第233話 戦略

 巨大な門の前へと降り立ったカリオス達は、一度そこで話し合いをすることにした。


「『まず最優先事項は、クラリスの救出。次点でクロムの確保。どちらも成功させるためには、二手に分かれた方が良いと思ってるんだが、皆はどう思う?』……二手に分かれるのか? 俺は全員でクラリスを助けに行った方が良いと思うけどなぁ」


 カリオスのメモを読み上げたオルタが、頭を掻きながら呟いた。


 そんな彼の呟きを聞いたタシェルが、考えを述べ始める。


「私はカリオスさんの言う通り、二手に分かれるべきだと思います。理由はいくつかあるけど、クラリスちゃんを助ける時、極力、相手にバレないようにした方が良いと思うから。最悪の場合、クラリスちゃんを人質にされたら、手を出せないでしょう?」


「それもそうだな……」


 タシェルの言葉を聞いた皆は、各々で少し考えた後に、深く頷く。


 完全に同意だと心の中で呟いたカリオスは、再びメモを取り出すと、オルタへと手渡した。


「『クラリスの救出は、ミノーラとクリスに任せるのが得策だと思う。ミノーラの能力は潜伏に適しているし、クラリスにとっても、クリスと一緒に居た方が安心できるだろうからな。したがって、決行は必然的に夜になる』……」


「分かりました! 私とクリス君で、必ずクラリスちゃんを助けてみせます!」


「絶対助けるばい!」


 オルタがメモを読み終えたと同時に、ミノーラとクリスが意気込みを口にした。


「二人とも気を付けてね。影の中はミノーラだけの領域じゃない可能性は充分にあるから。マリルタで襲われた時も、一人いたんでしょ?」


 二人の様子を心配そうに見つめたタシェルが、確かめるようにカリオスへと視線を投げてくる。


 その視線に応えるように、頷いて見せたカリオスは、再びメモを取った。


「『タシェルの言う通りだ。油断するなよ? それと、流石のミノーラでも街の中から少女一人を見つけるのには時間が掛かるだろうから……タシェル、シルフィにも捜索を手伝って貰って良いか?』……」


「分かった。ザーランドに近づいたら、シルフィにお願いしてみる」


 頷いているタシェルを見ながら、カリオスは一つ息を吐いた。


『とりあえず、クラリスの捜索に関しては、これくらい決めておけばいいだろう。次は、クロムの方だな……』


 正直なところ、カリオスはクロムの確保の方が難しいだろうと踏んでいた。


 明確な理由などは無い。故に、不明な点が多すぎる。


 サーナがミノーラにクロムを追うように指示したこと。


 クロムの作っている毒薬が、精霊に作用する可能性が高いこと。


 クロムの雇っている奴らが異常に強く、更に、リキッドを使って来るであろうこと。


 これらを考慮した結果、懸念事項となりうるミノーラ、シルフィ、クリスを救出に回してはいるが、この判断がどう転ぶか分からない。


 そのような事を考えながら、カリオスはメモに言葉を書き連ねた。


 いつものようにオルタへとメモを手渡した彼は、読み上げられるそれを聞きながら、全員の様子を眺める。


「『次に、クロムの確保について。正直、こちらの方が難しいと考えている。前回、ボルン・テールで取り逃がした時みたいに、今回も逃げる可能性が十分にあるからな。それに、クラリスの救出を悟られるのも危険だ。さっきタシェルが言ったように、人質にされてしまえば、状況的に厳しくなるからな。つまり、クラリスの救出作戦に気づかれないように動きながらも、クロムが逃げる余裕を与えないようにする必要がある』……マジかよ……それって、出来るのか?」


「すごく難しそう……。クラリスを助け出してから、確保に向かうわけにはいかないの?」


「そうですね、クラリスを助け出した後なら、後は全力で捕まえに行くだけですから、何とかなりそうですけど」


 タシェルとミノーラの提案を聞いたカリオスは、少し考えた後に、首を横に振った。


 当然ながら、疑問を抱いている様子の二人に対して、カリオスはオルタにメモを手渡した。


「『初めに言ったが、最優先事項はクラリスの救出だ。つまり、クロムを確保できなくとも、クラリスの救出は、必ず達成しなければならない。だとするなら、救出班の成功率を上げる方法を考えるべきだ。クロムを確保する班……仮に襲撃班としよう。襲撃班の奇襲のお陰で、混乱が生じれば、救出班は動きやすくなるんじゃないか?』……な、なるほどな」


「たしかに、クロム達はクリス君の存在は知らないだろうし、奴らの狙いであるミノーラが居なかったとしても、狙われているのを分かっていて、おめおめと連れて来なかったとかなんとか、言い訳できるかも? でも、その場合……」


 考え込みながら呟いていたタシェルが、ふと何かに気が付いたようにアイオーンを見上げた。


 視線を受けたアイオーンはというと、首を傾げながらタシェルを見ている。


「アイオーンのことは、どう説明しよう?」


 彼女の言葉を聞き、皆が押し黙ってしまう。


 そもそも、アイオーンがザーランドに近づいてしまえば、一発で居場所がバレてしまうのではないか。


 カリオスがそんなことを考えた時、オルタがポツリと呟いた。


「実は、このアイオーンがミノーラなんですって言っちまえば良いんじゃねぇか? 別に本当のことを説明する必要はねぇだろ?」


「え? 僕がミノーラ? いやいや、そんなの通じるわけがないじゃないか」


 オルタの言葉を聞いたアイオーンは、苦笑いをしながらそう告げる。


 しかし、カリオスはオルタのその案に、一つの可能性を見出していた。


 それは、タシェルも同じだったようで、彼女はカリオスと同じ発想と思われる言葉を呟く。


「……変位……ミノーラはドラゴンに変位することが出来るっていえば、クロム達から救出班の動きを隠せるんじゃない? そのうえで、アイオーンに少し暴れてもらえば、混乱も起こせるような……」


「皆……それは本気なの?」


 唯一乗り気でないアイオーンが、皆の顔を見回している。


 そんな彼の視線に応えるようにカリオスが頷くと、ミノーラがアイオーンに歩み寄り、優しく声を掛けていた。


「アイオーン、バレないようにお願いしますね?」

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