第227話 凍死
激しい衝撃のせいだろうか、カリオス達のいる廊下の壁に、大量のヒビが走った。
その日々をいち早く確認したオルタが、態勢を崩しながらもタシェルとカリオスを掴み、勢いよく跳んだ。
カリオスはオルタの腕にしがみつきながらも、箱と松明を落とさないように気を付けながら、廊下の様子を伺う。
壁や床、天井にまで張り巡らされたヒビは、瞬く間に廊下を崩壊させてしまう。
ガラガラという大きな音を立てながら崩れ落ちた瓦礫たちは、暗闇の中へと消えてゆく。
その様子を見て初めて、カリオスは自分たちが、かなり西の方へと追い詰められていたことを知る。
廊下を挟むようにあったはずの部屋は完全に崩壊しており、ぼやけた断崖の様子を確認することが出来た。
つまり、建物の西側、崩壊がひどい位置まで来ていたのだ。
『ってことは、今の振動は!』
当然、一つ心当たりのあったカリオスは、オルタと共に激しく床に打ち付けられながらも、その姿を探した。
そうして、廊下が崩壊した原因を特定する。
崩壊した壁を伝うように登りながら、カリオス達のことを睨みつけている大蛇がいた。
その鋭い眼光と、計り知れないほどの巨体を目にし、彼は思わず、身体が硬直しそうになるのを感じる。
「またあいつかよ! 二人とも! 逃げるぞ!」
崩壊した廊下から下を見下ろしたオルタが声を上げる。
そんな声に釣られるようにオルタを見上げたカリオスは、彼の背後、つまり、彼らのいる廊下の上に目を向け、戦慄する。
カリオス達を見下ろすように、もう一匹の大蛇がオルタを狙っているのだ。
『間に合わねぇ!』
立ち上がりながら咄嗟に籠手をスライドし、オルタの後ろ、上の方に狙いを定めようとするが、とても間に合いそうにない。
彼が心の中で叫んだ時、タシェルの声が周囲に響いた。
「シルフィ! 蛇を遠ざけて!」
その声とともに、一陣の風がオルタの傍を吹き抜けた。
勢いよく拭いたその風は、オルタよりも断然大きな蛇を、軽々と吹き飛ばしてしまう。
クネクネとうねりながら飛んでいく大蛇を確認したカリオスは、すぐさま立ち上がると、二人に合図を送る。
『東の方へ逃げるぞ! 多分、あの鼠人達が居るあたりまで行けば大丈夫なはずだ!』
未だにこちらの様子を伺っている鼠人達を指差しながら、カリオスは先ほど抱いた可能性を思い出す。
つまり、彼らにとってカリオス達は生贄なのだ。
この暗闇の世界であんな大蛇と共存を図るために、そんな風習があるのかもしれない。
本当にそれが通用するのかはさておき、現に鼠人達はその場から逃げ出さずに、こちらを伺っている。
『そう言えば、さっきも東に逃げたら、蛇が追うのを諦めてたな。縄張りってやつか? それにしては、パワーバランスがおかしいけどな』
そんなことを考えながらも、走り出していたカリオス達は、鼠人達の行動を見て、思わず憤る。
「あいつら! 火をつけやがった!」
どこから持ってきたのか、廊下に液体を振り撒いた鼠人達は、松明を放ったのだ。
勢いよく燃え上がったその火のせいで、カリオス達は退路を失ってしまう。
焦りを感じたカリオスは背後を確認し、大量の大蛇がこちらに向けて這い寄ってきていることを確認する。
どれもがオルタよりも太くて長い体を持っており、猛烈な速度で近づいて来ている。
「シルフィ! あの炎を消して!」
タシェルが大声でそんなことを告げたその時、再び強烈な衝撃が彼らを襲った。
走っていたカリオス達は当然のように体勢を崩すと、廊下に転がってしまう。
迫りくる大蛇の気配に急かされるように、立ち上がった三人は、その瞬間、炎と彼らの中間にあたる廊下が、崩れ落ちていく様子を目にした。
