第282話 到来(追憶)
劇的に訪れた変化も、過ぎ去ってしまえば慣れてしまうものなのだろうか。
怪物になってしまった者はダンガン達の猛攻によって退いて行き、既に姿が見えなくなってしまった。
限界なく成長すると思われた木々も、煌々とした光を放ちながら、粛々とその場に佇んでいる。
異変が起きてからどれだけの時間が経ったのかは分からないが、確実に、事態は収束に向かっているように思える。
それを示すように、ダンガンに率いられた複数の巨人たちが、ゆっくりと彼女の傍へと歩み寄ってくる。
パトラを含む人々は、黙ったまま彼らを見上げ、静かにダンガンの言葉を待った。
「これだけか……」
パトラ達のことを見下ろしながら、ダンガンがそのような事を呟く。
その言葉に釣られるように、彼女は生き残った人間とトアリンク族の様子を見まわした。
ダンガンの言う通り、元々居た人数と比較すると、かなり減ってしまっている。
約半数が例の怪物に変貌してしまったと考えると、それは当然のことである。
だからこそ、彼女は気分がずっしりと落ち込んでいくのを感じた。
助かった者の中には呆然と涙を溢している者もいる。
どこか一点を見つめているその女性の視線の先を、パトラは意識して視界から外すことにした。
これ以上は心が持ちそうにない。
なぜ、このようなことになってしまうのか。
同じようなことを考えているのか、その場の全員が完全に黙り込んでしまったその時。
どこからともなく、溌溂とした声が響き渡ってきた。
「おお! 居た居たっ! ほら、私の言った通りだったよ! 大きな木が動いているのが見えるかい?」
そのような言葉を発しながら現れたのは、幼さの残っている女性だった。
見た目だけで言えば少女と言ってもおかしくは無いのだが、仕草や雰囲気の中に成熟した何かが垣間見える。
パトラは直感的にそのような印象を抱いた。
バタバタという足音が聞こえてきそうな走り方でダンガンに駆け寄った彼女は、彼の周囲を練り歩き始める。
重たい沈黙が広がっていることを知らないのか、はたまた、気づかないふりをしているのか、少女はなにやらブツブツと呟きながらダンガンを観察する。
そんな視線に耐えかねたのか、ダンガンは溜息を吐くように肩を落とすと、観察を続けている少女に声を掛けた。
「嬢ちゃん、どこから来たんだ? 保護者は……いるみたいだな……ハリス。おめぇの知り合いか?」
まるで子供に接するように語りかけたダンガンが、少女の駆けて来た方に向けて声を掛ける。
その声に釣られるように視線を動かしたパトラは、歩いて来ているハリス会長の背後に目をやり、言葉を失った。
ずっと姿が見えないと思っていたトリーヌが、ハリス会長と肩を並べて歩いていたのである。
トリーヌの他にも数人が歩いて来ていたのだが、この時のパトラは、トリーヌ以外の人々に注意を割くことが出来なかった。
それはもちろん、安心したという意味合いもあるが、それ以上に見慣れない格好に目を奪われたのだ。
赤く光るラインの入った、異様な衣服。
ハリスと少女を除く全員が、そんな服を身に纏っている。
『誰? トリーヌの知り合い?』
一体どのような関係の人達なのか、パトラが疑問を抱いた時、ダンガンを観察していた少女が何かを理解したかのように声を上げた。
「うんうん、だいたい予想通りかな。ところで森の精霊君、その足はどこまで細かく動かすことが出来るんだい? 地面に刺して、地面から栄養を吸収したり出来るのかな? あと、手足を成長させて伸ばしたり出来るの? あ、でも、元々ミスルトゥの木を操ることは出来たんだよね……。そう言えば、今の君たちにとって、世界はどんなふうに見えているんだい? 元々見えていたものと同じなのかな?」
ツラツラと言葉を並べて行く少女の問いかけに、ダンガンはあからさまに混乱を示していた。
次から次へと投げかけられる言葉に、返事をする隙を見失ってしまったのだろう。
しかし、流石に延々と話を出来るわけでもないらしく、少女は一旦言葉を切った。
その隙を見逃さなかったダンガンは、少女の言葉を制するように腕を前に出して見せると、ゆっくりと問い返す。
「ちょ、待て待て! 落ち着け! 嬢ちゃん、いきなり何なんだ? そんなあれこれ聞かれても、応えきれねぇぜ」
「そうかい? じゃあ、一つ一つ確認しようか?」
「そういう問題でもねぇんだよなぁ……まずは、そうだ、自己紹介だ。俺はダンガン。嬢ちゃんの名前は?」
「私の名前は、サーナ。天才技鉱士のサーナだよ。覚えておいて損は無いと思うんだよね。うん。まぁ、得がある訳じゃないんだけどさ」
そんな返答をして見せた少女の姿を、パトラは思わず凝視した。
話には聞いたことのあったサーナが、今目の前に居る。
しかし、彼女はサーナがこれほどに若い見た目をしているとは思っても居なかったのである。
「どうしてサーナがこんなところに……?」
疑問が口をついて零れる。
そんな彼女の疑問に答えてくれる者は、誰一人としていないのだった。
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