第232話 鼻歌

 どれほどの時間が経ったのか、外の様子を確認できない現在、カリオスには判断が出来なかった。


 相変わらず暗闇に閉ざされている中、松明の灯りに照らされている皆の様子を確認する。


「お! カリオス! 起きたんだね。実は僕も、暇してたところなんだ。そろそろ出発しない? 僕、久しぶりに空を飛びたいんだよね」


 カリオスが目を覚ましたことに気が付いたのか、アイオーンが声を掛けてくる。


 そんな彼の声が大きかったのか、他の皆も目を覚まし始めた。


「おはようございます。なんだか、ぐっすり眠れた気がします」


「ミノーラも? 私も久しぶりにゆっくり眠れた気がする。なんでかな?」


 ミノーラとタシェルの会話を聞いたカリオスは、密かに同意を抱きながらも、出発の準備をするために立ち上がった。


 心なしか、身体が軽い。


 不自然なほどに力がみなぎっている気がしたカリオスは、自身の腕を眺めながら、拳を握り込んでみた。


「皆ゆっくり休めたみたいだね。良かったよ。それじゃあ、早く出発しない? どっちに向かうの? とりあえず外に出る? 何だったら、僕が外に出る穴を開けても良いけど?」


 すっかり興奮気味のアイオーンは、尻尾をゆっくりと振りながらカリオス達に向けて言い出した。


『山を作ったくらいだから、それくらい訳ないってことか? けど、今回はあまり目立たない方が良いからな』


 そう考えたカリオスは荷物を片付け始めているオルタ達を横目に見ながら、メモを取り出した。


 そうして、自身の考えを書き記したメモをタシェルに手渡す。


 渡されたメモを読んだタシェルは、一つ頷くとアイオーンに歩み寄りながら話し始める。


「アイオーン。私達はザーランドっていう街に向かってて、ここから東の方にあるはずなの。だから、向かう方向は東。そして、攫われたクラリスを助けるのが目的だから、あまり目立つ行動は避けなくちゃいけない。できれば、山の中を進みたいんだけど、飛んでいくことって出来る?」


「そんなの簡単だよ。東の端まで飛んで、そこから外に出れば良いんだよね?」


「うん、そうしてもらえると、助かる」


 そんな会話が交わされている間に、片づけを終えたオルタ達が、ゾロゾロとアイオーンの元へと歩み寄って来た。


「いつでも出発できるぜ! それにしても、本当にゆっくり休めたな。何時間くらい寝てたんだ? って、空が見えないんじゃ分かる訳ねぇか」


「あんまりゆっくりできんばい! はよ出発しよ!」


 のんきなオルタを諫めるように、クリスが言ってのける。


 そんな彼の言葉を聞いた一行は、すぐに気を引き締め直すと、アイオーンの背中へと乗り込んだ。


「それじゃあ、出発するね! 振り落とされないように気を付けてよ!」


 前を向きながらもそのような声を掛けてきたアイオーンは、間髪入れずに翼を動かし始める。


 ゆっくりと上昇を始める感覚をカリオスが楽しんでいると、クリスが声を掛けてきた。


 上昇を終え、前進を始めたアイオーンの背中の上で、クリスは告げる。


「カリオス、この籠手の使い方教えてくれん?」


 そう言いながら、クリスは左腕から籠手を取り外すと、カリオスへと手渡してきた。


 渡された籠手を受け取った彼は、手に取った瞬間、違和感を覚える。


 少し小さめで、造りも簡素だとは思っていたが、思っていた以上に簡素すぎる。


 これではまるで、仕掛けが施されていない、ただの籠手では無いだろうか。


 そんなことを考えたカリオスは、いつもの通りに籠手をスライドさせようとしてみるが、出来なかった。


 彼自身が装着している右腕の籠手とは違い、クリスの籠手は、スライドさせる構造がそもそも無いように思える。


 それはつまり、使い方が異なる事を意味しており、先ほど抱いた『ただの籠手』と言う推測が、あながち間違いではないように感じられる。


 しかし、拳を握り込んだ時の手の甲のあたりに、射出用と思われる穴は存在しており、それはカリオスの物と似た構造なのだ。


 と、様々な角度から籠手を観察していたカリオスは、もう一つ大きな違いを発見した。


 弾を込めるための穴がどこにも見当たらないのだ。


 その代わりと言ってはあれだが、小さな穴をふさぐための蓋のような物が、掌の下、手首のあたりに一つだけ存在している。


 その蓋を開けてみたカリオスは、あまりにも小さいその穴を見て、思考を巡らせた。


『これじゃあ、クラミウム鉱石なんて入らないな。矢を入れるにしても、穴の向きと位置からして、入る訳ないし……これじゃあまるで……』


 そこまで考えを至らせた彼は、最近知った知識を一つ連想する。


『クラミウム鉱液か!? 確かに、液体を入れるだけなら、この位置と穴の大きさで問題ないな』


 それ以上に何も見つけることが出来なかったカリオスは、籠手をクリスに返し、メモを取り出した。


 そして、気づいたことと確認してほしい事を書き込み、クリスへと手渡す。


 メモを読んだクリスは、すぐに籠手を腕に装着すると、何度も拳を握り込み始めた。


「本当やん! 握り込んだら、カチって感覚があるばい! でも、何も出て来ん……やっぱり、リキッドってやつが必要なんやね」


 クリスの言葉に心の中で賛同したカリオスは、ふと周囲に目を向ける。


 建物の屋上に沿って飛んでいるアイオーンは、小さく鼻歌を歌いながら、風を切って飛んでいる。


 普通であれば、彼が切った風をカリオス達が全身で受ける筈なのだが、今のところそれほどの風は感じられない。


 恐らく、シルフィかアイオーンの力で緩和してくれているのだろう。


 改めて精霊の力の凄さを思い知ったカリオスは、続けざまにその凄さを実感することになる。


「よーし、そろそろ東の端に着くよ! どこから出ようか!」


「もう着いたのか!? どんだけ速いんだよ!?」


 オルタが驚愕するのも無理はない。


 出発してそれほど時間が経っていないはずなのだ。


 しかし、アイオーンの言う通り、前方に聳え立っている岩壁が、山脈の終わりを告げている。


「あそこ! アイオーン! あそこ見える? 私達が入って来た時と同じような門があるんだけど!」


「門? あ、本当だ! え? 僕、あんな門作ったっけ? あれ? ていうか、よく見たら、道が沢山出来てるじゃん!?」


 アイオーンが口にした疑問を聞き、カリオスは納得しながら推測を立てた。


『アイオーンが山を作った後、何者かが山脈の中への出入り口と道を作ったってことか?』


 長い年月が経っている中で、誰かがこの場所のことを知ったとしても不思議ではない。


 調査のために道を作ったり、出入口を作ったというところだろうか。


『今はそんなことを考えている場合じゃないな』


 自身で抱いた推測をかき消したカリオスは、ゆっくりと近づいて来る門へと目を向けながら、今後の事について考えを巡らせ始めたのだった。

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