第278話 侵入

「で、ここまで来たけどよ、どうすんだ?」


「しっ! 静かに! ……良かった。すぐ上を飛んで行ったみたい」


「なぁ、もう面倒やけん、ミスルトゥに穴を開けようぜ?」


「クリス君、それは流石に危険すぎると思います」


 ミスルトゥの麓に辿り着いたミノーラ達は、茂みの中で息を潜めながら、様子を伺っていた。


 周囲を旋回している変異種たちに見つからないように、ヒソヒソと会話をする。


 もし、ミノーラと同じだけの聴覚を持っている個体が居れば、すぐにバレてしまうだろう。


 そんなことを考えたミノーラは、そうなった時は戦うしかないかと心の中で呟きながら、カリオスに目を向ける。


 一人黙り込んだまま、じーっとミスルトゥの様子を伺っているカリオス。


 そこまで考え込んでいる様子を見てしまうと、何かしらの策を弄しているのではないかと、彼女は期待してしまう。


 彼女の期待に応えるかのように、カリオスはメモを取り出すと、何かを書き込み始めた。


 他の皆も、カリオスの様子に気が付いたのか、じーっと彼の様子を伺っている。


 書き終えたカリオスは顔を上げると、全員の顔を見渡しながら、小さなメモを地面に置いた。


 自然と、皆の視線がそのメモに集まる。


 そこに書いてあることを要約すると、次のような内容だった。


 まず、タシェルとシルフィに対して、茂みからミスルトゥまで続く土砂のトンネルを作る。


 そして、ミスルトゥの幹に辿り着いたら、オルタとカリオスとシルフィの三人で、何とか穴をこじ開ける。


 シンプルかつ強引な手段と言えるだろう。


「やっぱりそれしかないやん……ミノーラ、俺の言った通りばい」


「なんか、悔しいなぁ……」


 勝ち誇ったようなクリスの顔を見たミノーラは、ぼそりと呟いた。


 そんな二人の会話を流すかのように、タシェルが小声で話し始める。


「トンネルを作るのは良いけど、そんなに頑丈なものは難しいと思う……それに、変異種に襲われるかもしれないけど、大丈夫かな?」


「それは大丈夫だぜ、なにせ、こっちにはクリスとアイオーンが居るからな! ボルン・テールでも大活躍だったんだぜ?」


 なぜか得意げなオルタが、クリスの肩を優しく叩く。


 それが嬉しかったのか、更に誇らしげな表情をしたクリスは、大きく頷いて見せた。


 余程の自信がある様子の彼を見たカリオスは、一つ溜息を吐いて、短くメモに書き込んだ。


 そこには『任せる』と書かれており、クリスをさらに喜ばせるのには充分だった。


 一人ガッツポーズを決めたクリスは、おもむろに小瓶を取り出すと、皆に語り掛けて来る。


「で、すぐに始める?」


 その提案を聞いた全員が、一瞬考え込み、互いの顔を見合った。


 少なくとも、ミノーラは他に話すべきことは無いように思えたため、小声で「大丈夫です」と伝える。


 そうして、互いに準備が整っていることを確認したミノーラ達は、改めてミスルトゥの方へと視線を向けた。


 煌々と輝く幹が、非常に眩しい。


 そんなことをミノーラが考えた時、傍にいたタシェルが小さく呟いた。


「シルフィ、幹からこの茂みまで、私達が通れるようなトンネルを作ってくれる? なるべく静かにお願いね」


 タシェルの指示を聞いたシルフィが、彼女の肩からスーッと飛び上がると、小さく笑いながらミスルトゥの方へと飛び去って行った。


 その後ろ姿を見送ったミノーラは、しばらく様子を見ることにする。


 数秒の間、これと言った変化は見られない。


 しかし、十秒経った頃、ミノーラは一つの変化を目の当たりにする。


 ミノーラ達の居る茂みから、幹に向かって、地面に一筋のヒビが入ったのだ。


 急速に広がって行くそのヒビは、ゆっくりと盛り上がり始めたかと思うと、オルタの背丈ほどまで隆起した。


 突然のその変化に気が付いた変異種が数体、地面に降りて来ては、盛り上がった地面の様子を伺っている。


 その様子を、ミノーラが息を呑む思いで見ていた時、隆起した地面の茂み側に、大きな穴が出現した。


 穴の中を覗き込んでみたミノーラは、思わず感嘆する。


