第終章 狼と異端者

第277話 心算

 ボルン・テールを出発してから数時間が経った頃だろうか。


 ミノーラは未だに明るい空を見上げながら、森の中を駆けていた。


 周囲は深い木々に囲まれており、日が殆ど沈みかけていることを考慮すれば、既に暗闇に包まれていてもおかしくない時刻である。


 しかし、例の如く周囲には煌々と光が降り注がれている。


 眩しすぎると言っても過言ではない、その光の根源は、言うまでも無くミスルトゥだった。


 シルフィのお陰で軽くなった身体を、右に左に激しく倒しながら、木々の間を縫うように走る。


 久しぶりに感じる森の風を楽しんでいた彼女は、少し先の方に焚火を見つけると、ラストスパートと言わんばかりに加速した。


 彼女が走り抜けた跡では、蹴り上げられた砂と木の葉が宙を舞っている。


 そんな様子を確認することも無く、茂みを大きく飛び越えたミノーラは、横滑りしながら、着地を決めた。


「おう、戻って来たか! で、どんなだった?」


 小さく開けた場所で焚火を囲んでいるオルタが、左腕で挨拶をしながら問いかけてくる。


 オルタの挨拶に、尻尾を左右に振って応えたミノーラは、軽快な足取りで焚火に近づくと、周囲に腰を下ろしている皆に向けて語り始めた。


「もう少しでミスルトゥに到着って感じですね。以前、私達がミスルトゥに居た時は、ミスルトゥ周辺に小さな平原があったはずなんですけど、それは無くなっているみたいでした。成長の途中で、幹が太くなったせいだと思います。それにしても、太いですよね」


 以前に見たミスルトゥとその周辺の様子を思い出しながら、ミノーラは空を見上げた。


 沈みかけている夕日の様子を確認できないほどに、ミスルトゥが彼女の視界の殆どを占めている。


「それから、もう一つ見つけた事があります。ミスルトゥに近づくにつれて、例の変異体と思われる生物が、沢山いました」


「やっぱり、この辺りにも例の根っこが現れたって事だよね……近くに村でもあったのかな……」


 少し表情を曇らせながら告げたタシェルに、ミノーラはゆっくりと首を振って応える。


「分かりません。ただ、私が見た限りだと、大きな翼を持っている個体が多かったように思うんです……」


「それって……!?」


「……つまり、トアリンク族が犠牲になっちまったって事か?」


 ミノーラの言葉に、タシェルが言葉を失ない、オルタが小さく呟いた。


 カリオスやクリスも同じことを考えたのか、しばらく沈黙が続く。


 焚火が弾ける小さな音と温かな光が、その場の空気を揺さぶっている。


 そんな居心地の悪い空気を壊そうと、ミノーラが口を開こうとした時、おもむろにカリオスがメモを取り出した。


 いつものようにメモに何かを記し始めた彼の様子を、ミノーラ達は黙って見守る。


 カリオスからメモを受け取ったタシェルが、ゆっくりとそれを読み上げ始める。


「『トアリンク族のことは、俺たちにどうにかできるような話じゃない。今はとにかく、ハリス会長を救出することを考えよう。正直な話、トアリンク族の多くが変異種になってしまっているのなら、ハリス会長も既に危ないかもしれない。ただ、助かっている可能性もあると、俺は思っている。ミノーラ、小人の事を覚えているか?』……」


「あ! ドグルさん達の事ですね! あれ? でも……」


 カリオスに問いかけられたミノーラは、すぐに小人達のことを思い出した。


 そして、彼らの持っていた能力のことも、同時に思い出す。


 彼らの能力は、今世界中で発生している状況を説明するのに、うってつけの能力では無いだろうか。


「カリオスさん! まさか!」


 ミノーラは全身から血の気が引いて行くのを感じながら、カリオスに語り掛ける。


「どういう事だ? その、小人ってやつらが、何か関係あるのか?」


 いまいち理解できていない様子のオルタが、頭を掻きながら問いかけてくる。


 小人を見たことがないであろう彼の疑問は、至極当然の物と言えるので、ミノーラは丁寧に説明することにした。


「ミスルトゥの中には、小人が住んでいたんです。彼らは、ミスルトゥの枝葉を自在に操る能力を持っていました。つまり、カリオスさんは、今起きている根っこの攻撃は、小人達が引き起こしているんじゃないかって言ってるんです」


 簡潔に説明したミノーラが、確認するようにカリオスに目を向けると、彼はゆっくりと頷いた。


 その様子を見たタシェルが、首を傾げながら疑問を口にする。


「小人の存在は、まぁ、分かりました。でも、もしその小人達が根っこを使って世界中を襲っているのだとしたら、私たちにとって、敵と認識するべきなんじゃ……? それに、ハリス会長を助けてくれるとも思えません。だって、無差別に攻撃してるんですよね?」


 投げ掛けられたタシェルの疑問を聞き、カリオスは予想していたかのように頷くと、記入済みのメモを彼女に手渡す。


「『その通りだ。ただ、ハリス会長の安否が分かっていない以上、俺達がまず接触するべきなのは、小人達だ。なぜなら、ミスルトゥの中に入るには、彼らの力が必要だからな。それが出来ない場合、ミスルトゥの幹に風穴を開けて、無理やり入り込むしかなくなる。ハリス会長が調査の目的で来ているなら、十中八九、内部の調査だろ?』……確かにそうですね。分かりました」


 そこで一度言葉を切ったタシェルは、小さく息継ぎをすると、皆の顔を見回す。


「小人達が敵であれ、味方であれ、まずは接触しないと話が進まないってことですね。皆、当面の目的はそれでいいかな?」


 オルタとクリスが大きく頷き、ミノーラもタシェルに向けて頷いて見せる。


 勢いよく立ち上がったオルタが、焚火を一思いに鎮火してしまう。


 それを合図にしたかのように、腰を上げたミノーラ達は、改めてミスルトゥに向けて進み始めたのだった。

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