第284話 生命

 ドグルによって作られた即席の道を、カリオス達は駆け登っていた。


 パトラ達と別れてどれくらいの時間が経ったのだろう、既にかなりの高度まで登ってきている彼らだが、不思議と疲労は少ない。


 その感覚は、以前も味わった覚えがあると考えながら、カリオスは周囲で光っている木々を見つめる。


 恐らく、ミスルトゥの内部で疲労しにくいのは、この光のお陰なのだろう。


 確証はない推測を頭の中でかき混ぜたカリオスは、何やら動くものを視界の端で捉えた。


 視界の上の端、影のような物がカリオス達の上空を横切ってゆく。


 その影を確かに目にしたカリオスは、ゆっくりと足を止めると、一つ深呼吸をしながら、メモに短く言葉を書きなぐる。


 しかし、それをタシェルやオルタに手渡すことはせず、一つ折りにしたまま胸ポケットへと戻した。


 当然、走っていたカリオスが突然足を止めた事に、他の皆が気が付かないわけが無い。


「カリオスさん、大丈夫ですか?」


 少し呼吸を荒げたミノーラが、軽快な足取りで歩み寄ってくる。


 かと思えば、彼女は耳をピクリと動かして見せると、勢いよく上空を見上げた。


「……羽ばたく音……? もしかして」


 空から近づいて来る音に気が付いたのだろうか、見上げたミノーラが何やら告げようとしたその時、カリオスに向けて何者かが声を掛けてきた。


「カリオス! 私と勝負しろ! 一騎打ちだ!」


 その声を聞き、カリオスを含む全員が正体を認識した。


 頭上を旋回しながらゆっくりと降下してきたトリーヌは、カリオス達よりも少し高い位置にある枝に降り立つと、その鋭い眼光を飛ばしてくる。


 そんな眼光を真正面から受けたカリオスは、決して視線を外すことなく睨み返した。


「トリーヌさん! 少しお話しできませんか? 私、もう一度……!?」


 トリーヌに向けて、ミノーラが語りかけ始める。


 そんな彼女の言葉を遮るように、カリオスはミノーラの頭をそっと撫でた。


「カリオスさん?」


 不安げに見上げて来るミノーラの目を、一瞬だけ見つめたカリオスは、すぐに視線を逸らすとトリーヌに目を向ける。


 そうして、胸ポケットからメモを取り出すと、タシェルに手渡した。


 メモを受け取ったタシェルは、トリーヌの方を気にしながらも読み上げ始める。


「『約束通り、俺はトリーヌと話を付けてくる。皆は先に行っててくれ』……」


「でも! カリオスさん! 皆で話した方が!」


 メモの内容を聞いたミノーラが食い下がる。


 そんな彼女の様子を見たカリオスは、少し笑みを溢しながら首を横に振った。


「カリオス、本当に大丈夫なんだな?」


 心配しているのか、オルタがカリオスの両の肩を掴みながら問いかけてくる。


 心なしか、タシェルやアイオーンも心配そうな表情をしているように感じたカリオスは、再びメモを取り出すと、目の前に居るオルタに手渡した。


「『安心しろ。前にも言ったが、簡単に命をくれてやるつもりは無い。良いから、早くハリス会長を助けに行け』……本当だな! 絶対だぞ!」


 しつこく確認するようなオルタに、何度も頷いて見せたカリオス。


 そんな様子を見て、幾分か安心したのだろうか、ミノーラ達はゆっくりと歩き始めた。


 何度か後ろを振り返りながらも、登り始めたミノーラ達の後ろ姿を見送ったカリオスは、ゆっくりとトリーヌに視線を移す。


「別れは今ので充分だったのか? まぁ良い。お前に語り掛けても、返事がない事は分かっているからな」


 枝の上で静かに成り行きを見守っていたトリーヌが、突っ立っているカリオスに語り掛けてくる。


 そんなトリーヌに溜め息で応えたカリオスは、両腕を大きく動かしてストレッチを始めた。


「ほう? 私に勝てる見込みでもあるのか? まぁ良い。それでは、始めるとしようか」


 眼前で攻撃態勢に入ったトリーヌを見つめながら、カリオスは、少し前の事を思い出していた。



 *****************************



 それは、パトラからバートンのことを聞き出した直後の事だった。


 頭の中に声が響き渡ったのだ。


『カリオス君じゃあないか! 久しぶりだね! 覚えているかい? 私だよ、サーナだよ。まぁ、聞こえていないことは無いと思うから、勝手に話を続けちゃうけどね。君たちが来るのがあまりにも遅いから、私は退屈してたんだよ? それにしても、君たちはノックが激しすぎるんじゃないかな? おかげで君たちが来たことに気づけたトリーヌが、そっちに向かっちゃったよ。気を付けた方が良いかもね』


 突然頭の中に響き渡ったその声に、驚きを抱いていたカリオスだったが、すぐに落ち着きを取り戻した。


 そうして、心の中で問いかける。


『お前は何者なんだ?』


『およ? 私かい? だから、天才技鉱士のサーナだよ……なんてね、君が求めている答えはそういう事じゃないんだろう? 私は、精霊であり、人間であり、生物であり、何者でもない。私は私と言う存在だと言えばいいのかな。この世界に私と同じ生き物は、今のところ存在していないよ。そして、こんな私を生み出したのは、ミスルトゥの下にいる。こういえば、なんとなく察しは付くんじゃないかな?』


『……ミスルトゥの下? どういう事だ?』


『お? 気になるのかい? だったら特別に教えてあげよう! ミスルトゥの下にいるのはね、生命の大精霊なんだよ! この世のすべての生命を創り出し、創り変えることのできる精霊だよ。私の母親ってわけさ! 君もそれに似たものを近くで見てるだろう? まぁ、見た目も規模も、大きく異なってるけどね』


『何のことだ?』


『あれ? 気づいていなかったのかい? だったらこれも教えてあげるよ。ミノーラの首輪はね、生命の大精霊を真似て作ったんだよ! ついでに、君の首輪もね。てっきり気づいていると思っていたんだけど。まぁいいや。それで、カリオス君』


 カリオスが頭を回転させている最中、サーナは一度そこで言葉を切ると、今までにないほどに優しい口調で、問いかけて来た。


『それを知った君は、何をするのかな? 何が出来るのかな? 君の決断を、私に見せてくれないかい?』


 *****************************


 風に乗ったトリーヌが、カリオス目掛けて突進を仕掛けて来る。


 咄嗟に横に飛び退いたカリオスは、右腕の籠手をスライドさせ、応戦したのだった。

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