第279話 呆然

 カリオスによって穿たれた大穴は、目に見える程の速度で再生を始めた。


 無数の枝葉が穴を塞ごうとするように、いたるところから這い伸びて来る。


 蠢くそれらに足を取られないように気を付けながら、ミノーラは走っていた。


 ミスルトゥの外壁に当たる部分は、かなり分厚い構造になっていたらしく、彼女達が内部に入り込むのに、数十秒ほどの時間が掛かった。


 そんな即席のトンネルを抜けたミノーラ達は、外にいた変異種たちが追いかけてきていないことを確認すると、一旦足を止める。


 眩く光っているミスルトゥの内部は、当然ながら光に満たされていた。


 まるで輝く森のようなその光景を見渡したミノーラは、呼吸を整えながら感嘆を漏らす。


「……近くで見ると、もっとすごいですね……どうして光ってるんでしょうか?」


「さぁ、なぜだろうな。この地下に、変な水でもあるんじゃねぇのか?」


 タシェルをそっと下ろしたオルタが、ぶっきらぼうに告げる。


 そっけなく見える態度ではあるが、その実、興味はあるようで、しきりに辺りの様子を見渡していた。


「なんとか入ることが出来ましたね。それで、これからどうしますか? ……っていうか、カリオスさん、大丈夫?」


 身体に着いた埃を叩き落としたタシェルが、アイオーンの傍に座り込んでいるカリオスに問いかけた。


 彼女のその問い掛けで、カリオスの様子がおかしい事に気が付いたミノーラも、彼の傍に寄り、顔を覗き込む。


「カリオスさん、大丈夫ですか?」


 項垂れて見えるカリオスは、覗き込もうとするミノーラの目をじっと見つめると、軽く首を横に振った。


 同時に一つ溜息を吐く彼の様子は、何か酷いダメージを受けたというわけでは無いらしい。


 それを示すように、その場に立ち上がったカリオスが、自身のズボンに着いた土を払い落とし始めた。


「すごい振動だったよね。僕、びっくりしちゃったよ。ところで、ここって何なの? すごく変な感じがするんだけど」


「すごいってもんじゃなかっただろ……カリオス、本当に腕とか大丈夫なのか? 俺の想像以上に、ものすげぇ一撃だったぞ?」


「本当ですよ。シルフィが咄嗟に衝撃を緩和してくれなかったら、今頃私達……いや、考えないでおこう」


 アイオーンの軽い口調を皮切りに、オルタとタシェルがホッと息を吐きながら告げる。


 そんな彼らの言い分を聞いたカリオスは『すまん』とだけ書いたメモを皆に見せたのだった。


 と、若干空気が和みかけたその時、ミノーラは遠くから近づいて来る振動を、耳と四肢で感じ取った。


「皆、何かがこっちに近づいて来てます! もしかしたら、変異種かもしれません!」


 すぐさま警戒を促した彼女の言葉を聞き、全員がミノーラの指し示す方向を見すえ、身構えた。


「木に登ろう! 数が多すぎる!」


 そう告げたのはアイオーンだった。恐らく、例のニオイで判別したのだろう。


 アイオーンの言葉に促されるように、オルタ達は傍にあった木へと登り始める。


 ミノーらもまた、いつものように木に登ろうと考えた時、彼女は致命的な事に気が付いた。


「そうでした、ここじゃ私は、木に登れないです! オルタさん、ちょっと手伝ってくれませんか?」


 彼女達が居るこの森にある全ての木々は、見てわかるほどの光を放っているのだ。


 それは地面に生えている雑草も同じであり、つまり、森の中に影らしきものは見当たらなかった。


 尻尾の吸引力だけで、木の上に登ることは出来そうにない。


 既に上り終えようとしていたオルタに向かって、彼女が手助けを要請した時、ミノーラは自信の身体がゆっくりと宙に浮き始めたことに気づく。


「ミノーラだけなら、僕の力で運べそうだね」


 ミノーラを両腕で抱え込んだアイオーンが、そんなことを言ってのける。


 彼の背中にある翼は、決して飾りでは無かったようだ。


 そうして全員がバラバラの木の上に登り終えた後、数分後にそれらは姿を現した。


 初めに現れたのは、鹿や兎といった獣たち。


 彼らは何かから逃げるように、音のする方とは反対の方へと走り去ってゆく。


 そうして、そんな獣たちを追いかけるように現れたのは、これまた獣のような姿をした変異種だった。


 例の如く、様々な生物をデタラメに合体させたようなそれらの変異種は、群れを成して駆け抜けて行く。


 それだけであれば、ミノーラ達でも予想することは出来ていた。


 唯一、予想できていなかったことを上げるとするならば、それはサイズだろう。


 流石に、彼女達が登っている気の高さまで大きくは無かったが、それでも、通常の鹿の二倍程度の大きさはある。


 もし、正面から対峙していたら……。


 そんなことを考え、若干の恐怖をミノーラが抱いた時、どこからともなく、野太い声が響いて来た。


「おいおい、良く見ればミノーラじゃねぇか! なんか知らねぇけど、懐かしいなぁ!」


「誰!?」


 名前を呼ばれたミノーラは、聞き覚えの無いその声に動揺しながら、問い返す。


 それに腹を立てたのか、声の主は大きな地響きを上げながら、ミノーラ達の前に姿を現した。


 先程まで建ち並んでいた巨大な樹木の一つが、よっこいしょと言いながら、地面から立ち上がったのだ。


 地面の中に深く突き刺さっていた根を器用に操りながら歩き出したその樹木は、いびつな窪みと突起で出来た顔をミノーラに向け、口を開く。


「おうおう、俺のことを忘れたってのか? 俺は、ドグルだぜ? この俺を忘れるってことはよぉ、やっぱりミノーラの頭はイヌッコロ程度だったってわけだなぁ!」


 口と思われる大きな窪みから発せられる野太い声。


 そんな声で告げられた言葉を、ミノーラは上手く理解できなかった。


 それは決して、ドグルと名乗った樹木が話すたびに、頭の木の葉がカサカサとうるさいからではない。


 かつて、ミノーラの背中に乗って一緒に影の女王と戦った、あのドグルと言う小人と、目の前のドグルが、同一人物だと思えなかったのだ。


「あなたが、ドグルさん……? 何が……」


「それにしても、ずいぶんと小さくなっちまったなぁ!? ええ!? ミノーラ! いやちげぇ! 俺が大きくなっちまったんだよなぁ!」


 豪快に笑ったかと思うと、右腕と思われる細い枝先で自身の幹を搔き始めるドグル。


 その様子を見て呆然とするミノーラと同じように、他の皆も唖然としていたのだった。

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