーラは、別れる前にカリオスが告げていた言葉を思い出しながら、正面に視線を戻した。
同じように考え込んでいる様子のオルタやタシェル、そしてアイオーンを見渡し、ミノーラが口を開こうとした時、傍で様子を見ていたドグルが溜息を吐いた。
「で? どうするんだ? 進むか? 戻るか?」
彼のその問い掛けを聞いたミノーラは、頭の中で暴れ回る大量の思考を押さえつける。
そうでもしないと、衝動的に行動を起こしてしまいそうなのだ。
黙り込んでいる他の仲間たちを見渡し、先ほどのカリオスの姿を思い出したミノーラは、一つ深呼吸をすると、短く告げる。
「進みましょう。カリオスさんなら、そう言うはずです」
いつも状況を深く考えて判断をしてくれるカリオスなら、この状況で戻ることはしないだろう。
そう考えたが故の、判断だった。
「ああ、そうだな。カリオスも、そんな貧弱な男じゃねぇ! ハリス会長を助けて、すぐに戻れば、大丈夫なはずだぜ!」
オルタの言葉に鼓舞されるように、タシェルやアイオーンが頷き、ミノーラも頷き返した。
そうして、改めてドグルを見あげたミノーラは、先ほどよりも力強い口調で、もう一度告げる。
「先に進みましょう! 道を作ってもらっても良いですか?」
言い終えたミノーラは鼻先を少し舐めながら、ドグルを見つめ続けた。
「ああ、分かった。よし、もう一仕事だぜ!」
ミノーラ達を一瞥したドグルは、薄っすらと笑みを浮かべると、目的地に向けて走る体勢を取ったのだった。
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