「一応、影の中に入って移動しましょう」


 穴の中を覗き込んだミノーラは、他の皆にそう提案した。


 当然、反対する者はだれもおらず、一番初めに穴の中に入ったミノーラは、次々に入り込んでくる皆を、流れるように影の中に放り込んでいく。


 最後に入って来たオルタを影の中に引き入れると、ミノーラも影の中に入り、幹の方へと歩き出した。


 影の外では、相変わらず変異種たちが地面の隆起を怪しみながら睨みつけている。


 彼らの持っている大きな翼や嘴などは、トアリンク族の物と思われるが、そのほかにも様々な特徴を持った個体が居る。


 中には亀の甲羅を背中に持っているものまで居た。


 そうして、影の中を走ったミノーラ達は、もう少しで幹に辿り着くと言う所で一旦足を止める。


 言うまでも無く、幹に近づくと言うことは光に近づくと言う事だ。


 それはつまり、影の中から追い出されることを意味しており、彼女たちは今、その境目ともいえるような場所に立っている。


 足元の影が薄まりつつあることを確認したミノーラは、ゆっくりと皆の方を振り返ると、一度だけ頷いた。


 そうして、一歩を踏み出す。


 途端に、影の中から追い出されたミノーラ達は、狭苦しいトンネルの中を転がる。


 ゴロゴロと土砂の中を転がった彼女は、何とか体勢を整えると、未だに体勢を崩したままのクリスを、尻尾で支えてあげた。


 オルタやタシェル、カリオスも、各々で体勢を整えると、音をたてないように幹の方へと歩き出す。


 そんな三人の後から歩いて着いて行ったミノーラは、ようやく幹に辿り着くと、三人に背を向けて身構える。


 これほど大きなミスルトゥに穴を開けるのだ。


 それがどれほど大変な事なのかは、想像に難くない。


 同じく身構えたクリスが、左腕の籠手に『氷』と書かれたリキッドを注ぎ込み始める。


 ぼんやりと彼の籠手が輝きだした頃、ミノーラの耳が聞き覚えのある音を耳にした。


 それは、カリオスが籠手をスライドさせる音。


 何度も何度も繰り返される音を聞き、ミノーラが半ば心配し始めた時、ミノーラの隣に立っているクリスが、声を上げた。


「こうやって入れ替わるのは、なんだか不思議な気分だよ! あ、いけない、今は静かにしないといけないんだっけ?」


 突然トンネルに響いたアイオーンの声を聞いたのだろう、外から変異種たちの奇声が聞こえてくる。


 しかし、そのことでアイオーンを責める者は一人もいなかった。


 アイオーンが声を出すや否や、カリオスが幹に当てがった右の拳を握り込んだのだ。


 途端、ミノーラは全身が細かく振動し、耳の奥でキーンという音を聞いた。


 一瞬、意識を失いそうになってしまったが、何とか踏みとどまり、周囲を確認する。


 ふと見上げると、苦しそうな表情のシルフィが、何かを抑えようと必死になっている。


 もしかしたら、今の衝撃を緩和してくれたのかもしれない。


 だとするなら、とてつもない衝撃だったのだろう。


「皆、大丈夫ですか!?」


 すぐに背後を振り返ったミノーラは、耳を抑えてしゃがみ込んでいるタシェルとオルタ、そして、大の字になって転がっているカリオスを見つけた。


「カリオスさん!?」


 すぐにカリオスの元に駆け寄ったミノーラは、ゆっくりと動く彼の腹に目をやり、ひとまず安心した。


 そこでようやく、視界の端に映っていた光景に目を向ける。


 巨大な幹の筋を、無理やりに引きちぎったかのような、乱雑な大穴。


 そんな穴の先には、キラキラと輝く、森が広がっているのだった。


「すごい……こんな風になっていたんですね」


「ミノーラ、そんなこと言ってる場合じゃないよ! ほら見て! この穴、既に塞がろうとしてる! 僕がカリオスさんを担ぐから、オルタさんはタシェルさんを担いで走ってね!」


 背後から駆け寄ってきたアイオーンは、軽々とカリオスを担ぎ上げると、軽快に走り出す。


 思わず顔を見合わせたミノーラ達は、慌てるようにアイオーンの後を追いかけたのだった。

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