第283話 煮滾

「サーナは今どこに居るんですか?」


 パトラの話を遮るように、ミノーラは思わず声を上げてしまっていた。


 彼女自身も、なぜそこまで食い気味に声を上げてしまったのか、理解できていない。


 ただ、今のこの状況を、サーナなら全て説明してくれそうな気がする。


 そんな気がしたのだ。


「サーナは、連れていた仲間たちと一緒に、ミスルトゥを登って行きました。それと、こうも言っていました」


 そこで言葉を切ったパトラは、一度息を吐き出すと、ミノーラやカリオス達の顔を見渡し、短く告げた。


「『上で待っているよ。できれば早く来て欲しいな』と。ミノーラとカリオスさんに伝えるように頼まれたものです」


「ちょっと待って、それじゃあ、サーナは私たちがここに来ることを知ってたって事?」


 驚いている様子のタシェルの言葉を聞きながら、ミノーラは考える。


 今、ミノーラ達がミスルトゥに来ているのは、ハリス会長を助けるためだ。


 もしそれをサーナが知っているのなら、ハリスと一緒に行動している時点で予想はしていたのかもしれない。


 しかし、ミノーラ達がドクターファーナスからお願いをされなかったら?


 その場合、ハリス会長が危険な状況にあることをミノーラ達が知る術は無い筈だ。


 サーナはどうやってミノーラ達の行動を予測したのだろうか。


 そんなことを考えていると、カリオスがパトラに歩み寄り、何やらメモを手渡した。


 渡されたメモを読んだパトラは、一度カリオスの顔を見上げると、深く頷いて見せる。


「はい、あれは間違いなくバートンでした。ハリス会長とトリーヌも間違いありません。二人ほど、知らない方も居ましたが……人間の女性と、ウルハ族の男です。ウルハ族に関しては、ずっと黙り込んでいたので名前などは分かりません。女性は確か……サーナからサチって呼ばれていたと思います」


「サチ!? そのサチって女は、どんな感じの女だったんだ!?」


 思い出すように告げたパトラの言葉に、オルタが強い反応を示す。


 なぜそこまでの反応を示すのか分からないミノーラは、王都で見たサチの事を思い出しながらパトラの返事を待った。


「お知り合いでしたか? そうですね、すごく事務的な感じと言いますか、でも、サーナに対して遠慮がないっていうか、そんな感じです」


 ミノーラの思い描いていたままのイメージを、パトラは告げる。


 そのイメージはオルタにとって期待外れだったのか、はたまた予想外だったのか、彼は深いため息を吐き、肩を降ろした。


「なんだ、全然違うじゃねぇか。まぁ、そうだよな。ここに、あのサチが居るわけねぇよな。普通に考えれば、危ねぇしよ」


 そう呟くオルタの姿を見ながら、ミノーラは不意に懐かしい気持ちを抱いた。


 サーナやサチとは、王都で別れたきりだ。


 バートンも、ミスルトゥで別れたきり。


 トリーヌはエーシュタルでカリオスを襲ってきたらしいが、ミノーラは会っていない。


 なぜカリオスを襲ったのか、本心を聞き出すことが出来るかもしれない。


 そこまで考えたミノーラは、思わず小さな声を漏らした。


「あれ……?」


 どうして、サーナやサチとバートン、そしてトリーヌが一緒に居るのだろう。


 似たような格好をしていたというパトラの言葉を考えると、それがリキッドクロスであることは間違いないだろう。


 深く考えるまでも無く、何らかの目的の元に集まっているのだと理解できる。


 何かがおかしい。


 膨れ上がって行く違和感の正体に、ミノーラは上手く喰らい付けずにいた。


 心のどこかが、喰らいつくことを拒んでいるように思える。


「ミノーラ、どうかしたの?」


 困惑するミノーラの様子に気づいたのか、アイオーンが首を傾げながら尋ねてくる。


「何でもないです」


 心配そうに見つめて来るアイオーンに短く返すと、ミノーラはふとカリオスに目を向ける。


 今ミノーラが抱いている違和感を、カリオスなら理解してくれるかもしれない。


 もしかしたら、スッキリするような答えを、既に持っているのかもしれない。


 聞いてみるべきだろうか。


 そんなことを考えながら見つめていると、視線に気づいたのかカリオスがミノーラと目を合わせてくる。


 彼の瞳を見たミノーラは、その中に、燃え上がるような何かが滾っていることに気が付いた。


「とりあえず、目的ははっきりしたね。カリオスさん、ミスルトゥの上にいる、サーナの所に行きましょう! そこにハリス会長が居る筈です」


 タシェルの呼びかけに答えるように、カリオスが頷いて見せる。


 それを見たミノーラ達が今にも動き出そうとした時、それまで黙って話を聞いていたドグルが、口を開く。


「上に登るってんなら、俺が道を作ってやるぜ。その方が良いだろ?」


「本当ですか? ありがとうございます!」


 そんなミノーラのお礼を聞き、ドグルは腕を前に突き出して見せたのだった。

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