そこでようやく、カリオスは気が付いた。
迫りくる大蛇たちは、充分に巨大なのだが、廊下を崩してしまえるほどの大きさとは言えない。
だとするならば、今目の前で廊下を崩したのは何者なのか。
答は簡単だ。
一度目に襲われたときに目にした、窓から覗く巨大な目。
その目は、迫りくる大蛇の物とは比べ物にならないほどの大きさだった。
「あっちへ行け!」
松明の火と肘から伸ばした刃で牽制をしているオルタが、大声で叫ぶ。
それと同時に、タシェルも声を上げた。
「こっちからも来た! タシェル! 蛇を吹き飛ばして!」
完全に挟み撃ちをされた状態で、カリオスは籠手を構える。
這い上ってこようとしている大蛇に向けて、強烈な風を放ちながら、炎の奥でこちらを見ている鼠人達の様子を確認した。
なにやら踊りを踊っているのか、声は上げないながらも、儀式のような事をしている彼らを確認し、カリオスは歯を食いしばった。
完全に彼らの思惑通りなのだろう。
廊下が崩され、既に退路は無い。
がけ下に逃げるのは、もっと危険だと思われる。
三人は、四方八方から迫りくる蛇を吹き飛ばして排除するが、すぐにまた新しい蛇がやって来る。
それを繰り返しているうちに、少しずつ追い詰められた彼らは、ついに身動きが取れなくなってしまった。
互いの体が触れ合う程の距離まで追い詰められた以上、もう助かる見込みは無いだろう。
カリオスがそう考え、思わず腕を落としたその時、彼はオルタの手で床に組み伏せられてしまった。
『何を!?』
思わず心の中で叫んだカリオスは、次の瞬間には彼の行動の意味を理解する。
同じように組み伏せられていたタシェルとカリオスに覆いかぶさるようにしたオルタは、いつもと同じような笑みを浮かべて言ったのだ。
「ちょっとだけ、我慢しててくれ」
「オルタさん! そんな! ダメ!」
二人に覆いかぶさったオルタは、何かに堪えるような表情をしながら、唸り声を上げ始めた。
腕や脚の隙間から、迫りつつある蛇の様子が見て取れる。
と、そんな隙間が、何かで埋まり始めた。
オルタの体から生えてきた、無数の針。
それらの針が、少しずつ太く、長くなってゆき、隙間を埋めて行く。
その様子を見れば、流石のカリオスも彼の意図を理解した。
当然、タシェルも理解したようで、カリオスの隣で涙を流しながらオルタに訴えかけている。
「オルタさん! そんな事だめ! 死んじゃう! やめて!」
そんな彼女の声に混じって、蛇の威嚇や何かに喰らいつくような音が微かに聞こえてくる。
流石のオルタでも、あれだけの蛇に喰らいつかれてしまえば、無事では済まないだろう。
現に、オルタは痛みに耐える苦悶の表情をしながら、タシェルのことを見つめている。
そうして、震える唇をゆっくりと開けたオルタが、何かを言おうとした時、唐突に、静寂が訪れた。
それは、外の様子を確認することのできないカリオスでも分かる、静寂。
オルタもまた、状況の変化に気が付いたようで、少し戸惑いを表情に浮かべながらも、ゆっくりと顔を上げ始める。
見た目よりも脆かったのか、オルタの腕や脚などから伸びていた針がボロボロと崩れ落ち、カリオスは外の様子を確認することが出来た。
そこにあったのは、大量の蛇の凍死体。
廊下に転がっているそれらの死体は、どれもが一瞬で凍らされてしまったように、躍動感を持っていた。
その様子を呆けて見つめるしかなかった三人は、どこからともなく聞こえて来る翼の音を耳にしたのだった。
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